天文民俗学試論(16)


8.星をはかる 
 
                                               星の伝承研究室 北尾浩一

 愛媛県南宇和郡城辺町深浦のAさん(注1)は、水平線を一合、そのままの姿勢で上目を使って見た角度を10合として星の高度をはかった。例えば、「スマル(プレアデス星団)が目8合になったから夜明けが近いぞ!」というように言ったのである。目8合は、上目を使って見た角度(10合)からやや下にさがった高度である。

 また、愛媛県伊予郡双海町上灘のBさん(注2)は、星の高度を1間、2間とはかった。例えば、「スマルが1間ぐらいあがった。2間ぐらいあがった」と言って、時間を知ったのである。中国の古記録の1尺がほぼ1度に相当するのと何か通ずるものを感じる。

 鹿児島県大島郡徳之島町では、ブレブシ(注3)の高度が、「東(アガレ)テルハンギ高(デ)ハ麦植(ムギウエ)ドキ」(注4)と言った。宵の口、薄暗くなりかけの時刻に頭にテル籠(注5)の緒をかけた状態(少し前かがみ)で東空を見たとき、眼にブレブシが入ってくる高度にある頃(注6)を麦植の時季としたのである。

 沖縄県糸満市では、薄明の終わる頃、頭の上に桶をのせて、ムリブシ(注7)が見える2月から5月頃まで突風が吹くと伝えられていた。(注8)  1月まではムリブシの高度が高く桶に隠れて見えない。星の高度が一定以下にあることを知るために桶を用いたのである。

 また、野尻抱影氏著『日本星名辞典』には、「すまる、まんろく粉八合、頭巾落しの粉一升」という俚諺の報告(岡山県 守屋氏)が掲載されており、スマルがまんろく(満時)の位置を西へ過ぎ、頭巾がすべり落ちるほどの高さに達したときに蕎麦(ソバ)を蒔くと、一升で粉も一升取れる意味であると述べられている。(注9)

 道具を用いた例では、その他に沖縄県石垣市の星見石のケースがある。(注10)

 人びとは、星だけを見るのではなかった。星と地上の景色がともにあわさって生活環境を構成していた。

 愛媛県南宇和郡西海町内泊のBさん(注11) は、「スマルがどこそこの森の上にいたから何時、スマルの高さあれだから程のよいぞ、網を持とうよと言った。スマルがどこにすわった時刻に突風起きた、と言った」と語った。森とスマルがあわさって景観をつくり、相互の位置関係で生活に必要な行動を起こす判断をしたのだった。

 ところで、高度や位置をはかったのはプレアデス星団だけではない。

 兵庫県明石市魚住で聞いた話である。

「ヨアケノオオボシがあがったら起こされる。それからな、浜でていったら3間か4間くらいあがっとる。4・5間あがっとる」(注12)

 3間か4間と言ってから、すぐ4・5間と訂正した。ヨアケノオオボシ(明けの明星)の高度を、1間、2間…と表現したのである。

 また、広島県福山市鞆町のCさん(注13) は、カノープスについて、次のように語った。

「四国のな、沖にな、夜明けにちょっと出るんですよ。そのしこなし(ふるまい)がオーチャクボシ。ここらのものがつけとるのです。2・3間も上にな。四国の山の上の方にな」

 ほかの星とちがって、南の方にちょっと出て見えなくなるカノープスを伊予の横着星と名づけ、カノープスの高度「約3度」を2・3間と表現したのである。

 また、山下さんは、キタノネノホシ(北極星)について、「ひとよさに1間ぐらいは動くらしいな」と語った。直径2度弱の動きを1間と表現したのである。同じ1間でも明石市魚住よりは随分小さい角度である。

 人びとの星の高度や位置、動きについての様々な表現方法…。ここにも人びとと星のかかわりの多様性、豊かさがあったのである


(注1)筆者による調査。調査年月:1984年3月。話者生年:大正3年。

(注2)筆者による調査。調査年月:1984年3月。話者生年:大正元年。

(注3)群れ星。プレアデス星団のこと。

(注4)北尾浩一「「続」アンケート調査による南西諸島の星の民俗」『天界』711号、 東亜天文学会、1984、p.219。

(注5)テルとは、竹製の背負い籠のこと。

(注6)旧の10月頃。

(注7)ブレブシと同様、プレアデス星団のこと。

(注8)筆者による調査。調査年月:1979年3月。話者年齢:当時約70歳。

(注9)野尻抱影『日本星名辞典』東京堂出版、1973、p.110。

(注10)眼と星見石の先端と群れ星が一直線になる高度になったときを農耕の季節の目標にした。(天文民俗学試論(5)参照)

(注11)筆者による調査。調査年月:1984年3月。話者生年:明治39年。

(注12)筆者による調査。調査年月:1984年3月。話者生年:明治36年。

(注13)筆者による調査。調査年月:1988年11月。話者生年:明治33年。

(東亜天文学会発行『天界』1999年7月号に掲載されました「天文民俗学試論(16)」のホームページ版です)


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