国指定重要文化財 建造物(◎は国宝〕(岡山県内)     
             
   
             
吉備津神社 閑谷神社 吉川八幡宮本殿
岡山県内の重要文化財:
重要文化財(じゅうようぶんかざい)とは日本に所在する建造物、美術工芸品等の有形文化財のうち、文化史的・学術的に特に重要なものとして文化財保護法に基づき日本政府(文部科学大臣)が指定した文化財を指す。重文(じゅうぶん)と略称されることが多い。
地方公共団体(都道府県、市町村)がそれぞれの文化財保護条例に基いて指定する有形文化財についても「県指定重要文化財「「市指定重要文化財」等と呼称される場合があるが、単に「重要文化財」という場合は通例国が指定した有形文化財のことを指す。
重要文化財は建造物の部と美術工芸品の部の大きく2つに分かれ、美術工芸品の部はさらに絵画、彫刻、工芸品、書跡・典籍、古文書(こもんじょ)、考古資料、歴史資料の7部門に分かれている。指定件数は以下のとおりである。
建造物ー2,344件4,272棟の(うち国宝214件262棟)(2008年(平成20年)12月2日指定分まで)
美術工芸品ー10,311(うち国宝862件)(2008年(平成20年)7月10日指定分まで)
  絵画ー1,956件(うち国宝157件) 彫刻ー2,628件(うち国宝126件) 工芸品ー2,415件(うち国宝252件) 書跡・典籍ー1,865件(うち国宝223件) 
  古文書ー726件(うち国宝59件) 考古資料ー567件(うち国宝43件) 歴史資料ー154件(うち国宝2件)
(フリー百科事典「ウィキペディア(Wikipedia)より抜粋)
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名称・員数 指定別・指定年月日 所在地・所有者又は管理者 概要
岡山城 月見櫓
(おかやまじょうつきみやぐら)
1棟
国指定
昭和8年1月23日
岡山市丸の内 岡山市へ
岡山市
元和から寛永年間(1615〜1643)の岡山藩第2代藩主の池田忠雄(ただかつ)時代に建てられた隅櫓。
岡山城西丸西手櫓
(おかやまじょうにしのまるにしてやぐら)
1棟
国指定
昭和8年1月23日
岡山市丸の内 岡山市へ
岡山市
江戸時代初期の慶長8年(1603)に姫路城主池田輝政の子の利隆が岡山城に居城したころ建築したもの。
金山寺本堂
(かなやまじほんどう)
1棟
国指定
大正12年3月28日
岡山市金山寺 岡山市へ
金山寺
戦国時代の文亀元年(1501)に兵火で焼失。その後、天正の初め(1573年以降)に再建された
吉備津神社御釜殿
(きびつじんじゃおかまでん)
1棟
国指定
昭和55年1月26日
岡山市吉備津 岡山市へ
吉備津神社
江戸時代初期の慶長17年(1612)に安原備中守知種によって再建されたもので、釜の鳴る音で吉凶を占う釜鳴神事がある。
吉備津神社北随神門
(きびつじんじゃきたずいしんもん)
国指定
大正2年4月14日
岡山市吉備津 岡山市へ
吉備津神社
正面7.5m、側面3.9m、入母屋造り・桧皮葺の八脚門。南随神門と構造・様式がよく似ており、形態が整っている。棟札の写しなどから、室町時代中期(15世紀中ばごろ)の再建とみられている。
吉備津神社本殿及び拝殿
(きびつじんじゃほんでんおよびはい
でん)
1棟
国指定
昭和27年3月29日
(追加指定)
昭和45年6月17日
岡山市吉備津 岡山市へ
吉備津神社
本殿の屋根形式は、比翼入母屋造(別名=吉備津造)と呼ばれ、和様を基本に、唐様・天竺(てんじく)様を取り入れた独特の建築様式を持っている。
吉備津神社南随神門
(きびつじんじゃみなみずいしんもん)
国指定
明治44年4月17日
岡山市吉備津 岡山市へ
吉備津神社
正面6.2m、側面3.2m、入母屋造り・本瓦葺の八脚門(やつあしもん)。
社記・棟札写などから、南北朝時代の延文2年(1357)の再建といわれこの神社の数多い社殿群の中では最も古い建物である。
旧犬養家住宅
(きゅういぬかいけじゅうたく)
2棟
国指定
昭和53年1月21日
岡山市川入 岡山市へ
岡山県
江戸時代後期の正徳年間に建てられたと推定されており、県南における近世民家の代表的なものである。
旧旭東幼稚園園舎
1棟
国指定
平成19年6月18日
岡山市二日市町 岡山市へ
岡山市
明治41年(1908)に竣工。設計は岡山県工師江川三郎八。
木造平屋建、中央に八角形の遊戯室、その四方に保育室が取り付く梅鉢型平面となっている。幼稚園舎として全国で初めての重文指定を受けた。
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旧閑谷学校(きゅうしずたにがっこう) 
◎講堂(こうどう) 
小斎(しょうさい) 
習芸斎(しゅうげいさい) 飲室(いんしつ)
文庫(ぶんこ) 
公門(こうもん)
5棟
国指定
昭和13年7月4日
追加指定
昭和28年11月14日
追加指定
昭和46年3月11日
備前市閑谷 備前市へ
岡山県
岡山藩主の池田光政が庶民教育の場とするため、江戸時代前期の寛文10年(1670)に重臣津田永忠に命じて造らせた学校で、講堂(元禄14=1701建築)は国宝。
儒学の殿堂にふさわしい様式を備えている。
旧閑谷学校聖廟
(きゅうしずたにがっこうせいびょう)
11棟
国指定
昭和13年7月4日
追加指定
昭和46年3月11日
備前市閑谷 備前市へ
岡山県
貞亨元年(1684)の建築。祀られている孔子像は、京都の儒学者である中村楊斎によって鋳造された。いぶし金質の青銅製で、毎年10月には孔子のお祭「釈采(せきさい)」が厳粛に行われている。
旧閑谷学校石塀
(きゅうしずたにがっこうせきへい)
1棟
国指定
昭和13年7月4日
追加指定
昭和46年3月11日
備前市閑谷 備前市へ
岡山県
高さ、底部の厚さ共に2mのカマボコ型の石塀で、敷地の周囲を巡って765m続いている。元禄14年(1701)の建造。
閑谷神社(しずたにじんじゃ)
(旧閑谷学校芳烈詞ー
きゅうしずたにがっこうほうれつし)
8棟
国指定
昭和13年7月4日
備前市閑谷 備前市へ
岡山県
岡山藩池田家の祖先をはじめ、第3代藩主の光政の祖父輝政、父利隆、それに光政を祀るもので、貞亨3年(1686)の建築である。
大瀧山三重塔
(おおたきさんさんじゅうのとう)

