ベンガラの由来・製造案内
     
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  吹屋 弁柄の由来
弁柄とは、印度地方に産する黄土(天然酸化鉄)より命名されたと伝えられる。
日本でも古く装飾古墳時代から使われ徳川初期の長崎輸入品控にはスホウその他の色素とともにその名が記されている。
吹屋の弁柄は宝永年間(1704)より銅山の捨石の中から、酸化鉄鉱を拾い出し家内工業として極く素朴な製品が少量ずつ作り始め宝歴初年本山鉱山開発、ローハ製造とその凝結に成功し、このローハを原料とし弁柄の製造も工業化の折柄寛政年間(1790)早川代官が地場産業として将来性を認め仲間組合を作られ御免町人として許可その製造販売を援助奨励されてより個々には、隆退交替があれど組合としては、製品の優秀さと仲間組合の合理性により、明和年間大坂で一時盛んに製造されたダライコ弁柄(鉄丹弁柄)との競争にも勝ち以来、徳川、明治、大正、昭和中期まで二百年間日本でただ一ヶ所の産地として繁栄を続け現在邸宅、調度などに、そのおもかげを残している。
弁柄の製造
本山鉱山より堀り出された硫化鉄鉱石を蒔と共に積み30日ないし50日焼鉱すると鉱石に含有する硫黄などが燃える。
この焼石を水槽(溶解槽)に入れ溶液を作り、その溶液を釜で煮沸、乾燥したものを、ローハという。このローハを原料として弁柄窯元は、ホーロクにもり焼釜にて1日以上数日焼き、焼いたものを、階段式水槽にて攪拌水洗し粉末調整を行いさらに、石臼(水車動力)にて微粉となし、さらに水槽で清水より数拾回攪拌脱酸したものを、干板にて干期にならべ天日乾燥または、火力乾燥し再度トンコと称する製粉機にて粉状を揃え製品とする。
注意:工場の内部を見学される場合は、弁柄が衣類につきやすいので充分ご注意下さい。
      
   
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