天文民俗学試論(8)


4.空間軸上の位置を創る(1)北極星が動かないことを発見した人                 
 
                                               星の伝承研究室 北尾浩一


 星ぼしは、生業に関係する行動を起こす時間を創るだけではなく、例えば、どちらへ船を進めるとよいかを教えてくれる。 即ち、空間軸上の位置を創る。

(1)北極星が動かないことを発見した人

 船を進める空間軸上の位置を創るのは、北極星(現在は、こぐま座α星)であった。三重県阿児町安乗で出会ったAさんは、北極星の重要性について、以下のように語った。

 「大事な星さんはキタノヒトツ。海上で生活する者には、いちばん大事な星さんやな。漁師で船頭しとる者とか主に責任ある人は、その星がひとつ見えとるだけでほかの星がかくれとってもな、あれはキタノヒトツやと勘で見るんやな」(注1)

 北極星(キタノヒトツ)(注2)により船を進める空間軸上の位置を正確に判断することが集団の命を預かる船頭の責任であったのである。

 もちろん、空間軸上の位置を創るのは、山アテでも可能であった。しかし、山アテは、山の見えるところに限定されており、北極星が人びとの行動範囲の拡大の実現に大きく寄与したのだった。

 茨城県北茨城市大津町のBさんは、このように大切な星−北極星を発見した船乗りの物語を語った。

「クワナヤトクゾウ…、この人がね、やっぱり帆前船のようなもので、東京から石巻へ運んだとか。近海航路みたいなんで、運搬船の船頭なんだ。その人が、何かねえか、夜動かない星を捜してみるのがいちばんだって、そして動かない星はどれだっぺ言って…。みな動くんだね。そのうちに北極いう星は動かねえ、と」(注3)

 北極星の発見者は、静岡県伊東市川奈のケースでは、紀国屋文左衛門であった。

「キタノヒトツボシというのはあの人が見つけたの。ミカンブネのキノクニヤブンザエモン。紀州のね。どうして見つけたいうたら、便所へ行ってその星がちょっと見えた。いつ行ってもその星が見えた。だから、その星は動かないいうことに決めてもらったらしい」(注4)

 北極星即ち「こぐま座α星」は、現在、天の北極から1度弱離れている。故に、北極星は静止しているのではなく、半径1度弱の円を描いて動いている。天の北極からの距離は、時代をさかのぼるとともに増大していくが、以下のように1800年頃までは、肉眼で動きを発見することは困難であった。

 年(西暦)    こぐま座α星の赤緯(注5)    こぐま座α星と天の北極との距離
 1900年          88゜.8                       1゜.2

 1800年           88゜.2                       1゜.8

(注1)筆者による調査。調査年月:1984年11月。話者生年:明治35年。

(注2)北の空にまわりに明るい星もなくひとつ光っていることから「キタノヒトツ」 と名付けられた。

(注3)筆者による調査。調査年月:1985年5月。話者生年:明治29年。

(注4)筆者による調査。調査年月:1986年8月。話者生年:明治32年。

(注5)各時代における赤緯は、次の文献による。
 (Paul V.Neugebauer, Sterntafeln von 4000 vor Chr. bis zur Gegenwart, 1912,p.26.)

(東亜天文学会発行『天界』1998年11月号に掲載されました「天文民俗学試論(8)」のホームページ版です)


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