天文民俗学試論(3)


2.イカ釣り−(2)岩手県大船渡市赤崎町                 
 
                                               星の伝承研究室 北尾浩一

(2)岩手県大船渡市赤崎町

 星のことを教えてくれたのは学校の先生ではなかった。親から子へ、年上から年下へ、と伝えられた。この長年繰り返されてきた営みが多くの場合、明治、大正生まれまで伝えられたところで途絶えてしまおうとしている。それだけに、昭和生まれのAさん(注1)へ伝承された本ケースは注目すべき事例である。

 Aさんは、「ムヅラいうのもあったし…」と語りはじめた。ムヅラ(注2)(オリオン座三つ星と小三つ星)について教えたのは、横で聞いているBさん(注3)、そのBさんに教えたのは明治18年生まれのAさんの祖父だった。Bさんは、学校から帰ってから船に乗った頃の思い出を−。

「さがってきて(注4)から行くのに、行くのにね。じいさんのせてやるかいうときは、学校からさがってきて…。吐き気するのです。吐き気。波のほれ。それが、まだ行かないうちにね。小さいときだからね」

 BさんもAさんも笑った。ふたりとも、小さいときから船酔いに苦しみながら、ムヅラという星を覚えたのである。

「これ何と言うのだろうな…」

 Aさんは、星の図をかきながら、ムヅラ以外の星についても記憶をたどろうとするがどうしても思い出せない。Bさんは、見兼ねて−。

「あれ、こりゃホーキボシと言うんだ。ホーキボシ(注5)よくうちで言うがな」

  昔ながらの漁の経験年数の短かったAさんであるが、イカの釣れるタイミングを知るのに星を目標にしていた頃の記憶を少しずつたどりはじめる。


「やっぱり、その時間、時間で、その星があがってくるだっぺ。こんどは何の星が出るから、その星の時間まで待つべとか。仕事していくべとか。そういうふうな感じがするんだね」

「そうね、これ何の時間だから、何の星の時間で、これ食ったんだな。そんなことを言いよったりするんだがね」

 Bさんは、「そうそう」と言いながら、自分が教えたとおり語るAさんを安心しきって見守っていた。

 昔のイカ釣りについて語るうちに、Aさんは、モッコボシという星について記憶をたどることができた。

「モッコというのはね、ちょうどここにこうあってね。まずこんなにね。こうなっちゃったべかね」

「どうしてモッコというかと言うと、この辺にね、あのしょいものつくったわけ。そして、こうちょうどこう…、何してこうしよってこうしよって歩くものあったんだものねえ。その格好していたからモッコと言ったもんだものね」

  モッコボシとは、ヒアデス星団のV字形のこと。星の配列を自分たちの生活用具に結びつけ、そして、次のようにイカ釣りに役立てていたのである。

「あー、あー、モッコボシが出たってね、そう言ったんだな。あのとき、あのスルメがいっぱい釣れたんだな―ことは。で、何時頃だからあしたもそのあたりまで待ってみるかと言ったもんだが」

 モッコボシとホーキボシののぼる順番について尋ねると、Aさんは念のためBさんへ、「ホーキボシはモッコよりはやいべか」と確認した上で、次のように説明した。

「これがはやくて、ホーキボシがあって、モッコボシがあって」

 また、どの星の出にイカがよく釣れるかについては―。

「んー、どっちが釣れるかって、その漁のその日によってちがうね」

「群れがある。いっぱい来るときの群れと、それから、群れの小さいときの群れとね。それによってもちがうんだものね。モッコボシのあと、そのほか全然釣れねえか言えば、それもぽろりぽろり釣れるもんだったものね。やっぱりその日の漁によって…。だから、星に関係なくずっと漁のあるとき釣れるときもあったべね」  

 星空の下で、BさんとAさんが観察し学びあう日々のなかで育み共有してきたものが、21世紀を生きるひとりひとりのなかで新しい意味を持つことができるのではなかろうか。

( 注1)筆者による調査。調査年月:1993年8月、話者生年:昭和5年。

(注2)プレアデス星団ではなく、オリオン座三つ星と小三つ星のことである。  (宮城県唐桑町の事例と同)

(注3)話者生年:明治39年

(注4)さがってきて―というのは、「帰ってきて」という意味である。

(注5)プレアデス星団が星がかたまって彗星のようにぼんやりと見えることからホ ーキボシと名付けた。

(東亜天文学会発行『天界』1998年6月号に掲載されました「天文民俗学試論(3)」のホームページ版です)

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