Help the aged

1月


1999/01/04

 あけましておめでとうございます。

 正月もいろいろありました。

 昨年末になって、退院してきた祖父が祖母に「指輪か何かをプレゼントする」と言い出して、結局ブローチになったのだが、かなり高価なものをやっとのことで購入し、話はしていたのだが、実際渡すのを正月にする、ということで、元旦にお雑煮食べるよ、と呼びに行くと(とうとうウチに来たまま1年がたってしまった)「これを渡してやってくれ」と祖父からブローチの箱を手渡しされる。

 なんで、私が渡すのだ??祖母がべたべた甘えてくるのはよーーく分かったけど、祖父にまで頼られるとは、なんだかちょっと悲しいような。

 年末に自分で食べようと思ってパンを買ってかえったら、袋をだしたところで祖父がやってきた、「それ何?」と言いたげな雰囲気だったので、「パンだよ、もしよかったらもってく?」と言ったところ、「じゃもらっていこうかな」と言われ、言い出したのは自分とはいえ、結構ショック。

 ものすごく興味のあったパンだっていうのもそうだけど、1つしかないパンなのに孫のパンを欲しいという、なんていままでの祖父からしたら全然想像もつかなかったから。

 そして元旦は、おせちを目の前にして、箸のとまらない、祖父&祖母。

 ここまでは食べないだろう?と思った揚げ物にも手がのびる、いつまでたっても食べている、さすがに不安になって、どうしようか、と考え、とりあえず、お茶をいれて、クスリを持ってきてすすめることにした。

 「食べるな」って言うのも酷だけど、食べ過ぎって本当に命にかかわるほどの問題になるから、心配なんだよね。

 祖父はとりあえず、食をやめたが、祖母はわざわざ遠くにおいた箸をとりだして、1枚下げ遅れた皿にまで手を出していた。

 ブローチは翌日、ブローチの映えるセーターを私が着せて、写真も一応とることにする。

 写真がどんな風になったかということを気にしている様子だったため、前にも一度みせたことのあるデジカメ登場。

 とってみせると、とても楽しそう。

 ちっちゃい画面だけど、一応自分だってわかるみたい。

 そして、今年の正月最大の事件が起こった。

 初売り行こうかなぁ、眠いからやめたーー、と昼間から眠りかけていたら、なんか母親の声がする、なんかやばい雰囲気「眠いのに、呼んでくれるな」(この前、はじめて夜、声が聞こえたのに眠いので無視しました。それぐらい眠いときは眠い)と思ったら、かなり切実、洗面所にむかうと、そこに風呂からでたばかりの祖父が倒れていたのだった。

 母親が手を取るが無反応、息があるか確認することもわすれて、手をさすって反応をみるのだけど、けいれんや過呼吸のような状態で倒れたのは見たことがあるが、目が開いたまま瞬きもしない、返事もない。

 前に倒れた時の経験で女手では動かせない、ということで父親をよんだりするが、よく考えたら動かせたところでどうしようもないんだが、気が動転してしまった。

 前も動かせなくて、救急車を呼んだことがあったので、今回も呼ぶ??どうする、と考えるが、返事もない、という状況ではもう、前も呼んでるからいいやぁ、っと119番通報をした。

 前は妹がかけたから私ははじめてかけたんだなぁ。

 住所と名前を言ったのだが、「祖父」というところ「祖母」と言ってしまったらしい、そのほか一体何をいったらいいのかも良く分からなくて、その間にも祖父に反応が戻ってきたみたいで、口ははっきりしてるのに、あたまはからっぽ状態。とりあえず、来てくれるようだ。

 祖父のところに行くと、返事をしている、大丈夫とか言っている、救急車を呼んだことをすこし後悔したが、一応検査くらいはしてもらった方がいいと思うことにする。

 下着をはかせて、パジャマを着せよう、というところでパジャマのパンツを取ってきて履かせるのだが、なんかポケットが上に来てるみたい、逆だあ。

 体が冷えるので毛布でもかけようとおもったのだが、後でみるとそれはシーツだったり、しかも父親と私はパジャマのままだったり、気が動転しまくっているとサイレンの音が。。

 また近所に知られて。。ってもう何回かやってるからいいやぁってちょっと開き直って。

 救急の人がきて(靴をぬいでたかどうかも、覚えてない)騒がしくなって、やっとそのころ老人部屋にいた祖母も異変に気がついた様子。

 「病院にいくから」というと「さっきまでいいお正月だなって話をしてたとこだったのに、わからんもんだねぇ」とあまりにも冷静な発言。

 冷静というより、本当に事態が分かっていないんだろう。

 結局病院にいった結果、今日のところは一過性のもので点滴だけうって帰ってよし、となったのだが、迎えにいってみると、正月の病院にけっこう見舞客がいるのが分かって、大変な人もいるんだよなぁなんて自分ののんきさがちょっといやになった。

 母親がつきそってしばらくいたのだが、その間も病院に駆け込んで来る人は結構いたらしい。

 休みの日にも大変な人がいるんだなぁとわかり、比較的回復した(でもまだ足がおぼつかなかったが)祖父をみたあとで、そのまま自分は買い物に行くことにしたのだが、その途中、献血するとテレフォンカードがもらえる、という字につられて献血をすることにした。

