天文民俗学試論(20)


10,1999年の星の伝承−(2)広島県生口島(豊田郡瀬戸田町福田)@
 
                                               星の伝承研究室 北尾浩一

「ほとんどここらの商売は夜じゃったんじゃ。魚を網からあげて販路へまわしたら学校行きます」

 Aさん(注1)は、小学生時代の思い出を語りはじめた。昼は網の手入れを手伝い、夜中は漁に、そして、朝、魚を販路へまわしてから学校へ行ったのである。

「遅れてよう怒られよったな。立たされたりね。海岸端をね、4キロくらい歩いたら藁の草履が破けてしまう」

 仕事で遅れても配慮なんかしてくれなかったが、学校へ行けただけまだ幸運だった。年に10日ぐらいしか学校へ行けなかった子どもも多かったのである。

「6年生いうても2つや3つ上の人と同じくらいにしよった。高等小学校なったら、早い人はその時分には船を一艘持って船頭でやりよった」

 このような一人前としての厳しさを要求されながら、なおかつ学校へ通い続けるのは困難だったが、Aさんは、高等小学校を卒業することができた。

「学校卒業してからやっぱり気持ちが変化したな。ここらにおったんじゃつまらんぞーと、そうぼちぼちと芽生えた」

 卒業後、5年ほど漁業を続けたが、気持ちを抑えることができず、昭和10年に神戸へ。従って、Aさんが漁をしたのは20歳頃までの短い間であったがそのなかで星についての様々な思い出があった。

「オカでいたら、明るいなかにおったらわからんようなだけどね。夜全部暗いなかにおったらわりあいにわかる。そりゃ、予想外にわかる。その時分には星なんか皓々としてひかっとる。そやからよけいわかる」

 まず、Aさんにとっての星は、このように明るいという印象が強烈であった

「星がひかってるから明るいのですか」と尋ねると、次のような答がかえってきた。

「明るいです。そりゃね、船のなかをさっさ、さっさと歩いていくだけの明かりはある」

 月がなくても星の明かりだけで充分なのである。だからこそ、星の見えないときのこわさについて次のように語った。

「そりゃいちばんこわいのは雨とか。そんなときはいちばんこわい。雨なんかは一寸先も見えない」

 星が見えないときの恐ろしさと見えるときの安心感。その違いはあまりにも大きかった。そして、星が見えるときは、なんと言っても時間がよくわかった。

「星が時間帯よな。時計持っとる人はようけおらなんだぐらいじゃから。イチバンボシじゃいうてから日が暮れてから、ちーとしたらあがってくるんですよね。日が暮れたらいちばん早うわかる星。大きいんじゃ。いちばん先にイチバンボシが出てこんどは3つこう並んだ星があったんじゃ…」

 ミツボシとはオリオン座三つ星のこと。何時頃出るか確認すると、「夜通しのうちには何時間かは出るんですね」という答がかえってきた。出る時間は変わるものの一部の季節を除いて何時間かは見えると伝えていた。

「ホクトヒチセイでもようわかりよったんですけど。こういうシャモジを横にしたような」

 ミツボシが見えないときは、北斗七星によって時間を知ることもできたのである。

 星は、時間を教えてくれるとともにどちらへ向かっているかの方角も教えてくれる。

「あの星がここにおるから今時間がだいたい何時頃じゃろ。そうすると、今わしらは西向いて行きよるぞとか、東向いて行きよるぞーと。これが完全な目安になりよったですよ」

 北極星でなくても星の位置からおおよその方角がわかったのである。(注2)

 さて、Aさんは、ミツボシとホトクヒチセイについて、「だいぶさ離れとるけど、この位置が決まっとるよな」と語った。冬が近づき、オリオン座三つ星が明け方に西の空低くなっていくと決まって北斗七星が高くなっていくというように、だいたい位置が決まっていたのである。北斗七星が高くなっていくとともに薄明が進んでいくが、その様子についても次のように観察していた。

「そうすると、こんどは東側は夜明けの前兆は、東側が明るくなってくるんじゃけん。お日様が山の底の方におってももはや向こうの方じゃだいぶん出とるじゃから。それで自然に色が変わってくるんじゃ」

 星ぼしがめぐり、やがて日の出を迎えた日々…。60年以上も前のことなのに昨日のことを話しているような錯覚にすらおそわれた。

(注1)筆者による調査。調査年月:1999年4月。話者生年:大正3年。

(注2)方角を知るために必ず北極星を見るというわけではなかった。実際には、前方に見える星の方角に行けばだいたいどの辺りに行くと頭に入れておいて、その星が時間とともに動くことを考慮しながら船を進めたケースも多かった。

(東亜天文学会発行『天界』1999年11月号に掲載されました「天文民俗学試論(20)」のホームページ版です)


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