1基
国指定
昭和27年3月29日
備前市大内 備前市へ
大瀧山福寿院・西法院・実相院
6代将軍足利義教によって室町時代後期の嘉吉元年(1441)に再建されたとも伝えられる。高さは19.8mで、三重塔としては低い方に属するが、優れた塔である。
真光寺 三重塔
(しんこうじさんじゅうのとう)
1基
国指定
昭和28年11月14日
備前市西片上 備前市へ
真光寺
桃山時代の慶長6年(1601)に現牛窓町にあった蓮華頂寺から移築したもので、高さ18.2mある。室町時代の特徴をよくとどめている。
真光寺本堂
(しんこうじほんどう)
1棟
国指定
昭和28年11月14日
追加指定
昭和45年6月17日
備前市西片上 備前市へ
真光寺
戦国時代の永正13年(1516)の再建で、江戸時代初期に外陣の修理がなされているが、室町時代の特色をよく伝えている。
本蓮寺中門
(ほんれんじちゅうもん)
1棟
国指定
昭和45年6月17日
瀬戸内市牛窓町牛窓 
瀬戸内市へ

本蓮寺
切妻造り、本瓦葺きのこの門は、四脚(よつあし)門と見間違えられることがあるが、控え柱付きの特異な構造の棟門として珍しいもの。室町時代末期の明応元年(1492)の建築と伝えられる。
本蓮寺番神堂
(ほんれんじばんしんどう)
3棟
国指定
昭和33年5月14日
瀬戸内市牛窓町牛窓
瀬戸内市へ
本蓮寺
建築年代は不明であるが、様式などから、明応年間(1492〜1500)に近い年代に建築されたものとみられている。
本蓮寺本堂
(ほんれんじほんどう)
1棟
国指定
昭和17年6月26日
瀬戸内市牛窓町牛窓
瀬戸内市へ
本蓮寺
室町時代末期の明応元年(1492)の建築。方5間の寄棟造り。
余慶寺本堂
(よけいじほんどう)
国指定
昭和54年5月21日
瀬戸内市邑久町北島余慶寺
瀬戸内市へ
入母屋造り・本瓦葺きで唐破風造りの向拝が付いている。
須弥壇や厨子の装飾はすばらしいもので、室町時代の特徴をよく残している。
旧大國家住宅
(きゅうおおくにけじゅうたく)
6棟
国指定
平成16年7月6日
和気町尺所 和気町へ
和気町
江戸時代、酒造業で成功した大地主の生活を伝える大型民家。
主屋は宝暦10年(1760)、奥座敷は享和元年(1801)建築。
妙本寺番神堂
(みょうほんじばんしんどう)
1棟
国指定
昭和2年4月25日
吉備中央町北 
吉備中央町へ

妙本寺
室町時代後期の明応6年(1497)に寄進されたものとの伝承がある小型の社殿であるが、各種の彫刻は華麗で、桃山時代の特色を持つ優れた建造物である。
吉川八幡宮本殿
(よしかわはちまんぐうほんでん)

1棟
国指定
大正14年4月24日
吉備中央町吉川 
吉備中央町へ

吉川八幡宮
室町時代初期の応永2年(1395)再建の棟札があるが、組み物や蟇股などの特徴から、室町時代後期の建造とみられている。平成8年度に改修工事が行われた。
井上家住宅
(いのうえけじゅうたく)
3棟
国指定
平成14年5月23日
倉敷市本町 倉敷市へ
個人
倉敷川畔伝建地区内の町屋。
江戸時代中期の正徳年間(1711〜1716)ごろに主屋が建築されたと推測される。
大橋家住宅
(おおはしけじゅうたく)
4棟
国指定
昭和53年1月21日
追加指定
昭和57年6月11日
