天文民俗学試論(2)


2.イカ釣り−(1)宮城県唐桑町

 
                                               星の伝承研究室 北尾浩一

2.イカ釣り

 次から次へと水平線から顔を出すプレアデス星団、ヒアデス星団、オリオン座三つ星、シリウス…。これらの星ぼしが創る時間でイカ釣りのタイミングを判断していた人びとに、北海道、青森県、岩手県、宮城県、秋田県、石川県等広範囲の地域で出会うことができる。そのなかで、いくつかの事例をもとに試論を進めていきたい。

(1)宮城県唐桑町

 Aさん(注1)は、星ぼしの創る時間で仕事をしていた頃の思い出を次のように語った。

「イカは一晩中釣れてるわけじゃないんですね。時間、時々釣れるわけですな。一晩一生懸命釣り具を動かしてても、常に食いついてくるわけじゃねえ。時間によって漁がでたりひらいたりするわけです。よくね、カリマタのあがりの時節に釣れたとか、モクサのあがりのときに釣れたとかということは言われたものじゃ…」

 モクサ(注2)(プレアデス星団)、カリマタ(注3)(ヒアデス星団のV字形)が水平線から顔を出すとき釣り具を動かすと、イカが釣れることがよくあったのである。カリマタの次に顔を出すのはムヅラ(注4)(オリオン座三つ星と小三つ星)であるが、たとえそのとき漁がなくてもさらに次の星が創る時間まで待ったことについて、次のように語った。

「イカなどはね、イカなどは星勘定でね。星の時間帯でアトボシまで見ていこうかとかね。アトボシ出たからもう漁がないから帰ろうか―とか」

 アトボシはおおいぬ座シリウスのこと。最後に顔を出すからアトボシ(後星)と名づけたのである。

 このような星の名前を学んだのは学校ではなく船の上であった。8歳のときから船に乗ったAさんは、当時の思い出を次のように語った。

「私が学校帰ってくるのを待ってるのですよ。その下の浜がある。船があってね、おじいさんだの、おとうさんだのね、おにいさんたちが浜で待ってるのですよ。私が学校から帰ってくるとね、かばん置いてすぐ浜へ行ったもんですよ」

 最初は、何もできなくてもよかった。おにいさんのやっていることを見て、少しでも自分ができると思ったらやってみて失敗してもよかった。そのうちに、少しずつ星の並び方を学んでいき、高学年になると自分で星空を見てモクサとかムヅラとかわかるようになったのである。しかし、星によって釣れるタイミングを判断する勘はもちろん、例えば山ばかりで自分の位置を知る勘にしても、そんなに簡単に習得できるものではなく、実は次のように厳しいものであった。

「ただ、漫然と船に乗ってるだけでは覚えられないですよ。やっぱりね、自分でその気がないとね、それも自分でひとりで沖に出る気構えがでてこなけりゃ覚えられないですよ」

  星の名前がわかるようになったばかりの小学校高学年にとっては困難なことであるが、いつまでも甘えは許されなかった。やがてひとりで沖に出て、何度も失敗したり苦い経験を生かしたりしながら習得していかなければならないのであった。そして、ものすごい努力をして、一人前としての星の知識が習得できたという評価をするのは学校の試験ではなく、いわば大自然であった。大自然が一人前と評価してくれたとき、安全に船を進め、星ぼしの創る時間のなかでイカの釣れるタイミングを判断することができるようになった。そして、暮らすのに必要なイカも大自然から手に入れることができたのであった。

 かつて海で生きる子どもたちが、伝承という形態によって、親から、あるいは年上の子どもから学び、自然とたたかい、共生し、判断し、行動し、ひとりで沖に出るまで成長していったことのなかに、私たちが失ってはならないものを見い出すことも天文民俗学試論の重要なテーマである。

(注1)筆者による調査。調査年月:1993年8月、話者生年:大正5年。

(注2)モクサという名前の由来についてAさんは以下のように語った。
 「モグサ、モグサでしょう。モグサのなまっとるのじゃねえかな。モグサをこうつまんでこう…。格好が似てるっていうのじゃないかな」
  プレアデス星団をお灸をするときの「もぐさ」に結びつけたのである。

(注3)カリマタについて、Aさんは以下のように語った。
 「背負いモッコみたいな格好ですな」
 岩手県大船渡市赤崎町では、ヒアデス星団のV字形をモッコと呼んでいたが、 Aさんの場合、モッコではなくカリマタであった。広辞苑には、「先が叉(また)の形に開き、その内側に刃のある鏃(やじり)。また、それを付けた矢」 とある。
(新村出編『広辞苑第四版』岩波書店、1991、p.553。)

(注4)ムヅラは、一般的にはプレアデス星団のことであり、ムツラ(六連星)の系統の方言は、北海道、青森県、秋田県、茨城県、群馬県等、東日本に広く分布する。しかし、この場合はオリオン座三つ星と小三つ星のことであり、プレアデス星団は、モクサであった。
 (北尾浩一「ムツラについての調査報告」『ステラNo.3』東亜天文学会、1994、 pp.34-38。)               

(東亜天文学会発行『天界』1998年5月号に掲載されました「天文民俗学試論(2)」のホームページ版です)


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