大山寺地区
       
     大山寺  
     
  大山寺橋より大山を望む GoogleMap    大神山神社奥宮   
 
  大山登山の拠点大山寺地区
佐陀川にかかる大山寺橋(だいせんじばし)からの大山の眺めは何度見ても素晴らしい。
特に大山登山を目的にここに立つ時、その期待感を、また、登山を終って、ここに立つ時は、無事登山を終ったことの満足感を持ちながら、大山北壁を眺める。
大山北壁の懐に抱かれたように佇(たたず)む大山寺地区は、古くから山岳信仰の聖地として、また近年では大山登山やキャンプ、スキー、ゴルフ、ウォーキングなど山岳リゾートの中心地として多くの人々が行き交う所である。
麓には、広い駐車場、みやげ物店、宿泊施設や郵便局、、大山情報館、大山自然歴史館などの公共施設が並んでおり、上の方には、大山寺、大神山神社奥宮などの寺社、そして参道沿いには多くの地蔵尊が並んでいる。
大山寺の旅館や食事処で味わう山菜料理やそばの味は、大山登山や自然散策の楽しさと切り離すことはできない。
                                                                        大山寺地区案内図  行者谷(ぎょうじゃだに)コースの案内
 
 
大山観光道路 下山キャンプ場 大山
大山は奈良時代から神仏習合の霊山として崇められてきた。
平安時代、山岳信仰の仏教化が進むと、大山にも神仏一体の象徴ともいえる大智明権現の信仰を中心に寺院が増え、大山寺もその総数は百とも言われ、広大な荘園を背景に大山僧兵三千人と言われる一大勢力を持つまでに至り、慶長のころは、豪円僧上によって寺領三千石をいただいた。
しかし、明治の初めの排仏毀釈により急激に衰え、現在は、わずか参拝堂4・支院10を残すに過ぎない。
僧兵荒業の岩 賽の河原と大山 金門
大山寺参道の脇を流れる佐陀川沿いには、大山寺の僧兵が荒行をしたといわれる「僧兵荒業の岩」、一つ一つ河原の石を積み重ねてつくった石の塔が多くある「賽の河原」、佐陀川の峡谷部で参道工事の際の謂れの残る「金門」、元南光院谷派僧坊のあった所で、金門を開いたために河原となってしまった「南光河原」などさまざまの謂れのある場所が続いている。
これら謂れのある所を訪ねて、ブナ林の中の「御幸参道河原通り」を歩くのも楽しい。
 
信濃坊源盛の碑 御幸参道本通り 餓讖(がしん)地蔵
大山参道ギャラリー(無料休憩所) お食事処 大山館 大山自然歴史館
大山情報館 駐車場付近からの大山

 

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