特別史跡 旧閑谷学校 GoogleMap     
             
       
             
     
    講堂と楷の木  
     
  紅葉した楷の樹(2007年11月2日撮影)    講堂(国宝)  
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  特別史跡 旧閑谷学校
(国指定特別史跡 昭和29年3月20日指定 国指定史跡 大正11年3月18日指定)
TEL0869-67-1436 TEL特別史跡旧閑谷学校顕彰保存会
備前市閑谷748
閑谷学校は、寛文10年(1670)備前藩主池田光政が重臣の津田永忠に命じて江戸時代前期の寛文11年(1671)に造らせた学校。
その中心となる講堂は、元禄14年(1701)備前藩主池田綱政(光政の子)が完成したもので国宝(国宝 昭和28年11月14日指定)。
備前焼の屋根瓦が美しい。
また、聖廟の前には、2本の楷の木が植えられており、毎年11月初旬には紅葉し、見学者の目を楽しませてくれる。
聖廟、講堂、小斎、習芸斎、文庫、門、閑谷神社、石塀、石門等、主要な設備が非常によく保存されている。
  旧閑谷学校 小斎、習芸斎、飲室、文庫、公門 5棟(国指定重要文化財ー建造物 昭和13年7月4日指定 追加指定 昭和28年11月14日 追加指定 昭和46年3月11日)
旧閑谷学校石塀(せきへい) 1棟(国指定重要文化財ー建造物 昭和13年7月4日指定 追加指定 昭和46年3月11日)
高さ、底部の厚さ共に2mのカマボコ型の石塀で、敷地の周囲を巡って765m続いている。元禄14年(1701)の建造
旧閑谷学校聖廟 11棟(国指定収容文化財ー建造物 昭和13年7月4日指定 追加指定昭和46年3月11日)
貞享元年(1684)の建築。祀られている孔子像は、京都の儒学者である中村楊斎によって鋳造された。いぶし金質の青銅製で、毎年10月には孔子のお祭「釈采(せきさい)」が厳粛に行われている。
  閑谷神社(旧閑谷学校芳烈祠) 8棟(国指定重要文化財ー建造物 昭和13年7月4日指定)
岡山藩主池田家の祖先をはじめ、第3代藩主の光政の祖父輝政、父利隆、それに光政を祀るもので、貞享3年(1686)の建築である。
もとは東御堂あるいは芳烈祠(ほうれつし)といわれたが、明治になって現社名に改称した。
(料金)大人300円 小中学生100円 65歳以上120円 (開)9:00~17:00
(交通)JR山陽本線吉永駅/車5分 山陽自動車道備前IC/車15分 
(駐車場)普通車250台 バス13台
                    
岡山県観光便覧
       特別史跡 旧閑谷学校案内図 
       周辺地図 
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校門(鶴鳴門) 聖廟 閑谷神社
  校門(鶴鳴門)
門扉を開閉する時鶴が鳴く声に似た音がすることから鶴鳴門と呼ばれた。
 
  聖廟
孔子廟または西御堂ともいい、儒学の殿堂の中心的な建造物。閑谷学校では最も古い建物。貞享元(1684)年完成。
 
  閑谷神社
芳烈祠または東御堂といい、創設者池田光政の霊を祀るため貞享3(1686)年に完成。
 
 
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特別史跡 旧閑谷学校
旧閑谷学校は、備前藩主池田光政が、庶民の教育を目的として寛文10年(1670)に設立した卿学である。
徳川光圀・保科正之とならんで天下の三名君のひとりにあげられた池田光政は、藩政の目標を儒学の教える仁政の実現に置き、寛永18年(1641)には、岡山花畠に儒者をつぎつぎと招き、家臣の教育のため全国にさきがけて、寛文9年には岡山藩校を城下西中山下に開設した。さらに庶民の子弟に及ぼすため、寛文8年、領内123ヵ所に手習所を設置したが、延宝3年(1675)にはそのすべてを廃止してこの閑谷の地に統合した。
寛文6年(1666)、光政は領内を巡視してこの地にいたり、「山水閑静にして読書講学」にふさわしい場所であるとし、寛文10年仮学校を開設し、この地の旧名「木谷村延原」を「閑谷」と改め、家臣津田永忠に命じて後世にまで残る学校の建築をはじめさせた。
現在目にすることのできる閑谷学校の姿が完成したのは、光政没後の元禄14年(1701)、二代目藩主綱政の治世のことで、江戸時代の学校の規模をもっとも完全に残しているものとして特別史跡に指定されている。建造物は講堂が国宝に指定されているほか、重要文化財に指定されているものが25件を数える。
  閑谷学校の名声は、古くから天下に聞こえていたようで、高山彦九郎、菅茶山、頼山陽、大塩平八郎、横井小楠などの学者文人も来遊しており、大島圭介など藩外からの来学もあった。
学校は四周を延長765メートルに及ぶ石塀で囲み、南側に校門(鶴鳴門)・公門・教室門・校厨門の四門が開き、なかに聖廟、閑谷神社(芳烈祠)・講堂・小斎・習芸斎・飲室・文庫などが配置されている。備前焼の赤瓦がまわりの緑にはえて美しく、石塀とともに閑谷学校に特有の景観を与えている。かっては日除山をへだてて西側に学房(寄宿舎)がおかれていたが、現在は明治38年(1905)建築の旧私立・公立中学校の校舎であった資料室があり、国の登録有形文化財として関係文書の展示を行っている。
石塀の南には東西にのびる泮池があり、重要文化財指定の石橋がかかっている。
さらに1.2キロメートル南方には当事の校門であった石門が四分の三ほど土に埋もれて現存している。

