原千代海氏訳のイプセン「野鴨」「幽霊」を読む.これは自分の漱石研究とも関係のある読書なのだが,「人形の家」でしか知られていないイプセンの他の作品が文庫本で簡単に読めるようになったこと自体,ずいぶん隔世の感がある.というのも僕がイプセンの作品を読み始めたのが修士課程に入り修士論文の準備を始めた頃だから,もう8年くらい前になる.その頃は,作品集といっても全部の戯曲が読めるわけではなく,古本屋を探し回ってイプセンの本を入手したものだった.中でも日本で最初にイプセンを紹介した高安月郊の翻訳書が手に入った時は嬉しかった.明治30年代の本だったが偶然にしても3000円位で入手できたのだから,当時の自分には僥倖に思えた.僕は今文庫本でイプセンの世界を読み直す.30代の漱石が感動し,40代の漱石がイプセンブームの中で「迂闊突飛」と批判した世界を,大上段に構えた社会批判の姿勢を,現代の白けた時代の視線を通して,もう一度読み直している.
◆川村邦光「セクシュアリティの近代」講談社選書メチエ
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最近社会学ではセクシャリティに注目した研究が増えてきているようだ.日本の近代では西洋の書物の流入によって,江戸期以来の知識に西洋の知識が混在し,新たな身体観を作り出すようになった,川村氏はその中でも,性を中心として男女の身体がどのように近代社会の中に位置づけられていったかを考察している.
◆一太郎 ver.7◆
日本語ワープロソフトの定番「一太郎ver.7」がようやく9/13に発売された.僕は本社に注文したため入手が遅れ約一週間後に入手できた.全部をインストールすると120MBもハードディスクの容量を喰ってしまう.バージョンアップもいい
が,もっと軽量化できないのかと思う.また起動させてみて気がついたのだが,起動するまでの時間が6.3の頃に比べると倍以上の時間がかかるようになった.僕の場合486DX2 66MHZのCPUにメモリを増設したものだが,前の起動時間が20秒だった
のに,Ver.7は60秒はかかるようになった.不要な機能が削除できるようになっているので,それで いろいろ機能を削除して軽量化したが,そのことと起動にかかる時間の速度は関係がないものらしく,依然鈍重な動作を強いられている.
32ビットの時代になってワープロが高速化し,エディタは不要になるのではないかという説があったが,それは明らかな誤認であることが分かった.一太郎一つをとってみてもワープロは文字修飾の機能や罫線機能の強化,ホームページ作
成機能などよけいな機能を身につけて肥大化し,ジャストネットの接続機能まで搭載するに至ってワープロとしてのコンセプトすら空洞化してしまった.それともワープロの概念が崩れはじめているのだろうか.ジャストシステムは,一太郎だ
けでなく他のソフトについてもコンポーネント化をはかることによってソフト自体の独立性をなくしていき,ジャストシステムのソフトという一つの大きな統合ソフトを作り出す方向性をとっている.マイクロソフトやロータスのソフトのよ
うに,日本独自の統合ビジネスソフトを作りだそうとしているのだろう.しかしこのようにソフトが巨大化していく方向性は,JAVAでソフトを動かそうという最近の流れと対立していくようにも思えるのだが.
ともあれ僕のように文書を書くだけに重きを置く人間にとって,入力ソフトとしてのエディタの必要性は,ワープロよりもますます高まっている.ではなぜ「一太郎」を買ってしまったのか.現段階でいえるのは,JSフォントエフェクトツールは結構いいと言うことだ.罫線機能も良くなった.この点だけは買って良かったと思った.
◆三島由紀夫CYBER MUSEUM◆
三島由紀夫の作品・創作ノート・原稿・遺品などの資料をインターネット上で公開するサイトがオープンした.僕が見た限りでは、最強の文学サイトではないか。作品リストは網羅的であり、「関連資料」では写真資料を何点か閲覧でき、創作活動の片鱗を伺うことが出来る。小説家の全貌を扱う,最強のサイトが登場したといえよう.それには遺族から一括して資料を入手し得た事が大きい.遺族の平岡家の理解と協力抜きでは語れない.僕も漱石で画像資料を公開したかったが、「漱石文庫」から許諾を得ることが出来なかった。漱石では、同様の事は最早不可能である。このサイトのこれからの動向には、文学サイトを運営している者は目が離せないだろう。