倉敷市阿知 倉敷市へ
個人
江戸時代後期の寛政8年(1796)の建築、当時の大地主住宅を知ることのできる貴重な遺構である。
旧大原家住宅
(きゅうおおはらけじゅうたく)
1棟
国指定
昭和46年3月11日
追加指定
昭和57年6月11日
倉敷市中央 倉敷市へ
且O楽
江戸時代後期のこの地方の代表的な町屋の一つ。
旧野崎家住宅
(きゅうのざきけじゅうたく)
12棟
国指定
平成18年12月19日
倉敷市児島味野 倉敷市へ
(財)竜王会館
建築年代は主屋が天和4年(1833)ごろ、玄関棟と表書院が嘉永5年(1852)で、土蔵群が江戸時代から明治中期に順次建てられた。
旧野崎家住宅は、独特な平面の主屋や意匠の優れた表書院など、雄大な規模を有する上層民家として高い価値がある。
熊野神社本殿(第二殿)
(くまのじんじゃほんでん
ーだいにでん)
1棟
国指定
大正10年4月30日
倉敷市林 倉敷市へ
熊野神社
一間社・春日造、第1殿から第6殿のうちの第2殿。
室町時代の応仁元年(1467)に兵火で罹災後、明応元年(1492)に再建された。
遍照院三重塔
(へんじょういんさんじゅうのとう)
1基
国指定
大正14年4月24日
追加指定
昭和45年6月17日
倉敷市西阿知 倉敷市へ
遍照院
墨書あり、応永23年(1416)に再建されたことが判明。室町時代前期の建築様式をよく現している。
遍照寺多宝塔
(へんじょうじたほうとう)
1基
国指定
昭和50年6月23日
笠岡市笠岡 笠岡市へ
遍照寺
下層の柱間3.9m四方の本瓦葺きで、高さは15.5m。
初層の天井に慶長11年(1606)の墨書がある。
岡山県下の多宝塔では最古のものであるが、寺自体は他所へ移転し、この塔だけが街中に取り残されている。
備中国分寺五重塔
(びっちゅうこくぶんじごじゅうのとう)
1基
国指定
昭和55年12月18日
総社市上林 総社市へ
国分寺
江戸時代後期の文政4年(1821)から天保8年(1837)にかけて建立された、岡山県下唯一の五重塔。高さは34.3m。
宝福寺三重塔
(ほうふくじさんじゅうのとう)
1基
国指定
昭和2年4月25日
追加指定
昭和45年6月17日
総社市井尻野 総社市へ
宝福寺
高さ18.5mのこの塔は、墨書銘から、南北時代の永和2年(1376)の建築であることが判明。
三重塔としては岡山県下で2番目に古い。名塔婆の貫禄を見せている。
旧片山家住宅
(きゅうかたやまけじゅうたく)
5棟
国指定
平成18年12月19日
高梁市成羽町吹屋 高梁市へ
高梁市
主屋の中心部は18世紀末の建築で、文政13年(1830)までに増築されて現在の構成になっている。
片山家は鉱山町吹屋でベンガラ製造・販売で財をなした商家。
主屋は切妻造り、平入り、正面の外壁をなまこ壁とし、窓の部分に出格子を設けている。
備中松山城
(びっちゅうまつやまじょう)
3棟
国指定
昭和16年5月8日
高梁市内山下 高梁市へ
国(高梁市)
江戸時代前期の天和3年(1683)に水谷勝宗(みずのやかつむね)が修築したもので、近の山城の特徴をよく残している。現在わが国最高所に天守閣がある山城として知られている。
旧矢掛本陣石井家住宅
(きゅうやかげほんじんいしいけじゅうたく)
11棟
国指定
昭和44年6月20日

