もうかくことはどうでもいいやーーというモードに入ったのだけど、やはり自分は検索をかけて他人さまのこのようなページをみるのが好きなので、やはり自分もこのようなページを更新することとする。やはり私にとってのインターネットとはコミュニケーションツールではなく依然として、ライブラリーまたはアーカイブであり、検索可能でないと意味がないものなのだなぁと思う。
プロの人の文章ももちろんおもしろいけれど、全然知らないひとが、何日に何をみにいったっていう羅列だけでもおもしろいと思ってみることがあります。いちいちメールで感想かいたりはしないけど。
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なんか当券ありだったから見に行った。 せまいステージをフルに使ったステージングが印象的だったが、やはり、対バンありというのは、体力的にちょっときつい。 最初に出たバンドも結構おもしろかったけど。 |
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地元でチケットが結構のこっていたのでぼんやりしていたのだが当然のようにsoldoutしていた。 当券はでるかどうかもわからないとのことだったが、開演時間すぎになってやっといれてもらえた。 アルバムは最新ものをちょっときいただけなんだが、すごい、しかしライヴはもっとすごい。 モッシュの具合がきつくもなく、緩くもなく丁度よい。 RIJFで初めてみて2回目だったのだが、すっかりはまってしまった。 アンコールを激しく求める客、ステージにひさこ嬢が登場した。 「もうよか、っていってます」と言われたら誰もが納得するしかないであろう。 しかし、その後昔の音源をさかのぼろうとインディーズオムニバス版を購入したのだが、「え゛?」って感じで、どうやらどんどんと進化を遂げているすごいバンドのようなのだ。 つぎあたりはぬかれてついていけなくなりそうなきもすこしする。
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当日近くなってまだ券がありそうなので見に行く。 スタンディングである。ここは最近になって普通のツアーでスタンディングをやるようになった。去年の夏あたりもやっていたから、そこんとこ皆わかっているものだとおもったけど、始まったとたん、「おさないでー」というようにほんとにおこり出す子がいて、FC会報にも注意事項が書いてあった理由を把握した。 FC会報を見てないのかもしれないが。おそらく、あの注意事項をみたとしても、自分が控えなさい、といわれていることに気がつかないのであろう。 しかしB-Tファンというのは本当にやさしい子が多いので、怒った子は「なんで前に向かって押すの」とほんとうにやさしいきもちで悲しんでいたのかもしれない。見た目はビジュアル系の地味派手派手な子であったかもしれないがB-Tならばそれもあり得るかもしれない。。 男ファンもいることはいるのであるが、あくまで若者ではあっても古き良きジャパロックファンともいえるのか、体力勝負のモッシュ猛者とはひと味違ったタイプである。 巨体が突進してくるような牛系の女よりさらに融通がきかないだけなのがいてちょっとがっかり。もちろん普通の人もいるが。 ライヴの内容であるが、古い曲とあたらしい曲を取り混ぜた、最近の曲を知らないファンにもあたらしいアルバムしか聞いてないファンにもやさしい感じの雰囲気である。 ベースとドラムの頭髪がややさみしくなった観はあるが、フロントの妖しさは昔雑誌でみたあの通りであり、今の現実として目前に広がるさまは非常に美しい。 衰えと言う言葉を知らないのであろうか、この人たちは。
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久々の学園祭である。京都造形芸術大学学園祭というやつであった。2個でて2000円は安すぎ。 京都は混んでいた。 会場の学校までバスで京都駅から均一区間内なので、30分もあればつくかと甘くみていたら、予定時間にバスが到着しない。遅れてきたバスにのりさらに、渋滞のため1時間以上かかったのであった。 開演時間を30分もすぎたころに到着。あわてて体育館をめざすが、すごい急な坂である。すごい坂を上ると、さらに階段を上るようにかいてあった。急いで登ると、なんということか、ここもすごい渋滞で列がつかえているのであった。 もしかして、まだ始まってないのか??と思って階段をさらに登ったところで、横の通路の人が目に入った。