 なんか病院にいって自分もなんかしないとなぁと思ったところだったので、ちょうどいいかって。

 結構おしゃれに気をつかった雰囲気の若者も多数献血したいたのが印象的だった。

1999/01/13

 朝、早起きしないといけなくなってきたので、早く寝た。

 午前3時に「誰か〜〜〜」と下の階の老人部屋からいつもの祖母の声が聞こえた

 たいていは、母親が起きるはずなので、反応しないでいたら、もう一度大きい声が聞こえた。

 しかし母親も誰も目を覚ました様子がない。

 後悔したくないので(結局、これで動いてしまうんだなぁ)祖母の様子を見に行く。

 大きな声が聞こえるので、部屋の外にでているらしい、縁側につづく障子があいている、またトイレにいこうとして立ち往生か?と思いながら見ると、その縁側にもいないようだ、もう一歩踏み出してみてみると、庭に続く大きな窓が開いている、小さい庭の斜め上に、さっきつけっぱなしにしてきた、自分の部屋の電気がついているのが見える。

 その、縁側から庭に一歩足をふみおろした状態で、どうしようもなくなって、そこで誰か、と祖母は声を上げたらしい。

 私だけが、はっきりときこえて起きてしまったのは、すぐ真下で呼ばれたからなのだった。

 この日はだいぶおさまってきたものの、ここ数日雪が降り積もっていて、寒い日が続いていた。

 たまたま雨になっていたものの、寒い、寒い空気の中に祖母がいた。

 しかも、なぜかズボンをぬいでいて、下は薄い下着1枚とパンツがたおむつのみになっている。

 とりあえず、驚くひまも、起こるひまもないまま、祖母を引きずりあげ、部屋に運び込む、ポータブルトイレに座らせて、下着をかえる。

 寒いのでヒーターをつけて部屋をあたため、冷えているとおもったので、膝掛けをかけた。

 本人、今なにがおこったのか、まったくわからない様子。

 とりあえず、最後に寝かせて布団を掛けて安心したが、本当に私が寝たばっかりで起きない時間だったらどういうことになっていたんだろうと、思うと寒くなった。

 どうなっちゃうんだ、と思うと涙がでた。

 たぶん、雪のある庭で動けなくなったに違いない。

 でも、朝、母親に報告しながらも(私だから大騒ぎにならなかったを強調しつつ)でも「自分の人生が一番なんだから」と、いろいろ気を使えば完全看護状態になるのかもしれないけど、犠牲になる必要はないし、自分もその気はないのだ、という点にもふれた。

1999/01/16

 祖母の足の爪が伸びていたので切る、となぜか足が納豆臭い。なんでなんだー。

 そのあと、正月に飲むはずだった抹茶をポットのお湯をそえて、お菓子とともにもっていくと、喜んでお茶を点てる祖父。

 まずはお菓子をひとかじり。

 祖母は寝ていたので起こそうとおもったが、手をかけたところで、「お菓子ももってきたよ」というと、目がぎらっとそっちのほうをみて、体にも力が入る。

 ほっといてもおきあがりそうだったので、起こすのをやめたのだが、本当に信じられないような早さで起きて、ベッドの下の祖父の隣につるりとスムーズに降りて、さっとお菓子に手を伸ばし、右手にかじりかけを持ったまま、祖父がいま自分が飲もうとして点てたばかりの一服目に左手を伸ばした。

 本当に「飢」える「鬼」といった感じだ。

 祖父はお茶が好きなのですごく機嫌がいい。

 もともと体の弱いひとだったはずなのに、長生きしているのは、10年ほど前まで、毎日何杯もの抹茶をのんでいたせいだと思う。それにみあった量の甘いお菓子もたべまくっているのに、どうにかなっていたのは抹茶のおかげだ。祖母はそれほど熱心に飲んでいたわけではないので(自分では点てない)同じようなものを食べていても体調が悪い。  抹茶は茶殻もでないし、お湯だけあれば飲めるので(茶碗を洗うという感覚もないし)これから老人部屋に常設したらよいのではないかということになった。

 しかし、それにみあった甘いモノが欲しくなるという欠点があるんだよなぁ。

 夜、祖母に呼ばれまたしてもポータブルトイレを使わせていると、「夜だけのところにいくしかないかねぇ」という。

 そうだねぇ、昼間は人でもあるけど、夜は寝るだけだから、どこで寝てても一緒だなぁ、と思った。

 「お金がないし。でも葬式代はある」といってから「骨なんて焼くだけなんだから、使ってしまおうか」と言い出した。

 どうせ、どこにも行く気もないのにただ言っているとおもったけど、(そして最後はお金がないで逃げるのだ)資金ぐりについてまでめずらしく語っているのでびっくりしたが、翌日母親に「ばあちゃん、夜だけのところに行こうかだって」と伝えると、「そんなところないよ」だって。

 そうだよ、夜だけのディサービスなんてあんまり聞かない、結局、祖母は本能的に実際にない、ありそうなものを頭のなかで作り出して、ないものに対して「あったら行く」ということを言っているだけなんだ。

 本当にどこにも行きたくないんだなぁ。

 
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