天文民俗学試論(23)


12 チソボシの歌を考える…  
 
                                               星の伝承研究室 北尾浩一

「スマルさんいうのはありますね。夜が長うならんかったら出ませんのよ」

  愛媛県西条市西之川(石鎚山)で出会ったAさん(注1)は、炭焼きのときに時間を知る目標にしていたスマルという星を教えてくださった。スマルは、「おスマルさん」とも言って、プレアデス星団のこと。(注2)

  夜が長くなっていく10月の19時〜20時頃、東の空に現れて時間とともに高くのぼっていき、12月頃の明け方西の地平線へと沈むのである。ほぼ同時に西の空へ低くなっていくプレアデス星団、オリオン、そして北の空をめぐり続ける北斗七星が創り出す景観のなかで育まれた歌を、Aさんは伝えていた。

「スマル、カセボシは入るくがあるが、私はチソボシ入るくない」

 磯貝勇氏が石鎚山の土小屋の老婆から聞いた「スマル、カセボシ入る処(く)はあるが、わしらシソボシ入る処(く)ない」(注3)という歌が1980年になっても伝えられている伝承の力に驚く。

 さて、Aさんは、カセボシについては、「テンテンテンとあって、7つあるのね。こうまたテンテンテンとこういうふうなふうに。まあ、早う言うたら『くの字』みたいに、こう…」と説明してくださった。オリオン座三つ星からσ星、小三つ星を『くの字』の形に見たのであろうか。

 磯貝勇氏は、「3つずつ6つの星がカセになる」(注4)と記録している。とすると、Aさんは、チソボシ(四三[シソウ]の星即ち北斗七星)の7つと混同したのか?

Aさんの話は続く。

「いいかげん嫁にいかなあかんいうふうに言って。今頃とちがって、年いって嫁にいかずおりゃそういうふうなことを昔の人は言うたらしい」

Aさんによれば、昔は、結婚しないでいるとチソボシが沈まない(入るくない)のにたとえられたのである。

 では、本当にチソボシ(北斗七星)は「入るくない」のであろうか。

表1は、北斗七星を構成する「おおぐま座αβγδεζη」の赤緯、表2は、伝承の語られた愛媛県西条市付近(北緯34度)における「おおぐま座αβγδεζη」の北の地平線よりの高度である。(注5)

  表2は、800〜1500年頃には、η星のみが、1600年頃からはη星とγ星が北の地平線に沈む即ち「入るくがある」こと、700年頃以前にはαβγδεζη全てが入るくないこと即ち周極星になることを示している。従って、η星のみ沈んでも「チソボシ入るくない」と伝承されると仮定すると、この歌は800年〜1500年頃に生まれたと推測できる。(注6)  少なくとも、1600年以降はη星とともにγ星も北の地平線に沈み、「チソボシ入るくない」という歌が生まれる可能性は少なくなるのではなかろうか。

 このような北斗七星の例をはじめとして、星という自然環境は、時間軸及び空間軸とともに変化していく。だから、星の歌や伝承と時間軸上及び空間軸上の位置との密接なかかわりを考えていくことは、天文民俗学ならではのテーマである。

  表1 おおぐま座αβγδεζηの赤緯(注7)

年(西暦)  α  β  γ  δ  ε  ζ  η
 1900 +62゚.3 +56゚.9 +54゚.3 +57゚.6 +56゚.5 +55゚.5 +49゚.8
 1800  +62゚.8 +57゚.4 +54゚.8 +58゚.2 +57゚.1 +56゚.0 +50゚.3
 1700 +63゚.4 +58゚.0. +55゚.4 +58゚.7 +57゚.6 +56゚.5 +50゚.8
 1600 +63゚.9 +58゚.5 +55゚.9 +59゚.3 +58゚.2 +57゚.0 +51゚.3
 1500  +64゚.4 +59゚.0 +56゚.5 +59゚.8 +58゚.7 +57゚.6 +51゚.9
 1400 +64゚.9 +59゚.5 +57゚.0 +60゚.4 +59゚.3 +58゚.1 +52゚.4
 1300 +65゚.4 +60゚.0 +57゚.6 +60゚.9 +59゚.8 +58゚.6 +52゚.9
 1200 +65゚.9 +60゚.5 +58゚.1 +61゚.5 +60゚.4 +59゚.2 +53゚.4
 1100 +66゚.4 +61゚.0 +58゚.7 +62゚.0 .+60゚.9 +59゚.7 +54゚.0
 1000 +66゚.9 +61゚.5 +59゚.2 +62゚.6 +61゚.5 +60゚.3 +54゚.5
  900 +67゚.4 +62゚.0 +59゚.7 +63゚.2 +62゚.0 +60゚.8 +55゚.0
  800 +67゚.9 +62゚.4 +60゚.3 +63゚.7 +62゚.6 +61゚.4 +55゚.6
  700 +68゚.3 +62゚.9 +60゚.8 +64゚.2 +63゚.2 +62゚.0 +56゚.1
  600 +68゚.7 +63゚.3 +61゚.3 +64゚.8 +63゚.7 +62゚.5 +56゚.7
  500 +69゚.2 +63゚.8 +61゚.8 +65゚.3 +64゚.3 +63゚.1 +57゚.2


