天文民俗学試論(26)


13 21世紀へ星の伝承を!(2)青森県北津軽郡小泊村下前@   
 
                                               星の伝承研究室 北尾浩一

(2)青森県北津軽郡小泊村下前@

 青森県北津軽郡小泊村下前を訪れたのは、1980年5月だった。下前で出会ったのは大正4年生まれの若い漁師さんで(注1)、イカ釣りの目標にしたスバリ、ヤマデ、マスという星の図を書いてくださった。スバリは、スバルが変化したものでプレアデス星団、ヤマデは、ヒアデス星団のV字形を漁具ヤマデに見たもの、マスは、オリオン座三つ星と小三つ星とη星でつくる形を桝に見たものだった。もっと詳しく話を聞きたかったが、バスの時間の関係で断念せざるを得なかった。

 それから19年半、大正4年生まれの若い漁師さんも、今、84歳…。祈るような気持ちで星の伝承を伝えている人を捜す。

 やっとのことで、Aさん(注2)に出会う。年齢は1歳だけ若かった。

 夜、イカ釣りに行くという話題になったところで、「星が見えるときですね」と尋ねると、「そうそう」という答がかえってきた。「朝まで?」「そうそう」…と順に確認していくと、目標にしていた星について記憶をたどることができた。

「だいたい昔はとにかく今みたいに機械もなかったものだ。昔の人は星を見て、東からあがってくる星見て今何時だ。カタマリボシ出た、ヒカリボシ出た、マスボシ出た、アオボシ出た、こういうふうに夜明けまでずっと星を丹念して…」

 カタマリボシについては、「かたまっているのですよ。さあ数はわからねえ」、ヒカリボシについては、「サンカク(三角)で、サンカクでこうすわってるわけですよ」、マスボシについては、「昔の桝。こういう具合に手つないであったでしょ」、アオボシについては、「光る青い星です。青くこう光るわけです」と説明してくださった。カタマリボシはプレアデス星団、マスボシはオリオン座三つ星と小三つ星とη星でつくる形、アオボシはおおいぬ座シリウスのことである。ヒカリボシの三角はヒアデス星団のV字形で、おうし座アルデバランが光っていることからヒカリボシと呼んだのである。

 実際にどの星の出でイカが釣れるかは、日によって異なる。

「今日の漁は、マスボシの出でついたとか、ウヅラノカタマリボシの出だとか、サンカクの出だとか、それぞれの漁によってイカの釣れるときを丹念してたものです」

 最初聞いたカタマリボシが「ウヅラノカタマリボシ」、ヒカリボシが「サンカク」だった。ひとつの星に対して、複数の呼び名があるケースはもちろんあるが、「ウヅラ」というムツラの系統の名前が気になった(注3)。今までの調査では、津軽半島は「スバル」の系統だったからである。19年半前に出会ったスバリもスバルの系統だった。ウヅラノカタマリボシは他の地域の人から聞いた名前という可能性もある。どこまで漁に出たか聞く。

「8月頃から、お盆の頃から10月頃まで北海道に行くのですよ…」

 尋常小学校を卒業してすぐ北海道松前の小島、大島へイカ釣りに行ったのだった。北海道松前郡松前町にはウヅラボシというムツラの系統の方言が分布している(注4)。松前で聞いたのだろうか。としても、津軽半島出身のAさんが津軽半島に広く分布するスバルの系統の名前を年輩の人から伝え聞いていないはずはない。かと言って、こちらから「スバルいう星はありませんでしたか」と聞いて、「そう言えば聞きました」と無理矢理言わしてしまえば誘導尋問になってしまう。

(注1)当時の調査では、明治30年代生まれの話者から聞くことが比較的多かった。明治40年代生まれの話者の場合でも少し若いという印象を持った。大正生まれはほとんど伝えていないという先入観を持っていた。

(注2)筆者による調査。調査年月:1999年11月。話者生年:大正5年。

(注3)ムツラからムヅラ、ウヅラへと変化した名前である。ムツラからムジラ、さらにはムジナへと変化していったケースもある。
(北尾浩一「ムツラについての調査報告」『ステラ』N0.3、東亜天文学会、1994、 p.37。)

(注4)松前町博多のBさんは、ウヅラボシというムツラの系統の名前を伝えていた。
(筆者による調査、調査年月:1980年6月。話者生年:明治33年。)

(東亜天文学会発行『天界』2000年5月号に掲載されました「天文民俗学試論(26)」のホームページ版です)


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