Welcome to Egypt
高橋 洋 2000年6月30日
"Welcome to Eypyt."2週間のエジプト旅行の間に、この台詞を何度聞いただろうか。ピラミッド、スフィンクスやツタンカーメンと言った世界的観光地。エジプトという国にはずっと以前から行きたかったが、エジプト人そのものに深い関心は無かった。発展途上国の観光地によくある、しつこい攻撃は覚悟の上であった。しかし、エジプト旅行が終わった後で残った最大の想い出は、「エジプト人」であった。
空港にて
カイロ空港へ着いたのは、5月20日の早朝7時前であった。前日に成田を経ち、マレーシアのクアラルンプール経由の1日がかりの長い旅であった。疲れた体を引き摺りながら、それでもカイロ市内タハリール広場のホテルへ向かわなければならなかった。アムステルダムから来る友人とそこで午前9時に待ち合わせる所から、このエジプト旅行は始まるのであった。自由旅行の愛読書「地球の歩き方〜エジプト編」によると、空港に着くや否や「政府の役人」と称する旅行業者がしつこく寄って来るらしい。彼らはタクシーの手配などをして、自分の観光ツアーに外国人観光客を勧誘するのが目的らしい。まあ、いつものことだと思って振り切る覚悟で空港ロビーに出た。
案の定自称政府の役人が寄ってきたが、タクシーの言い値を確認しただけでかわし、空港の外に出た。そこにはタクシーが何台も待っていて、「カイロ市内まで50ポンド=1500円」と、法外な値段を吹っかけてきた。まだ旅の初めだし、疲れているし、待ち合わせだし…と弱気に成りかけた所で、"Bus"という標識が目に入った。地球の歩き方によると、空港から市内へはバスが走っており、当然だが観光客相場のタクシーより断然安い。一応抵抗をと思い、「バスステーションはどこだ?」と聞いた。勿論周りのタクシーの運ちゃんは「そんなもんない」と口を揃える。抵抗を諦めかけた時、オレンジ色の制服を着た空港の清掃員らしいお兄いちゃんが寄ってきた。こっちへ来いと手招きしている。この格好で観光客相手にお金を儲け様とはしないだろうと思い、素直に着いていくと、「バスはあそこにすぐ来る。タクシーは高いから止めた方がいい。絶対バスの方がいい。」と、こいつはバス会社の回し者かと思うような、嬉しいことを言うではないか。
彼が指差す方向には、運動場のようなだだっ広いガラガラの駐車場しか見えない。小屋のような物が片隅にあったので、「あそこがバス停か?」と英語で聞くが、通じていない。繰り返すと、彼も心配になったのか、着いて行ってやるとばかりに先に立って歩き出した。結局その運動場に入った所で彼は立ち止まった。そしてバスを待つ間、立ち話(が成立していたとは認め難いが)が始まった。"Welcome to Egypt." "Where do you come from?" "What's your name?"ここまでの会話であったが、彼の人の良さは十分に伝わってきた。煙草を懐から取り出して勧めて来たが丁重にお断りした。何やかんやすること10分で、バスがやってきた。お陰で私は無事目的地のタハリール広場行きのバスに乗ることができた。彼は最後まで手を振って見送ってくれ、イスラム教でお馴染みのバクシーシも何も要求されなかった。何と爽やかな好青年か!!