ちょっと学生っぽくない感じ、そのうしろにいたキャップをかぶったひとがAIRに見えた。 すれ違うのかしらーー、などとおもっているうちに、気がついたら、ぬかされており、入場の列の横にある階段を上っていった。 あれが、AIRならまだ始まってないってことか、とちょっとほっとする。周りの人は気がつかないのか、ほんとは違ったのか、やっぱりその点大人なのか、誰も騒いではいなかった。 このあたりで手の甲に朱肉ではんこをおされた。入場の印らしいが、朱肉ってあんたあんまりだとおもいません?あれ、乾きにくいしとれやすいのに。 そして、入場の列はさらに続いており、学校の裏の山肌が見えるような通路をとおされ、やっと体育館にたどりつく。途中、並んでいる人への注意がかいてあり禁煙とできれば「禁酒」をお願いするものであった。 ライブ会場を示すものはアーティスト名と矢印のみのシンプルな張り紙のみ、普通であれば、でかでかとポスターなどはってありそうなものなのに、それはなかった。 必要な人にだけ必要な情報が目に入るようなしくみは、評価できる。さすが芸術大学。 しかし、開演時間を過ぎてもまだ客入れが終わっていない段取りの悪さも、また芸術大学らしいのであろうか。アーティストや機材などの到着に支障があるほど、道が混んでいたのかもしれないし、原因はいまもって定かではないのだが。 体育館に入ると、端のほうには客の荷物であるリュックが美しく整然とならんでいた。 開演予定時間を1時間ほど越えようかとしているのに、まだ始まっていない。 入場の列が切れたあたりで、やっとPOLYSICSのライヴが始まった。 あとで思うと、途中でバスのなかから開演時間前に会場の友達に電話していた人が「5時」がどうのといっていた。もしかしてあの時点でおくれることが確定していた=リハーサル等の遅れが原因だったのかもしれない。 始まったとたんに、とびはねまくり、将棋倒しを目撃したり、もうすっかり手の甲の朱肉など落ちてしまったではないか。 とにかくはねまくり、そこかしこでチンダル現象のようにぶつかっては跳ね返されの繰り返し。 POLYSICSはすごくたのしいのだが、2回目だというのに未だに1曲も覚えちゃいない。 AIRでさらに前のほうにいくのだが、結構男の子が多かった気がする。 「ENG」とかいてあるキャップをかぶっているAIR。 KIDS ARE ALRIGHTあたりから始まった気がする。 ところで男が多いとおもったのだが、曲が始まるとPOLYのときもそうだったが、うまくボディサーフの人がころがっていかないのだ。 すぐにしずんでしまう。 たまに手をかしてころがそうとすると、逆にまきこまれて、後ろに追いやられてしまう。ライヴ中の人の動きと力関係などを把握してきたつもりであるが、なぜなのか分からない。しかし、まきこまれるのは困るので転がしてやるのはやめた。もしや皆そんな気持ちだったのであろうか?? 変に沈まされたりながされかけたりしているうちに、きがつくと見知らぬ男子と腕を組んでいた。謎。しかも腕の後ろに人が挟まったような状態で。B-Tのときみたいに肘でぐりぐりされるよりはいいが、、変に力が掛かったときがこわそう、と思っていたが、また気がつくと離れていた。謎。 ポリでちょっとがんばりすぎたのでAIRの途中でへたってしまったが、まぁいい。 1時間ほどで本編終了。アンコールがあった。「新曲を2曲やります」とのこと。そして、新曲2曲に続き、ラストはEVERYTHING,OR EVERYONE〜 が演奏される。この曲は好きな曲だし、もうなんども聞いているが聞く度に皆がピースをしているのに気がつくが、なかなか実施できない。 4時に始まって6時前にはおわるだろうとおもっていたが、結局5時頃始まって7時すぎに終わった。ステージ前の柵のところの5センチほど高くなったところ部分(ほぼ最前)からPAのうしろまで好きなところでみることができた。 このライヴ、はじめなんの疑いもなく、整理券をくばるのだろうとおもっていたのであるが、当日になってバスの乗り方を聞くついでに実行委員会に尋ねた。すると「並んでいる順番に入ってもらいます」とのこと。整理券などないとのことだった。 どういうこと??と思ったが、終わったあと、えらく前でみることも、後ろでみることも自由であり、また好きな場所でみることは楽しいということがわかり、早く入ることは無意味であり、早くから並ぶことさえ無意味であり、「整理券などたしかに意味のないものだな」とは思った。君たちは正しいよ。