金蔵山古墳      
        
      

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   金蔵山古墳遠景ー東側よりー   金蔵山古墳発掘現場ー正面円墳部ー    金蔵山古墳ー左手前方墳部、右向こう円墳部ー  
  金蔵山古墳
岡山市沢田
全長約165m、後円部の高さが18mの大型前方後円墳で、造山古墳(岡山市)、作山古墳(総社市)、両宮山古墳(赤磐市)に次ぐ県下4番目の大きさ。
造られた時期は4世紀末〜5世紀とされており、この時代では西日本最大の規模を誇る。
1953年の発掘調査の結果、この古墳から鉄製品を始めとした多数の副葬品や、多くの各種埴輪が出土している。
(現地案内板を参考)
2014年度からは、岡山市教育委員会が5年計画で発掘調査を開始している。
それによると、古墳のくびれ部分からテラス状に張り出した「造り出し」で、円筒形埴輪列と家形などの形象埴輪が見つかった。その後、その円筒埴輪の内、楕円形の1列4基は、岡山県内では出土例の無い柵形埴輪であることが分かった。
柵形は、畿内の大王墓級の古墳を中心に見つかっており、この金蔵山古墳の被葬者が大和政権と密接な関わりがあったことを示す重要な発見となる。
「畿内と同じ祭祀形式を古墳時代前期段階から共有していることは、吉備と大和政権が政治的に強い結び付きがあったことの表れで、古墳の規模でも大王墓とほぼ遜色ないことから、吉備の王は大和政権の一翼を担っていた可能性が高い」(この部分、国立民族博物館の広瀬和雄名誉教授の話)
ー岡山市教育委員会発掘調査の部分は、2015年2月7日及び2月22日山陽新聞記事を参考ー
                金蔵山古墳
 
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金蔵山古墳発掘調査現場  
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