とんかつの歴史を考える
  1.はじめに
   日本の食文化における傑作のひとつである「とんかつ」の発明の父は誰であるのか。このページを
 訪問されるとんかつ好きの方々には少なからず興味のある話題でしょう。最近ではWeb上でもその
 歴史について解説した雑学風ページも時々見かけるようになってきた。しかし、そこに書かれている
 内容については時に首を傾げてしまうものも見受けられることがある。その大きな理由のひとつは、
 とんかつの誕生歴史検証は主に伝聞によるため、諸説入り乱れて、真実が本当のところは良く分から
 ない事も確かである。その一方で、参考資料の孫引きによって情報が少しずつ違った形であたかも伝
 言ゲームのように伝えられていく要因も少なく無いような気がする。
   2003年 3月に岡田哲氏の「とんかつの誕生」という書籍が講談社から出版された。多くのWeb上
  のページは、この本に示されている情報に取材し、とんかつの歴史を紐解かれているものと思われる。
  しかしながら後述の参考文献等の詳細情報を確認すれば、同著においても歴史を語る上で重要である
 煉瓦亭における「カツレツ」の誕生年を4年ほど間違われている可能性がある。この本の著者におい
 ても、店の創業年と調理法の考案年を文献資料調査の段階で混同されていたのでは無いだろうか。

 2.とんかつ年史作成の試み
  私は食文化歴史学者でもない単なるとんかつ好きである..(笑)。手持ちの資料は極めて限られて
 いるが、現存する資料やインターネット上の情報などをジグソーパズルのように整理して、現時点で
 もっともらしい「とんかつ年史」を作ってみることを先ず試みた。さらに、整理の際に気がついた事
 項等を備考欄にメモ書きし、諸説の生み出された背景や現状での疑問点についても提示してみた。以
 下にその年史(案)を示す。 
表ー1 とんかつ年史 (案)
出来事
備考
1895年(明治28年)東京銀座に「煉瓦亭」創業本格的なフランス料理店としての出発であり、創業時にはポークカツレツのメニューは無かった。創業者は木田元次郎の叔父。叔父は病弱なため2年後に木田元次郎氏が二代目として店を継ぐ。(文献1)
1899年(明治32年)「煉瓦亭」の二代目木田元次郎氏が天ぷら風のたっぷりの植物油による調理法を用いた「ポークカツレツ」を考案し、同店でこのメニュー名称での提供を始める。
【ポークカツレツの誕生】
【とんかつ調理法の基礎誕生】
肉やバター・チーズ・スパイス等の西洋食材を使った料理は日本人には馴染みが無く売れなかった。日本人の口に合う料理を目指し試行錯誤の末に生み出されたものがポークカツレツである。(文献1)
この時点でのスタイルは、薄切り豚肉使用、デミグラスソースかけ、温野菜添え、パン添え、ナイフとフォークで食べるもの。
1904年(明治37年)頃「煉瓦亭」でポークカツレツの付け合わせに生の刻みキャベツを使い始める。なお正確な時期は分からないが、この頃より同店でウースターソースかけ、皿盛りご飯を提供するスタイルが始まる。
【刻みキャベツ添えスタイルの誕生】
【ご飯のおかずとんかつの誕生】
日露戦争により店の職人が兵隊にとられ人手不足のため温野菜が使えなくなった。一夜漬けをヒントに木田氏が考案、これが意外と良い組合わせで以後定着する。皿盛りご飯は本来まかない食であったものを、これを見た客の要望で出すようになった。(文献1)
1913年(大正2年)ヨーロッパ軒の創業者である高畠増太郎氏が東京で開かれた料理発表会で創案の「ソースカツ丼」を披露し、早稲田鶴巻町の自店で売り出した。
【カツ丼の誕生】
早稲田のヨーロッパ軒は大正12年の関東大震災で焼失し、大正13より創業者の郷里の福井に移転し開業、現在に至る。(文献2)
1929年(昭和4年)頃宮内省大膳職で西洋料理担当の経験のある島田信二郎氏が、東京上野御徒町の「ぽんち軒」(もしくは「ポンチ軒」)のコックをしていた当時の同年頃に厚い肉(2.5cm〜3cm)の中心まで火を通すとんかつ調理法を考案し同店で提供を始めた。
【厚切り肉とんかつの誕生】
文献3)4)7)他によるが、原典は「事物起源辞典」によると思われる。ある日お客さんが「ビフテキは一寸もある厚いやつがあるのに、どうしてカツレツは厚いのができないのかね」と言うのを聞いて、「わかりましたやってみましょう」と言うのが始まりらしい。(文献6)この時の提供方法は、あらかじめ切り分けられていて箸で食べるスタイル。その後「ぽんち軒」は第2次大戦の東京大空襲に合って廃業。(文献7)なお、島田信二郎氏は現在の「ぽん多本家」創業者である。
1925〜31年頃
(昭和初年頃)
【説〜その1】当時新宿の十二社にあった「王ろじ」の初代店主が『とんかつ』というひらがな名称を昭和初年頃に初めて使ったと言う説。
【説〜その2】前出のポンチ軒が厚切りカツレツを『とんかつ』という名称で呼んだと言う説。
【説〜その3】昭和6年頃上野駅前の料理屋「楽天」が『トンカツ』の看板を出したのがはじめてとの説。
【とんかつの平仮名名称の誕生】
【説〜その1】王ろじは大正10年に神楽坂で「双軒」として開業。昭和15年当時の「とんかつ」の看板を上げた写真記録はある。(文献7)
【説〜その2】島田信二郎氏のご子息である島田忠彦氏の弁によると「父はこれを『とんかつ』といわれるのが大嫌いでした」とのことである。(文献5)現在の「ぽん多本家」のメニューも「カツレツ」である。はたして多くの著書が提示するこの説の真偽は?
【説〜その3】(文献3)に示される一説であるが、原典は「事物起源辞典」による。「当時の俗曲『鉈で切るようなトンカツ料理』の歌により、しかく名づけたとも言う」と説明されている。片仮名か平仮名かは不明。
1932年(昭和7年)頃上野の「楽天」、浅草の「喜多八」等がとんかつを売りだし大盛況を呈した。(文献7)以後、ブームとなり、専門店である「とんかつ屋さん」が多数登場した。
【とんかつの大衆への認知元年】
【専門店:とんかつ屋さんのブーム】
文献3)4)7)他による。「楽天」のかつは一人前45銭で50匁(190g)、店の前は「楽天通り」と名が付くほどの大盛況を呈した。
上野「楽天」は閉店してしまったが、暖簾分け店が埼玉県川越に「楽天」として現存する。
文献4)では浅草「喜田八」と表示されている(「多」は旧字)。「喜多八」は大正13年創業で浅草で現在も営業している。
1941年〜48年
(昭和16〜23年)
第2次大戦による物資統制のため、とんかつの火は一時的に消える。 (文献7)による。政令により飲食店営業が中止されたため、上野のとんかつ店では客席を調理場に改造し、築地で仕入れた魚介などを揚げて上野駅周辺で販売したこともあるようだ。
1963年(昭和38年)森繁久弥主演の東映「喜劇とんかつ一代」が4月に封切りされた。とんかつブームの一因ともなる。 (文献7)による。川島雄三監督、上野のとんかつ店「井泉」「双葉」をモデルにしたと言われる。
                    (最終更新:2003.2.23 H.Mikami)
  3.発明の父は誰であるのか
  とんかつの歴史を追って行くと、いくつかの発明・工夫により現在我々が食する「現代のとんかつ」
 への方向付けを行った立て役者の存在が浮かび上がる。これらの人々のアイデアや功績が無ければ、
 今日のとんかつの大衆への普及は無かったのかもしれない。年代的に並べると以下のようになるだろう。
 いずれも偉大なとんかつの発明の父である。
   (1) 調理技術発明の立て役者  木田元次郎(煉瓦亭)
   (2) 日本式おかず化立て役者  木田元次郎(煉瓦亭)
      (3) 調理技術改良の立て役者  島田信二郎(ぽんち軒)
   (4) とんかつ命名の立て役者  王ろじ?、ぽんち軒?、楽天?
   (5) 大衆への普及の立て役者  楽天、喜多八..etc