しかし、この件と、入場が遅くなった件はやはり少しは関係あるのではないかと、まだ思っている。 ライヴが終わって暗くなってからもしっかりと学祭は盛り上がっていた。 ふつうの学祭のイメージはたこ焼きなどを売りつけたお金であとで打ち上げをするようなイメージだったのであるが、ここの人たちは自分の作ったみせで、自分たちで飲んだくれて楽しんでいる。 フェスの屋台と客のような雰囲気で楽しそうだったのに、時間がなくて学祭そのものがみれなかったのは残念だった。 京都には絶対京都時間というものがあるに違いない、帰りのバスはやっぱり混んでいて、雰囲気もあいかわらずへんだった。 実は乗り換え以外で初めて京都に足を踏み入れたのであるが(うちのあたりではこんな人は1000人に一人といないと思う)甘くみてはいけない土地であると学習した。
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tour 00-01 I shall return!! とよんでみよう
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どちらも初めてみるバンド。ほとんど、ZEPPET STOREファンとおぼしき客層は、どこか2次元愛好家的な雰囲気を醸し出している。 最初のMILK CROWNはCDを聞いたことがあるのだが、その期待を上回る濃い感じの音楽、だのにだのに、MCは至って親しみやすい。ZEPPET STOREファンが本当に「暖かい」感じの人が多いのかもしれないが、ヘヴィな音の間にみょーに和むひとときをおりまぜながらのliveであった。 あとで調べると新メンバーのギターの人は去年の椎名林檎学園祭ツアーのメンバーであり、つまり、CREEPのコピーをしたときのひとのようである。 次のZEPPET STOREは曲もなにもしらず、ぼーっとしていたとき、隣の客が私の足下の何かをひろった。どうやらピックのようなのだ。 そこであらためてステージをみると、ギターやボーカルが客にむかってピックをきちんとなげるバンドのようなのだ。 最近モッシュ系スタンディングか、アリーナでしかライヴをみていなくて、すっかりピックというものが飛んでくるものであるとの認識を忘れていたので、みょーになつかしい気分になり、ピックにつられてしっかりとステージを眺めることとなった。 そうだ、これが正しいライヴのあり方だ!!とちょっと嬉しくなった。
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人がおおいんだか少ないんだかも見当もつかずみにいったが、すごい盛り上がりだったのではないだろうか。 最初のポリシックスは黄色いつなぎで登場、けっこうドラムのひとがなごませタイプの人だと認識する。 客をあおるボーカル、最後はおもいっきり客席にダイヴしてきた。おもいっきり下敷きになったが、貴重な体験でした。 PENPALSのことは全然知らなかったのだが、セッティングの間の曲に聞き覚えが。311のアルバムをかけているようだった。 やーーしらなかった、ほんとはこの日着るモノないから311のTシャツを着ていこうかとおもったけど、やめたんだ、偶然。 もしかして311=BACK DROP BOMBみたいな感じなのかとおもったが、実際の曲はそういう訳ではなかった。しかし、楽しそうだったので、人にのられない程度に近寄ってリズムを楽しむことにした。
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予告:チケットを笑うモノはチケットに泣く、、、この整理番号はABCそれぞれ1000番ずつあったらしい。 時期が早かったのとあまりに衝撃的だったため当日になってチケットをどこにやったか分からないことが判明。 普段ならだいたい見当がつくのに、どんなものにはいってきたかも思い出せない。まぁとりあえず手に入らないことはないだろうと会場へ向かう。 今後どんなチケットでも大事に扱おうと心にきめる。 あまってるひとから譲ってもらったのだが、これが、私が優先でとったやつより500番もいい番号で、なんだか複雑な気分だ。 結局後ろの方の番号でも、ロッカーは空いていたし、左端はあいかわらず空いてるのでどんどんと前にいけて、やっぱり、最前ブロックに入ってしまう。 この日は中継があって、カメラが入っていた。 セキュリティはなぜか黒いスーツのおにいさんたち、1曲目から始まるダイブの嵐、周りはちびっこが多いのか女子平均身長である私がもろに衝撃を受けるはめになるのだが、これは自業自得だから、よい。 