天文民俗学試論(27)


13 21世紀へ星の伝承を!(2)青森県北津軽郡小泊村下前   
 
                                               星の伝承研究室 北尾浩一


(2)青森県北津軽郡小泊村下前A

 理想の調査は、話者に調査と感じさせない調査である。自然に記憶をたどり語るエネルギーを引き出し、語ることによって話者が精神的にも肉体的にもパワーがでてくるような調査が目標である。いつものように少し話題を変えて、イカ釣りの漁具トンボやハネゴの使い方をどのようにして年輩の人から教えてもらったか聞く。

「別に手とって教わるわけじぇねえけど。見て自然に教わるのですよ。いずれにしても手にとってこうしてやれ、あーしてやれと教えてくれないですよ」

 学校のように系統的に教わるのではなく、年輩の人のやっているのを見て尋常小学校卒業の頃には自然に覚えていったのである。星についても同様か確認すると、

「その時分にすぐわかるよ。形がちがうんだもの。とにかく、習ういうわけじゃねえぜ。自然に年寄りたちみんなしゃべること自然に聞いて、ああそうかなあーと。すぐ覚えます。1回見ればわかりますよ。アオボシは色がちがうし、マスは桝の形してる」

という答がかえってきた。

 そして、再びイカ釣りと星の関係を語りはじめた。

「漁に関係あるのはカタマリ、マス、アオボシとかで。もうサンカクがあがるけど、夕べついたからまたついてくるでねえかな−と。だいたい、ヒバリだとかマスボシだとか、アオボシだとかで、とにかく…」

 「カタマリ」と語った後、続けて「ヒバリ」というスバルの系統の名前の記憶をたどることができた。スバルからスバリ、ヒバリへと変化したのである。19年半前に出会ったスバリからさらに変化した名前である。

 念のため、プレアデス星団の名前について確認する。

筆者「ヒバリ?」

Aさん「ヒバリって言うんだ。カタマリボシだとか言ったんだよな」

筆者「ヒバリいうたらカタマリボシ?」

Aさん「ん」

筆者「さっきのウヅラノカタマリボシいうのもいっしょですか」

Aさん「そうそう。ウヅラいう人もあるしな」

筆者「ヒバリ言うてもウヅラ言うても」

Aさん「ええ、そうそう。通じました」
 
 地域をこえて交流する。そのなかで、ヒバリと呼ぶ人ともウヅラと呼ぶ人とも話をしなければならない。だから、両方の名前を使ったのだった。そして、ヒバリとウヅラをつなぐのが「カタマリボシ」という名前だった。「ヒバリ? カタマリボシ、ウヅラ」「ウヅラ? カタマリボシ、ヒバリ」というように言えば、どちらの系統の名前を使っている人とも話が通じたのである。

「星を丹念せねば商売ならなかったですよ。アオボシ出で漁があったとか、夕べ暮れやったけど、今日は遅くついたとか。漁師の駆け引きでな」

 そう語るAさん。どちらの系統の名前も自由に使えれば、さまざまな地域の人と、何の星で釣れたか情報交換して商売できたのである。

 ただ、19年半前に出会った人ともヤマデという名前にも出会えなかった。もう少し早く訪れることができれば、と悔やむ。

 Aさんは、小高い丘の上にある物置小屋へ案内してくれた。そして、ハネゴを両手に持って、「何年ぶりだ。これで子ども大きくしたもの」と語った。星とともに暮らし、さまざまな地域の人と星を語る。そして、子どもが大きくなり、新しい世代へ星の伝承が伝わる。そのすばらしい営みを21世紀へ、と願う。

(東亜天文学会発行『天界』2000年6月号に掲載されました「天文民俗学試論(27)」のホームページ版です)


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