カイロの人々
しかしこの好青年は決して例外ではなかった。カイロの街を歩いていると、観光業者でもお土産物屋でも何でも無い只の通行人が、"Welcome to Egypt. Japan? Korea?"と話し掛けて、そのまますれ違って去っていく。決してしつこくないのだ。こちらもそれに慣れて来ると、自分の足はそのままで、"Japan. Thank you."とかにやにやしながら返す。そうすると向こうも満面の笑みで答えてくれる。全身を黒服で覆ったムスリムのご婦人でさえ、すれ違う時に目と目が合うと、にこ〜っと最高の笑みを投げかけてくれた。行き先を聞いても必ず丁寧に教えてくれる。英語が出来ないからと、無視されることは一度も無かった。
カイロは人口1000万人を超える大都市なので、ある程度気軽に観光をするためには地元のバスに乗りたくなってくる。でもこれは言葉も通じない外国人観光客には一苦労。まず無数に走っているバスの中から自分の目的地に行くバスを把握しなければならない。さらに、そのバスの番号が解ったら、次は走って来るバスに書かれている数字を読みとらなければならない。読み取るぐらいできるだろうと思うだろうが、アラビア語で表記する「アラビア数字」は我々が一般に使っている数字ではない。1はほぼ同じだが、5はO、0は・、7はY、その他は日本語ワープロでは表記できない。それでも、バス停で目的地を連呼していると、必ずそばに居るえエジプト人が「xx番に乗れ」と教えてくれる。ある時など親切にも我々の使っているアラビア数字(例えば170)で書いて教えてくれたが、明らかに自信がなさそうだったので、逆に「1Y・」と書き直して確かめると、にやっと笑われた。
カイロの南部にある、Old Cairoと言われているこてこての下町に足を踏み入れた時には、それこそ大騒ぎであった。外国人観光客が殆ど訪れない地区らしく、とにかく子供が集まってきて集まってきて、ちょっとしたアイドル状態であった。小学生ぐらいの子供達が、やはりここでも"Welcome to Egypt," "What's your name?" "My name is Ali."と、覚えている限りの英単語を並べてくる。とにかく興味津々なのであろう。子供達だけではない。商店街を歩いている時、とある店先の道端に座っているその店のオヤジとちらっと目が合った。そのまま私はその店先を歩きすぎようとしたが、私に背中を向けて座っているその怪しげなオヤジから、"Welcome"というフランク永井もびっくりの低い声が聞こえてきた。それだけ、なのである。
エジプト人の商魂は?
観光地ではさすがに客引きも寄って来る。エジプト一の観光地、ギザのピラミッドでは、駱駝を引いた客引きや、自称ガイドが次ぎ次ぎに声をかけてくる。「歩き方」では相当ひどいように書かれていたが、これも思ったほどではなかった。はっきりと"No."と言うと、彼らはしつこく寄ってはこない。関西弁で、「いや〜そりゃ高いわ〜」と言いながら通り過ぎていれば、問題無くやりすごせる。そこで怒っていらいらする人もいるだろうが、要はハエ(エジプト人に失礼!)と同じようなものである。どっちみち寄って来るものだから、怒ってもしょうがない。いかに彼らと楽しく付き合うかが大切であろう。
客引きと言って忘れられないのが、ルクソールのスパイス屋である。エジプトは様々な香辛料の産地だが、私はサフランを買おうと思って、観光客向けの商店街のとあるスパイス屋に立ち寄った。店頭に居たのは体重150kgはあろうかという相撲取りのようなオヤジだったが、このオヤジがまた朴訥なエジプト人であった。彼は買う気があるかどうかも解らない私相手に、延々と香辛料講義を始めた。その店にある、30種ぐらいの香辛料を次ぎから次ぎへと説明してくれた。私がいい加減飽きてきてサフランに興味がある事を言うと、今度はサフランに絞った説明をしてくれた。私は知らなかったが、サフランにはパウダー状のものもあるらしく(サフランもどきかもしれない)、それは色をつけるだけだとか、いろいろ教えてくれた。さらに、冷たい飲み物を子供に持ってこさせ、ここまで誠意を持ってもてなされると、こちらの負けである。その飲み物は干しぶどうのようなものを水で溶いて作るものであり、私は水に不安を覚えたが、ここは観念して飲み干し、小さなビニール袋いっぱいの極上のサフランを1000円で買ってやった。日本での価格からすれば1/10以下だろうが、このスパイス屋には1日分の買い上げであろう。これだけ仲良くなったのだから大丈夫だろうと思い、写真を撮りたいと言うと、快く引き受けてくれ、家族一緒に撮った。別掲の通りだが、オヤジを含めて愛くるしい人々である。今回はデジカメを持っていったが、液晶画面で撮った直後に映像を見せるが効果的であった。どこでもエジプト人は喜んでくれ、大騒ぎになった。
エジプト人は親日的
彼らは外国人観光客に対しては総じて親切であるが、日本人に対してはさらに特別な感情を持っているようである。アジア諸国を旅行すると、どこでも日本の電化製品があふれ、日本車が走り、日本企業の看板が目に付いた。その状況はエジプトでも大差ないのだが、彼らはこの遠く離れた非欧米の小国をただただ奇異と敬愛の目で眺めている。どうしてアジアの小国がここまでの経済大国になれたのか?彼らは日本との交戦の経験がないだけに、素直に賞賛してしまうようである。
世界有数の透明度を誇る紅海沿岸のリゾート地ハルガダのホテルで、親しくなったレストランのウェイターに言われた。"Welcome to Egypt." "Are you Japanese?" "What do Japanese people eat? Meat? Fish?"その人の良さそうなあんちゃんは、日本人がここまで「優秀」なのは、何か特別な物を食べているからではないかと思ったようなのである!我々がそれに対して笑うと、彼は真面目に続けた。「私は真剣に聞いているんです。日本は戦争であれだけ壊滅的になったのに、わずか50年で世界の経済大国になった。これは我々から見ると信じられないことです。」70、80年代に発展途上国で良く聞かれたが、90年代には全く聞かれなかったこのような日本評も、遠く離れたエジプトでは現存するようである。是非とも日本の元気のない経営者や政治家に聞かせたい。"We do NOT like Japan. We RESPECT Japan."彼が情熱を込めて強調してくれた。
エジプトの治安は最高!