ところで、綱政は、元禄13年、閑谷の田畑山林高279石の永代学田学林とし、万一国替などの際にも学校経営にいささかも影響をうけないようにとの保証を与えたのだった。
  しかし、明治の廃藩置県・学制の改革等による大変革によって、閑谷学校も他の全ての藩校同様、廃校となった。
同時にまた、閑谷学校の歴史を閉じてはならないとする旧藩士や民間有志によって、明治6年山田方谷を迎えて閑谷精舎として再発足し、さらに明治17年(1884)西薇山らによって閑谷黌として復活をみてからは、明治37年私立閑谷中学校と改称、大正10年には岡山県閑谷中学校となり、多くの俊秀を世に送りだしてきた。
戦後、岡山県立閑谷高等学校につづいて和気高等学校閑谷校舎となり、昭和39年までその中等教育の場として学校の歴史をつないできた。現在は和気本荘の地に県立和気閑谷高等学校がその伝統を受け継いでおり、孔子の徳を称えまつる釈菜(せきさい)も、その教職員によって執行されている。
現在特別史跡については、岡山県が管理団体として指定され、財団法人特別史跡旧閑谷学校顕彰保存会によって顕彰されている。併せて、岡山県青少年教育センター閑谷高等学校が青少年の研修の場として教育活動を展開している。
(現地案内板)
小斎 講堂内部(手前が後部) 飲室(左)・習芸斎(右)
  講堂・小斎
閑谷学校の中心的建物。
 一・六の日の講釈、釈采の講経、三月の読初の儀、藩主臨学のときの講習が行われた。
小斎は、藩主が学校を訪れた時に使用される建物。
 
  講堂内部
10本の欅の円柱と白壁、磨き抜かれた床、そして花頭(かとう)窓から見える外の風景は、荘厳で美しい。建築後300年の歳月を経た建物とは到底思えない。
 
  習芸斎(しゅうげいさい)
教室として使用。
飲室
(いんしつ)ー師匠・生徒の休憩室。
 
 
石塀 文庫 火除山
  石塀(せきへい)
閑谷学校を訪れてまず目に付くのが、周囲を取り囲んでいるカマボコ型の石組みの塀である。ほとんど隙間無く組み合わされ、草一本生えていないその構築技術には本当に驚く。
幅・高さとも約2m、長さ765m。
 
  文庫(ぶんこ)
書籍等を所蔵する土蔵造りの建物。
 
  火除山(ひよけやま)
高く築いた石垣の上に盛土をしている。
西側にある学房群の建物が当時は茅葺きで火災の心配もあったため防火壁として造られた。
 
 
紅葉しかけた楷の樹 資料館 公門(御成門)
  楷の木ーウルシ科に属する落葉高木、本来日本には無かった。大正4年、中国山東省曲阜の孔子の墓所で採取された種が持ち帰られ、発芽・育苗に成功した十数本のうちの2本が閑谷学校に寄贈、移植された。東京の湯島聖堂や佐賀県の多久聖廟の楷の木も同じ時のもの。    資料館(旧私立・公立中学校ー明治38年建築)
展示資料:閑谷学校所蔵の資料や閑谷学校に関係深い資料を複製やパネル、構造模型などにして展示、解説。閑谷学校の建物や教育の実態、行事、現存する文化財などを目で見て理解するのに役立つ。
 
     
備前焼瓦と楷の木 泮池 黄葉亭
      泮池(はんち)
門や石塀から少し離れたところに、門や塀に並行して幅7m、長さ100mを越える池が造られ石橋が架けられている。古代中国の諸侯の学校である泮宮(はんきゅう)の制に擬してつくられたものである。
 
  黄葉亭
閑谷学校の東約500mの谷川沿いに設けられた茶室。
学校訪問客の接待のための茶室として文化3(1813)年に設けられた。
閑谷学校を訪れる人の多くは、講堂周辺と聖廟・閑谷神社、あるいはこれに資料館を加えた所を観て回るのみであり、黄葉亭、津田永忠宅跡、椿山などを訪れる人は少ないが、時間さえ許されれば、これらの場所訪れることをお勧めします。より理解が深まる。
 
 
津田永忠宅跡 椿山 御納所
  津田永忠宅跡
閑谷学校の創設にかかわった津田永忠の屋敷跡。
  椿山・御納所
閑谷神社の東、石塀の外にある。
池田光政の髪、ひげ、爪、歯を納めている。
 
     

閑谷学校校門(石門)
  石門(せきもん)
学校から1km程南に頭部を擬宝珠型にきざんだ二本の石柱がある。
かっての閑谷学校の門であった。
今は大半が埋没している。
 
         
参考資料:閑谷学校 発行者 財団法人特別史跡旧閑谷学校顕彰保存会 〒705-0036 岡山県備前市閑谷784 TEL0869-67-1427 FAX0869-67-1645
その他体験
閑谷に関係のある人物(現地案内板より)
池田 光政 津田 永忠 熊沢 蕃山 武元 君立 山田 方谷 西 毅一
正宗 白鳥 大原 孫三郎 三木 露風 藤原 啓
閑谷学校(Wikipedia)

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