よく晴れた金色の朝、フロドとサムはそれぞれ小馬の馳夫とビルの背に揺られ、出発しました。
二人は切株村にいたる道を取り、末つ森の方に向かいました。途中緑山丘陵で野営し、9月22日も夕暮れて、東の空に星々が現れる頃、はしばみの林の間にある丘を降りて行きました。サムは黙ったまま自分の思い出に耽っていました。やがてかれはフロドが低い声でそっと歌を口ずさんでいるのに気づきました。するとまるでこれに答えるように、下の方から歌声が聞こえてきました。
フロドとサムは立ち止まり、やわらかな夕闇の中に黙って腰を下ろしました。やがて旅人たちの一行が二人の方にやって来ました。
エルロンドは指に大きな青い石のついた金の指輪をはめていました。これは三つの指輪の中でもっとも力のある指輪、ヴィルヤでした。ガラドリエルの指には、ミスリルで作られ、白い石が一つだけついているネンヤがありました。二人の後ろから灰色の小馬に乗り居眠りをしながらゆっくりやって来るのは、ほかならぬビルボでした。やがてビルボは眠りから覚め、「やあ、フロド!」と、かれはいいました。「ところでわたしは今日トックじいさんを追い越したよ! それで今はもういつでもまた旅に出かけられるつもりだよ。お前も来るかね?」
「ええ、行きます。指輪所持者たちは一緒に行くべきです」
「どこへ行かれるのです、旦那?」
「海にだよ、サム。」
「おらは行かれません。」
「そうとも、サム。ともかく今はまだ行けない。もっともお前も、ごく僅かの間とはいえ、指輪所持者であったわけだね。お前の時も来るだろう。あまり悲しがってはいけないよ、サム。」
「それでも、おらはまた旦那もホビット庄の暮らしを楽しまれるもんと思ってましただ。」
「わたしもそう思っていた、前にはね。だがわたしの受けた傷は深すぎたんだよ。これからはお前がわたしの相続人だよ。わたしが持っていたもの、持ったかもしれないものはことごとくお前に残すからね。それからお前にはローズがいる。エラノールもいる。フロド坊やもできようし、ロージィ嬢やも、メリー坊やも、金捲毛嬢やも、ピピン坊やも、それから多分もっとたくさん、わたしの見られない者たちも生まれよう。そしてお前は赤表紙本の中からいろいろなことを読み、過ぎ去った時代の記憶を絶やさずに伝えるだろう。物語の中でお前の役割が続く限りね。さあ、わたしと一緒においで!」
一行はホビット庄を通り過ぎてしまうと、白が丘の南の麓を回り、向が丘に来ました。それから三つの塔に出て、遠くの海を眺めました。そしてとうとう一行はミスロンドすなわち月よみ湾の長い入江にある灰色港にやって来ました。
一行が門のところまで来ると、船大工のキアダンがかれらを出迎えました。かれは頭を下げていいました。「もうすっかり用意は整いました。」
港には白い船が一隻停泊していました。そして波止場には、全身を白い長衣に身を包んだ人物が一人、かれらを待って立っていました。そのガンダルフの指には、今や公然と第三の指輪、偉大なるナルヤがはめられていました。それについている石は火のように赤く燃えていました。(昔、キアダンがガンダルフにいいました。「この指輪を受けていただきたい。あなたの任務は困難なものとなりましょうが、これはあなたが自ら負われた仕事に倦み疲れられた時、あなたを支えるものとなりましょう。なぜならこれは火の指輪であり、あなたはこれによってしだいに冷えゆく世界の人の心をふたたび燃え立たすことができるからです。わたしのことなら、わたしの心は海とともにあり、最後の船が船出するまで、わたしはこの灰色の海辺に住まうのです。あなたをお待ちしてますよ。」)
エルフたちが乗船を始めて、出帆の準備が完了しようとしている時、メリーとピピンが、大急ぎで馬を走らせて来ました。ピピンは涙を流しながら笑っていいました。
「あなたは前にもぼくたちをまこうとして失敗しましたね、フロド。だけど今度あなたのことをすっぱぬいたのはサムじゃなくて、ほかならぬガンダルフ自身なんですからね!」
「そのとおり、一人で帰るよりも、三人で一緒に帰ったほうがまだましじゃろうと思ったのでな。では親愛な友人たちよ、いよいよここなる大海の岸辺において、中つ国でのわしらの仲間の縁が終わることになった。恙なく行かれよ! わしはいわぬ、泣くなとはな。すべての涙が悪しきものではないからじゃ。」
そこでフロドはメリーとピピンに、そして最後にサムにキスして、乗船しました。
帆が引き上げられ、風が吹き、船はゆっくりと長い灰色の入江を下りながら遠ざかって行きました。フロドの持っているガラドリエルの玻璃瓶の光がちらちらと明滅し、やがて見えなくなりました。
サムは夕闇がしだいに深まる中を、じっと港に佇んでいました。そして灰色の海に目を凝らすうちに、見えるのはただ海上一点の影だけになり、それもまもなく西に消えていきました。かれのかたわらにはメリーとピピンが佇み、一同はものをいいませんでした。
ようやく三人は馬首を転じ、二度と後ろを振り返らず、ゆっくり帰路につきました。
三人は白が丘を下って、東街道に出ました。ここからメリーとピピンはバックの里へと乗り続けて行くのですが、二人は馬を進めながら、もう歌を歌い出していました。しかしサムは水の辺村に向かい、お山の道を登って帰って行きました。
家の中には黄色い明かりがまたたき、暖炉の火が燃え、夕食の支度が整って、彼の帰宅が待たれていました。そしてローズがかれを中に迎え入れて、椅子にすわらせ、その膝に小さなエラノールをのせました。
かれはほーっと一つ深い息をつきました。「今、帰っただよ。」と、かれはいいました。
指輪の仲間に関するその後の出来事
- 1427年 サム、ホビット庄庄長に選出され、7期49年その職に就く。1482年、妻のローズが死ぬと、一人灰色港に赴き、最後に残った指輪所持者として、海を渡り去る。
- 1484年 メリーのもとに、エオメル王より会いたい旨の伝言があり、ピピンと共にエドラスに行き、ふたたびホビット庄にかれらの姿は見られなかった。後の噂では、その後、ゴンドールに赴き、短い余生をこの国で過ごし、ラス・ディネンに葬られたという。
- 1541年 この年の3月1日、エレサール王ついに崩御。この後、レゴラスイシリエンで灰色の船を建造し、ギムリと共にアンデュインを下り、海を渡った。この船が去った時、指輪の仲間は跡を絶った。