エジプトと言えば、イスラム原理主義者によるテロで有名である。何年かおきに、外国からの観光客を狙って派手なテロを繰り広げてくれる。私が大学の卒業旅行の時に、友達とエジプトへいく計画をして直前に断念したことがあったが、この原因もこのテロであった。しかし、私が感じた限りでは、エジプトの治安は世界有数である。日本並みと言ってもいいのではないか?少なくともよくある発展途上国のそれでは全く無い。
街中には、とにかく警官が多い。特に観光地では、Tourist Policeと呼ばれる警官達が、100mおきにライフル銃を持って立っている。最初はその姿に慣れずに違和感を覚えたが、彼らは真面目に仕事をこなしながらも、目が合うとやはりにたっと笑ってくれるし、道を聞くと丁寧に答えてくれる。これも観光大国の威信を賭けた治安維持ということなのであろう。日本はよく土建国家などと揶揄されるが、エジプトは観光業従事者に次いで、警察の雇用吸収率が異様に高いかもしれない。さらに街行く人々もこれだけ親切で友好的なのである。この旅行中に、身体の危険はおろか、すりやひったくりに合うなど全く治安に不安を覚えることはなかった。
いい加減なことは言えないが、この国はテロという危険性はやはり否めないものの、自由旅行をする限りは、何の問題もない極めて治安の良い国なのではなかろうか?外国政府からの注目を集めることを目的とする原理主義者が狙うのは、外国からの派手な観光ツアー客である。豪華な観光客船や、観光バス。そこに乗った欧米や日本からの豪勢な観光客が標的なのである。実際今でも、主要な観光地間の大型バスでの移動には、軍隊が付き添うこともあるらしい。裏を返すと、私のように、みすぼらしい格好でバッグパック担いで地元のバスに乗っている自由旅行客を狙っても、彼らにとっては危険を冒すだけの価値がないのである。
そうそう、最後に一言。観光客が女性になると、話はちょっと違うようである。モロッコもそうであったが、ここでも日本人の女性はとにかくもてるもてる!エジプト人男性は、エジプト人女性と結婚する時に相当なお金を用意しなければならず、ムスリムの男性は一夫多妻制で羨ましいなどと思うのはとんでもないようである。その上、ムスリムであるからエジプトにおいての恋愛は決して開放的ではない。この状況下で日本人女性は、彼らにとって大いに開放的で、でも欧米人女性ほど高圧的ではなく、さらにお金を持っているかもしれない、という願っても無い相手なのである。ルクソールで出会った私と同年代に見える、決して外見では大騒ぎする程ではない女性も、10回もプロポーズされた、と言っていた…
ということで、エジプトは是非お勧めの国である。ピラミッドも、スフィンクスも、ツタンカーメンもいいが、それらにも増して、「人」がここまでこの国の魅力であるとは思っても見なかった。これまでいろんな国を旅行して、いろんな場面で感動したが、ここまで現地の一般人から歓迎され、人と触れ合うことを楽しんだ国はなかった。日本からはやや遠い、夏は痛いほど暑い、原理主義者がおっかない国であるが、思いきってエジプト人を求めて旅立って欲しい。いつ行こうとも、必ず"Welcome to Egypt."が出迎えてくれる。
Back to 投稿-index
Copyright (c)2000 K.Horiuchi-H.Takahashi Allright reserved