表2 おおぐま座αβγδεζηの北の地平線よりの高度(北緯34度)

年(西暦)  α  β  γ  δ ε ζ η
 1900 +6゚.3 +0゚.9 -1゚.7 +1゚.6 +0゚.5 -0゚.5 -6゚.2
 1800 +6゚.8 +1゚.4 -1゚.2 +2゚.2 +1゚.1 0゚.0 -5゚.7
 1700 +7゚.4 +2゚.0 -0゚.6 +2゚.7 +1゚.6 +0゚.5 -5゚.2
 1600 +7゚.9 +2゚.5 -0゚.1 +3゚.3 +2゚.2 +1゚.0 -4゚.7
 1500 +8゚.4 +3゚.0 +0゚.5 +3゚.8 +2゚.7 +1゚.6 -4゚.1
 1400 +8゚.9 +3゚.5 +1゚.0 +4゚.4 +3゚.3 +2゚.1 -3゚.6
 1300 +9゚.4 +4゚.0 +1゚.6 +4゚.9 +3゚.8 +2゚.6 -3゚.1
 1200 +9゚.9 +4゚.5 +2゚.1 +5゚.5 +4゚.4 +3゚.2 -2゚.6
 1100 +10゚.4 +5゚.0 +2゚.7 +6゚.0 +4゚.9 +3゚.7 -2゚.0
 1000 +10゚.9 +5゚.5 +3゚.2 +6゚.6 +5゚.5 +4゚.3 -1゚.5
  900 +11゚.4 +6゚.0 +3゚.7 +7゚.2 +6゚.0 +4゚.8 -1゚.0
  800 +11゚.9 +6゚.4 +4゚.3 +7゚.7 +6゚.6 +5゚.4 -0゚.4
  700 +12゚.3. +6゚.9 +4゚.8 +8゚.2 +7゚.2 +6゚.0 +0゚.1
  600 +12゚.7 +7゚.3 +5゚.3 +8゚.8 +7゚.7 +6゚.5 +0゚.7
  500 +13゚.2 +7゚.8 +5゚.8 +9゚.3 +8゚.3 +7゚.1 +1゚.2


(注1)筆者による調査。調査年月:1980年3月。話者生年:明治38年。

(注2)プレアデス星団の和名は必ずしも「スバル」ではない。愛媛県では、以下の地域で「スバル」ではなく「スマル」の系統に属する和名(スマル、スマルボシ、スマルサン、オスマルサン)を記録した。
  西条市大保木、東予市、小松町、双海町上灘・下灘、長浜町、三崎町、 西海町内泊・外泊、城辺町深浦、魚島村魚島・高井神島、弓削町、宮窪町、 大三島町宗方

(注3)野尻抱影『日本星名辞典』東京堂出版、1973、p.147。

(注4)同上

(注5)厳密には、地平線に近い場合、大気差による浮き上がりを考慮しなければならない。しかし、本試論の場合、伝承地の緯度も北緯約34度とおおよその値でしか論じることができないため、大気差を無視した。

(注6)北の地平線まで見えるところという前提で考えた。

(注7)各時代における赤緯は、次の文献による。
 (Paul V.Neugebauer, Sterntafeln von 4000 vor Chr. bis zur Gegenwart, 1912,pp.52-58.)

(東亜天文学会発行『天界』2000年2月号に掲載されました「天文民俗学試論(23)」のホームページ版です)


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