  4.今後の課題
  とりあえず現時点で私自身で得られた情報をとりまとめてみた。しかしなが、昭和初期のとんかつ
 の発展期における担い手に関する情報はまだまだ不明な点が多い。文献3の小菅桂子さんなどによれ
 ば、昭和初期の上野御徒町には「ポンチ軒」と「ぽんち軒」の別の2店があり、前者がとんかつ命名
 に関わり、後者が調理技術の改良に関わったという仮説なども打ち出している。はたして真実はどこ
 にあるのか? 興味深い謎解きはまだまだ続けて行くべきであろう。 
  幸いなことに、この「東京のとんかつ屋さん」のホームページは最近は数多くの方に見ていただけ
 るようになってきた。もしこのとんかつの歴史に関わる情報などをお持ちであれば、ぜひ掲示板への
 投稿やメールにて情報提供をお願いしたい。本HPの継続的なテーマとして今後ともこのコンテンツ
 の随時更新を行ってみたい。
                                    (最終更新2003.2.23)
  【参考文献】
 1)おがた硯峯「食べ物初めて物語」Amusebooks Co.,Ltdホームページ http://da.amuse.co.jp/tabemono/index.asp
 2)ヨーロッパ軒店頭パンフレット「カツ丼の元祖は福井にあった!」
 3)小菅桂子「にっぽん洋食物語」新潮社、1983年12月
 4)岡田哲「とんかつの誕生」講談社選書メチェ2000年3月
 5)産経web「ウイークエンド首都圏町と味のストーリー」島田忠彦さん(本家ぽん多3代目店主)談話http://www.sankei.co.jp/edit/kenban/shutoken/machi/machi001118.html
 6)dancyu1992年4月号「上野とんかつ物語」中の「双葉」二代目店主渡辺豊久氏談話
 7)旭屋書店MOOK料理と食シリーズNo.12中の「とんかつ・コロッケ雑学帳」


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