11 大阪湾−星と人の環境史
星の伝承研究室
北尾浩一
かつて、大阪湾にも満天の星がひろがっていた。そして、星ぼしは、人びとの日常生活のなかに深く沁み込んでいた。今回は、大阪湾で人びとは、どのように星を認識して暮らしてきたか、そして、どのような和名を語り、物語を創造したかについて、試論を進めたい。
(1)土用星
大阪府泉佐野市のAさん(注1)は、夏の土用のオリオン座三つ星の思い出を語りはじめた。
「カラスキいう星がな。カラスキ…。その星が3つあるよって。ほんまは土用星いう。その土用にはいるとひとつでるのや。その星出るあいだに3日かかる」
δから順番にε、ζ…と3日かかって三つ星にめぐり会うことができたのである。
カラスキは、広く分布する和名で、Aさんも他の地域の人と話すときはカラスキを用いたが、泉佐野の仲間では土用星で通じた。土用星には、大阪湾で星ぼしのめぐりに季節の移り変わりを感じて暮らしたひとりひとりの思いがつまっている。
(2)紀州星、紀州のみかん星
大阪湾で船を進めていると、秋の彼岸を過ぎた頃の明け方、りゅうこつ座のカノープスと紀州の山の上でめぐり会える。だから、泉佐野のAさんは、紀州星と呼んだ。
「紀州星いうのは、南から出て南にはいるよってな」
東から出て南の空から西の空へと動いていかないで紀州の山の上に現れてすぐ見えなくなったのである。
一方、神戸市深江のBさん(注2)は、紀州のみかん星と呼んだ。
「紀州の方、和歌山の方、まあ大きい星出まんのや。紀州のみかん星いう。3時頃によう出よった。紀州のみかん星出たら間(ま)ないわ。夜明けてくる。南の山のちょっと上に、紀州の山の上に見えるから紀州のみかん星」
紀州にみかんが実る。カノープスもみかんの季節に輝く。だから紀州のみかん星と呼んだのである。(注3)
(3)徳蔵星
徳蔵の登場する北極星の物語は広く分布する(注4)が、徳蔵が北極星の和名になっているケースは大阪府泉佐野市だけである。(注5) そして、北極星の動きの発見者が徳蔵と妻の両方というのも泉佐野だけである。(注6)
徳蔵星を見て船を進め、その星が動くことを認識し、自分たちの北極星の物語を語る。そのことを単に昔の記録としてとどめるのではなく、星と人の環境史として位置づけたい。
(注1)筆者による調査。調査年月:1985年2月。話者生年:明治34年。
(注2)筆者による調査。調査年月:1984年10月。話者生年:明治39年。
(注3)カノープスが紀州の山の上ではなく、淡路島の上に輝く兵庫県播磨町古宮においてもみかん星と呼んだ。古宮の場合は、以下のように、紀州のみかんではなく、淡路のみかんである。
「みなわかりまんが。淡路あそこにみかん星が出とんのお。あれが真南やな。そのかわりに、あんた電気も何もないときだもの」
「淡路にみかんのなる時季に淡路の上にあがるさかい、自分らで名前つけとるわけや。出てじき沈む。ひとつの星な。大きめの」
(調査年月:1984年3月。話者生年:明治43年。)
(注4)天文民俗学試論(8)(9)参照
(注5)筆者による調査。調査年月:1985年2月。話者生年:明治43年。
(注6)文献においても、表1、表2のように、北極星の動きの発見者が徳蔵と妻の両方というケースはない。
(文献)
野尻抱影「浪速の名船頭」『星の民俗学』講談社(学術文庫)、1978、pp.19-21。
アチックミューゼアム『瀬戸内海島嶼巡訪日記』、1940、pp.193-194。
宮本常一『周防大島を中心としたる海の生活誌』未来社、1994、p.216。
内田武志『星の方言と民俗』岩崎美術社、1973、pp.276-277。
表1 徳蔵(一部徳蔵以外の名前に変化)あるいは妻が北極星が動くことを発見したケース(文献)
地 名 |
発 見 者 |
動きの大きさ |
北 極 星 の 方 言 |
文 献 名 |
調 査 者 |
香川県男木島 |
桑名屋徳蔵の家内 |
三寸 |
(キタノ)ネノホッサン |
瀬戸内海島嶼巡訪日記 |
磯貝勇氏他 |
香川県牛島 |
桑名屋徳蔵の家内 |
三寸 |
ネノホシ |
瀬戸内海島嶼巡訪日記 |
磯貝勇氏他 |
香川県上島 |
クハノヤトクゾウの家内 |
四寸 |
ネノ星 |
瀬戸内海島嶼巡訪日記 |
磯貝勇氏他 |
愛媛県壬生川 |
桑名屋徳三の女房 |
櫺子の桟一本 |
ネノホシ |
星の民俗学 |
越智勇治郎氏 |
愛媛県高井神島 |
クワナイトクゾーの家内 |
三寸半程 |
ネノホシ |
瀬戸内海島嶼巡訪日記 |
磯貝勇氏他 |
香川県塩飽諸島江の浦 |
桑野徳蔵の妻 |
四寸 |
ネノホシサン |
星の民俗学 |
磯貝勇氏 |
広島県地御前 |
熊野屋徳兵衛(徳蔵)の女房 |
一寸四方 |
キタノネノホシ |
星の民俗学 |
磯貝勇氏 |
山口県周防大島 |
桑名屋徳蔵 |
枕の長さほど |
子の星 |
著作集38海の生活誌 |
宮本常一氏 |
表2 徳蔵(一部徳蔵以外の名前に変化)あるいは妻が北極星が動かないことを発見したケース(文献)
地 名 |
発 見 者 |
北 極 星 の 方 言 |
文 献 名 |
調 査 者 |
静岡県土肥村 |
桑名屋徳三の妻 |
------ |
星の方言と民俗 |
内田武志氏 |
静岡県白浜村 |
天竺徳兵衛の妻 |
------ |
星の方言と民俗 |
内田武志氏 |
(東亜天文学会発行『天界』2000年1月号に掲載されました「天文民俗学試論(22)」のホームページ版です)
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