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中森真子 masako nakamori
ろうそくだーせ
北海道の七夕は、本州より一ヶ月おそい、8月7日です。
この日、夕方になると、近所の子どもたちが三々五々連れだって
家々をまわってあるき
戸口にたって、こううたうのです。
ろうそくだーせー だーせーよ
だーさーないと かっちゃくぞ
おーまーけーにー くっつくぞ
すると、家の人が戸を開けて
お菓子をくれることになっています。
この風習、北海道特有のものらしいのですが
はじめて自分の家の戸口に子どもたちが来て
「ろうそくだーせ」をうたわれたときには
正直とても面食らいました。
「おかあさんねえ、ろうそくだーせは
ちょっとこわい感じするよ。
だって、知らない子が家に来て
いきなり、ろうそくだせよー、って言うんだから。」
というと、
「じゃあ、今日はどうするの?
○○ちゃんも、○○ちゃんも、来るって言ってたよ。」
と娘。
「うーん、そうねえ、どうするかなあ・・」
と言っているうちに、日が傾いてきて、
ろうそくだーせの時間が近づいてきました。
家の窓から、子どもたちが公園に集まっては
ほうぼうに散らばって歩いていくのが見えます。
今年も、こどもたちの七夕まつりが
こうしてはじまるのでした。
「あ、さくねえちゃんだ。
おかあさん、さくねえちゃんだよ。はやくはやく。」
今年の「ろうそくだーせ」の第一陣は
いつも遊んでくれる、ひとつ年上の、
しっかりものの、さくちゃんたちでした。
うーん、さくねえちゃんなら、開けてあげようか、
と、ちょっと複雑な心境の私とはうらはらに、
娘は、さくねえちゃんが来てくれたのが単純にうれしいらしく、
ドアの前でぴょんぴょん飛びはねています。
「ねえ、おかあさん、はやくはやく。」
と、せかされるままに
いつのまにか、戸を開けていました。
「ろうそくだーせ、やってもいいですか?」
さくちゃんといっしょに来ていた子が、
おどろくほどの礼儀正しさで、こうたずねてきました。
はきはきとそう言われると、こちらもいつのまにか、
「いいですよ。」と
思わず返事をしていました。
すると子どもたちは、目を見合わせながら、
暗黙の「せーの」で顔をちょっとたてに動かすと、
大きな口を開けて、例の節をうたいはじめました。
ろうそくだーせー だーせーよ
だーさーないと かっちゃくぞ
おーまーけーにー くっつくぞ
満足そうな顔が、上気して
頬がちょっとピンク色にそまっています。
ありあわせのおやつを人数分
奥から出してきて、
「じゃあ、これね。」
といって、一人一人に手渡すと、
「ありがとうございました。」と、
またもやきちんとお礼の言葉です。
さくちゃんが、私の肩に両手をかけて、
ちょっとはしゃぐように、
両足でとんとんと、はねるような動作をはじめました。
「お菓子たくさんもらったら、あとで分けてあげるね。
あと、花火とかろうそくとかも、あとで持って来てあげる。」
「えー、そんな。
せっかくもらったんなら、
さくちゃん大事にとっておきなよ。
そのほうがいいよ。」
と言っても、
「いいよいいよ、持って来てあ、げ、る、か、ら。」
と、逆に念を押すように
こちらが言い含められてしまったようでした。
階段を降りていくさくちゃんたちに
ばいばーい、と手をふりつつ、
なんだか、野うさぎかリスが
木の実を運んできてくれたみたいだな、と
妙な錯覚を覚えながら、戸を閉めました。しばらくすると、また次の子どもたちがやってきました。
ピンポン・・というベルの音で戸をあけると、
小学校の高学年くらいでしょうか、
ちょっとおとなびた様子の女の子がふたり、
戸口にはずかしそうに立っていました。
開けたドアのかげから、こっそりと
顔だけのぞかせている子もいます。
こちらがだまっていると、その女の子たちも
いつまでもじっと、おとなしくしているままのようでした。
こんなに奥ゆかしい「ろうそくだーせ」もあったんだわ、と思いながら
とうとう、こちらからきりだしました。
「ろうそくだーせ、うたわないの?」
すると、3人の女の子は、申しわけなさそうに顔を見合わせて、
じゃあ・・・
といいながら、小さな声で
「ろうそくだーせー だーせーよ」
とうたいはじめたのです。
ろうそくだーせー だーせーよ
だーさーないと かっちゃくぞ
おーまーけーにー くっつくぞ
歌のことばと、控えめなその様子との
アンバランス加減がおかしくて、
またまた、ちょっと笑ってしまいそうでしたが
なんとかこらえて、ぶじに最後まで聞き終わりました。
歌い終わっても、女の子たちは
少しも物ほしそうな様子も見せず、
切り出したばかりの木のような素朴な表情で
ただ黙って立っているだけです。
もしかしたら、このままこの子たちは、いつまでも
ただなにもせず、なにも話さないで
こんなふうに時間を過ごせるのではないか?
と思うと、なんだかこの瞬間が
とても神秘的なもののようにさえ思えてきました。
「お菓子ね?」
と聞くと、すまなさそうに、
「はい・・。」
という返事です。
奥からお菓子をとってきて手渡すと、
「ありがとうございましたー」と頭をさげて、
順番に階段を降りていきます。
「じゃあ、いってらっしゃい。気をつけてね。」
なぜ「いってらっしゃい」という言葉が出たのかは、
よくわかりません。
女の子たちは、道々歩きながら
何度かこちらを振り返っては、
かわいい少女の顔にちょっと笑みをうかべて
遠ざかっていったのでした。
女の子の歩いた道は
その後が、ちょっともやがかかったように
ぼんやりと白く見えたような気がしましたが
気のせいだったかもしれません。もともと、この「ろうそくだーせ」は
子どもたちが家々を回って集めたろうそくに火をともし、
ちょうちんを下げて、街や村をうたいながら歩く
お盆の行事なのだそうです。
地域によっては、この灯ろうを
海に流していたところもあったようでした。
今日のろうそくだーせも
ご先祖を迎えるまつりだったのでしょうか。
いつものように
今日も日が暮れていきました。
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