しかし気の毒なのはカメラマンさんで、この日のステージと柵の間は狭く感じられ、途中、ダイブしてきた人間の頭と、カメラマンの頭がはげしくぶつかり合うという惨事が見受けられた。 毎回対策を考えるものの、絶えずあたらしいパターンで頭上を押し寄せてくる感じがする。 曲は学祭と同じ雰囲気で始まり、途中ストリングスが入りNKみたいな感じ。 ライヴ盤を聞いたときはストリングスの加減がいやだった曲も実際目の前できいたら、そんなにいやなもんでもなかった。これは自分でもちょっと予想外だった。 後半、激しい曲になったところでベースの人がはねまくっていたら、突然ベースのストラップがはずれていた。 すぐに膝にたてるような体制にきりかえて演奏していたが、よく考えたら、ベースって重いだろうによく飛べるなーーと思った。 始まってすぐ中央にすごい押しよせがあったあと、いきついた先の人が非常に皆穏やかであったので、とてもたのしい時間を過ごすことができた。これ、右側にいっていたらとんでもないことになってたかもしれない。
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予告: ということで1日目。だいたい1カ所2daysものを2日見に行くなんてご担当アーティストY以外にはあり得ないことなのだけど、やってしまうあたりが金あまり社会人のこわいところか。 しかし興味があるのは確かなことなのだ。 会場に入ると濃ゆい不思議な雰囲気。開演時間をすぎたころ、立ち見の人をやっとホールに入れたあたりで後方座席の温度はあがりまくる。 ふと前方に目をやると一番前のブロックの通路がロープで区切られていて驚いた。
しかしそれに気がついたとたん、なんだか妙に鳥肌がたってしまい、それから動けない&鳥肌&涙という自分のもっともやばい感じに突入してしまった。 こういうときは適当におどって発散させないとやばいのに、それがなかなかできない。 それにしてもLUNA SEAのライヴって不思議だ、最初数曲はガリガリとしたドラムの音と歌詞までききとれないレベルのボーカルの声しか聞こえないのに、とにかく、すごい空気なのだ。 前屈みになってヘドバン(なぜこれが正しいやりかたなのか感覚的にわすれてしまった)という文化も衰退せざるを得ないのだろうか、とちょっとさみしくなる。たぶんマシンガンズあたりではほそぼそと残っていくとおもうが、ほんとにさよなら20世紀って感じかとおもってしまった。 気がつくと自分はずっと泣いていたようなのだが、別に悲しいわけでもない。ただ、単純に感動していたらしい。 「この歌もあと何回歌えるか」ボーカルのMCにつづいてアンコールで最後のシングル曲をやったのだが、最後のほう、会場にアカペラでうたわせていた。 歌の切れ目に笑い声のような高い音のざわめきがきこえる、いったいどうしたのかとおもっていたが、気がつくと自分の目の前の子が嗚咽しているのが目に入った。 自分は泣いてはいたけど、しゃくりあげるような泣き方ではなかったから、(鼻をすするぐらい)まったく想像していなかったのだが、ざわめきのような高い音は涙で歌えなくなった子の鳴き声だったのだ。 うーーん、Y活動休止にくらべたらLUNA SEA終幕はわかりやすいと自分のような一般人は思う。それは衣装だとか雰囲気だとか5人ばらばらだし、それぞれソロなどの足がかりも確立されていることが公然としてるから。 しかし、ファンでないから分かるのかもしれないが、本当にこれで終わってしまったらもったいない。 ファンとつくりあげる暑苦しくのぼせるほどの会場の雰囲気は他のライヴでは出てこない貴重な空間なのに。 2日目、だれか欲しい人がいたらゆずってもいいかぐらいの気持ちでもいたが、1日目をみて、やはり自分で見に行くことを決心した。 ところで自分は1月4日、8日、このように素直に泣くことはあるのだろうか。最初の武道館のときみたいに。人が泣いてるのを先にみたら泣かないような気もしてきた。
