天文民俗学試論(25)


13 21世紀へ星の伝承を!(1)北海道亀田郡椴法華村元村A    
 
                                               星の伝承研究室 北尾浩一

(1)北海道亀田郡椴法華村元村A

 Eさんからアカボシについて聞く。

  「色はなんぼか赤味がついてるのだね」 

 アカボシはおうし座のアルデバランのことである。

 Eさんの話は続く。

「それからミツボシってね、3つ並んであがってくる星あるんだ。それから、こんどはアオボシがあがるようになる。だいたい2時間ぐらい間おいてアオボシがこうあがるんだね。時間見てやったもんだ」 

 ミツボシは、もちろんオリオン座三つ星のこと。アオボシについては、「なんぼか光があって、青味がかってる」と説明を加えてくださった。おおいぬ座のシリウスのことである。 

「海面からあがればイカつくとか…。そういう丹念でやったもんだ。星の出たとき潮まわりいうか、潮が速く流れたり、潮がだるんだりするんだ」 

 星が出たとき潮が変化するためイカが釣れたのである。

 アカボシが海面からあがったときにイカが釣れるが、そのあとミツボシの出まで釣れなくなるのか尋ねると、「いやいやなんぼかつくときもある。つくときもあるし、つかねえときもある。やっぱり責任者の丹念だねえ」と説明してくださった。(注1)

 船頭の丹念によっては、次のように星と星との間は休むこともあったのである。

「星と星のあいだにつかなくなれば少し休んだらよかべ−と。ひとりかふたり番兵させてね」 

 2時間ぐらいしてミツボシが出てくると、「星が出るぞ−」と言って起こしたのである。

「アカボシとミツボシとアオボシでいちばんよく釣れるというたらどの星だったんですか」 

 そう尋ねると、「いやいやどれっちゅうことなかったんだ」という答がかえってきた。Cさんのようにオリオン座三つ星の出がよけいついたというように特定の星に注目するケースもあるが、Eさんの場合は日によって異なり特定のよくつく星はなかったのである。イカ釣りの目標にする星の名前については、地域で世代をこえて継承されるが、実際にどの星をどのように活用するかはひとりひとりの経験と判断によったのだった。

 ところで、20年前にプレアデス星団の和名を聞いたが、Eさんは記憶がたどれない。

「6つか7つかたまってる、そんな星はなかったのですか」と尋ねるが、「ナナツボシだとかいろいろあるけれどもそれは何も丹念しなかった。ここは北斗星でイカ丹念しなかったもの」という答がかえってきた。ナナツボシ(北斗七星)しか記憶をたどることができない。

 再び、星以外の昔の話を聞くことにする。星のことばかり聞いていると、思い出せる和名まで思い出せないこともあるからだ。(注2)

「学校さ行けばね、学校の先生が夕べイカつけに行った者、手あげてと。みな手あげる。そして、1時間寝れえと言ったもんだ。昼休みと、それから昼前から1時間ほど休ませると2時間くらい眠れる。子どもたちにすれば勉強よりその方がよい」 

 Eさんによると、尋常小学校の5年、6年になればだいたいの子どもは沖に行ったのである。 

「手伝いに行くというより邪魔しに行ったもんだ。ハネゴ使うときなんか、トンボ使わねえべさ、親は。そのトンボを子どもたちは使って…」 

 トンボが折れたのを1本トンボと言って、子どもがよく使ったのだった。 

 昔の話のあと、星についての話題に戻すと、次のようにプレアデス星団の和名を思い出すことができた。

「いや、ウヅラボシなんてのはあるんだよ」 

 ウヅラボシ、アカボシ、ミツボシ、アオボシと、順にのぼってくる星の和名は、1999年になっても記録することができた。Eさんは、これらの和名を次のように年輩の人から学んだのだった。

「年寄りたちが話をするからね。ナニボシがあがった、次はナニボシあがってと、そういうのを聞いてるからね」 

 決して失ってはならない星の文化である星の和名のひとつひとつ…、Eさんの話をさらに若い人が聞いて21世紀へしっかりと伝えていくこと、今とてもたいせつなことだと思う。 

(注1)星の出のみ釣れて、星の出と出の間は釣れないと語ってくれるケースもあるが、Eさんの場合、日によって異なり、一晩中星の出に関係なく釣れることもあると伝えていた。 

(注2)調査の際、話者の語るエネルギーを引き出すための援助を与えることが重要なポイントである。そのためには、積極的に星以外の話題の聞き手とならなければならない。そのことによって、星のことを伝えていないと思われた人から星の話を聞き出すことも可能となる。

(東亜天文学会発行『天界』2000年4月号に掲載されました「天文民俗学試論(25)」のホームページ版です)


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