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あぁ、なんて自分はまぬけなんだろう。1日目だけでいいと一瞬でも思ったことを忘れるようなすごいライヴであった。 1日目にくらべて構成的に美しい。 SUGIZOがバイオリンを弾く曲もあるし。 中盤、曲の途中でJが突然ステージ袖にさがっていたった。その間もライヴは進む、次の曲ではフロント3人が美しいフォーメーションでステージの密度が低くなりそうなところを全身でフォローしているように見えた。 バンドらしくてなんだかとってもいい風景だとおもったけど、突然のアクシデントがなにか発生したようだ。 1日目が2回アンコールなのに、1回アンコールでおわりっぽくした演出については、ちょっと疑問を感じるが、2回目に「WISH」3回目に「Believe」をやってくれたことに感動した。というかこの曲&「IN MY DREAM」が私の考えるLUNA SEAであり、このへんを聞かないことには、不完全燃焼である。最近の作品ではたしかに「SHINE」あたりが好きであるが、やっぱり人数の少ない時にきいた曲の方が愛着があったりする。 新しいものを作っていかなければいけない、という想いがアーティストにはあるのかもしれない、しかし客は「あの曲」が1曲あればいつまでもそれさえあればよかったりするものなのだ。 ただ、ずっとやってくれればいいだけなのに、演奏者としてずっとどうしてのこってくれないものなのかなぁとそんなことばかりずっと考えてしまった。 1日目は涙がとまらなかったけど、2日目は妙に元気がでて楽しい思いだけがのこるいいライヴだった。
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予告: ブランキーはたまに好きな曲もあるようだが、ちゃんと聞いたことがなかった。確か4年くらい前にライヴを見に行って、革ジャンパー系のロックはあまりすきでないとおもったのもある。たまたまそのときの曲がそういう感じの曲ばかりだったのかもしれないが、私にはわからん音楽だ、とずっと思っていた。 RIJFでみたシャーベッツは38spacialの歌詞はちょっとストレートすぎて好きでないのだが、曲はいいなぁとおもっていた。 そして、本当に軽い気持ちでこのライヴをみたのであるが、もうほんとにびっくりするぐらい大当たりであった。 ストレートぎみな歌詞はたしかに気になるのだが、音楽は非常に美しいし、ボーカルの声がすごく繊細で、フェスよりも小さい暗いハコの方が雰囲気がでてよいなあと思った。 ふとおもったのが、解散するということはそれまでの作品を封印することなのだなということだ。 あたらしいものを作る活動が続いて行かないと思ったとき、過去のものを演奏することさえ、簡単に否定できてしまうものなのだろうか。 でもこんなすごい音楽ができるなら、封印もありなのかな。 封印しないかぎり、過去の亡霊にとりつかれ続けないといけないのだともいえる。私のような客が昔の曲を要求するから。 最近のライブがあたりばかりで、もうアリーナなんかでやるライヴみてもなんにも楽しく思えないような気がしてきた。 アリーナでみても楽しかった某Yは逆にそれだけいい、というふうにいえるのかもしれないが。 もうアリーナ上昇志向のバンドなんてロックの観点からは発生しないのかもしれない。 ところでグッズの家出バッグがきになるが、こうにゅうせず。。
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予告: 始まる前に気がついた、1階席にISSAYがいるのだーー。 ステージにボーカルが立てば、とてつもない磁場が武道館のフロアーを満たしているような感覚におそわれる。 バックステージにはさほど人がいないようだが、始まるとたいして気にはならない。1列目を売らず、裏花道などもないようだが、今井ちゃんなど、ドラムセットの後ろまでなんどもいっていたようだ。 本当に左右の花道と後ろばかりを気にしているようで、1階席でみていたものとしては、広い会場であるにもかかわらず、やたらとメンバーが近くにみえた。 あっちゃんの最初のMC(しかしなんでここのメンバーをちゃんづけでよぶのか、私)「後ろから前から」どうぞ、までいったかどうかは覚えてないが、、、すごい。 本当に立ち見なんかでみるぐらいなら追加席かった方がいいのに、ってな具合にサービスしていた。 アンコールラスト、この曲が20世紀最後の曲になるとは、というようなことをいっていた。名古屋大阪でも評判が良かったというその曲はフィジカルノイローゼであった。 バクチクに否定的であった私が最初に興味をもった曲がこの曲であり、たまたま歌詞をみて、なんじゃこりゃーーーとおもったのであった。 だって「夢からさめたグレゴールザムザは〜」とかっていうんだもの。 曲はなんだか変わってるし。ずっと気になってはいたが、ライヴで聞けたことはなかった。 20世紀のおわりに聞けるなんて、思いもしなかったよ。
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ラスト2日で一年分以上のアーティストをみることになったりして。
・・・・と期待したが、この夜の出演者をみて愕然。私の思うアーティストなど他には皆無であった。
痛い人間の見本市か。番号的には△?関係ないとはおもうが。
そう、その通り、自分も含め痛い人間の見本市であった。
番号は大いに関係し、実質的には×であった。
まさにこの「お客さん」ウォッチング炸裂のためにあるようなイベント。
クロークロッカーは使用できないから荷物はもってくるなとかいてあるのに、大荷物厚着の人たちが結構いる。
それでも外ロッカーは使えたらしい、使ってよいなら先に使えといえばいいのに。ここに集まった人がどれだけこのハコの事をしっているのかはしらないけれど、中に期待した人もいるのか。しかし中のロッカーには立ち入ることはゆるされず、会場に整列して入る。
「荷物もおいて場所もきまりましたね、その場所から動かないように」と注意される。
なんのためにライブハウスをつかってんだよ、それもスタンディングにすんだよ。ここに椅子入れて使うことあるのぐらい知ってるよ、って感じだ。
ま、自分はライヴハウス仕様でいったから、(全然そんな人いないぞ)別に何も苦労することはなかったんだけど、コートきたままつったってる人とかみてすごーくイタかった。アイドルのポスター入った袋足もとにおいてるひとも痛かった。
しかもはっきりわかる売れてるアイドルファンはまだいい、動いてくれるから、問題は何ファンだかもわからないどよーーとした感情があるんだかないんだかわからんひとびとで、最後まで本当に「その場所からうごかないように」を実践し、休止まえ最後の地上波放送を行う、自分の目的たるバンドが出演したときも、特に場所をうごくことなく、淡々と眺めていたようだった。
ところで、OIOIってかけ声、ロックっぽいんじゃなくて「男子の叫び基本形」なだけなのだなぁとおもった。
あいつらなんでもあれなんだもんな。
ロックはミーハー女がダメにする的意見を語る男性がいるが、それは事実であるが真実ではない、音楽を聞くということに関して、全然ダメなのは男のほうだよ、、としみじみ思った。
たぶん、痛いアイドルファンじゃないよ、ということを主張したいためにロックファンを語る男性が多いのだろう。それに比べて女の場合はロックファンと言う言葉を決して「アイドル」に対して使っている言葉ではなく、単純にロックというカテゴリに好きな音楽があるかどうかということが問題になっているのだと思う。
「俺の最高におもう音楽」=ロックだからはなしがややこしくなるのだ。
ちなみに、大事な最後5分間ほどの記憶があまりなく、なにやってんだってかんじだ。
予告: ポリのハヤシがDJをしているのをみたのだが、あの方、素の状態だととても愛らしいひとだということがわかった。 ステージとのギャップが大きい。 ライヴのときあの人が”私に向かって”(妄想)ダイブしてきたのね、なんて思ってみたり。 ライヴはなかったのだが、ポリのタオルを持っている人は会場に多かった。 年越し前の時間には「ハイスクールララバイ」byイモ欽トリオをかけていた。 年がばれるぞ、、とおもいつつ反応すると、若い人も結構しっているようだ。 もちろん彼はよしおである。後ろでは、ちゃんとドラムとシンセの振り付けが入る。 なんで、みんなしってるんだ、うけてるんだと不思議。 次あたりから聞いたことがあるのにタイトルが分からない、非常になつかしい感じの曲がきこえる、知ってる洋楽などないのに、としばらく考えていたら、20世紀のシメということでハヤシの趣味でYMOをかけているとのこと、そか、YMOは音源はまともにもってないけど、FMとかでよくきいたよ。 しかし、こっちのほうには皆反応なし、ライディーンでもダメみたい。 皆わり単純なふるくさいロックンロールの方が好きらしい。 おかげで、少し体力が回復したが、前日、というか31日早朝まで起きていたせいで、体力がもたない。 会場にいるとそのまま倒れてしまいそう。 極寒の渋谷の街をねむけざましと暖をとるためにあるき続けるのであった。
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今年は多い気がするが、それでも最多93年の58.5本にはまだまだ及ばない。でも中身はあの時(イエロー・モンキーに出会い、バクチクをおっかけていた年)以上に濃いと思ったよ。
E-Mail: suisee@mxc.mesh.ne.jp