追加指定
昭和58年6月2日
矢掛町矢掛 矢掛町へ
個人
旧山陽道に面した4,000uに及ぶ広大な屋敷に、上段の間を持つ書院様式の座敷のほか、10数棟の建物がある。18世紀中頃の建築。
旧矢掛脇本陣高草家住宅
(きゅうやかげほんじんたかくさけじゅうたく)
9棟
国指定
昭和44年6月20日
追加指定
昭和57年6月11日
矢掛町矢掛 矢掛町へ
(財)旧矢掛脇本陣
高草家住宅保存会
江戸時代後期の弘化2年(1845)から明治10年(1877)にかけて建てられたもので、意匠的にも優れた建築物群である。
岡山県立津山高等学校
(旧岡山県津山中学校)本館
(おかやまけんりつつやまこうとうがっこう)
(きゅうおかやまけんりつつやまちゅうがっこう)ほんかん
1棟
国指定
平成7年12月26日
津山市椿高下 津山市へ
岡山県
木造2階建で、中央屋と左右翼屋からなっている。
明治時代の旧制中学校建築の数少ない遺例として、学校建築史上重要なものである。
総社本殿
(そうじゃほんでん)
1棟
国指定
大正3年4月17日
追加指定
昭和46年3月11日
津山市総社 津山市へ
総社
戦国時代の永禄5年(1562)に毛利元就が再建したもので、この地域に多い中山造りの豪壮な建物である。
鶴山八幡宮本殿
(つるやまはちまんぐうほんでん)
1棟
国指定
昭和55年5月31日
津山市山北 津山市へ
鶴山八幡宮
江戸時代初期の慶長9年(1604)に初代津山藩主森忠政の津山城築城に際して城南の覗山(のぞきやま)に移り、さらに慶長13年に現在地へ移された。
現在の本殿は、寛永12年(1635)に2代目藩主の森長継が再建したもの。
中山神社本殿
(なかやまじんじゃほんでん)
1棟
国指定
大正3年4月17日
津山市一宮 津山市へ
中山神社
永禄2年(1559)出雲高田城主の尼子晴久の再建。入母屋造り妻入りの構造は中山造りと呼ばれ、神社建築の一様式になっている。
旧遷喬尋常小学校公社
(きゅうせんきょうじんじょうしょうがっこうこうしゃ)
1棟
国指定
平成11年5月13日
真庭市鍋屋 真庭市へ
真庭市
明治40年(1907)に竣工した擬洋風建築物。木造、二階建で、中央棟の東西に両翼棟が取り付く左右対称型の美しい外観をもつ。
外部の窓や壁面に独特の意匠があり、二階講堂の二重折り上げ格天井は圧巻である。
長福寺三重塔
(ちょうふくじさんじゅうのとう)
1基
国指定
大正10年4月30日
美作市真神 美作市へ
長福寺
鎌倉時代の弘安8年(1285)の建築で、岡山県下の木造建造物では最古のものである。
均整のとれた美しい塔で、全国的にも優秀な塔の一つに数えられている。
林家住宅
(はやしけじゅうたく)
4棟
国指定
昭和44年6月20日
美作市中谷 美作市へ
個人
この住宅は、板絵図が残っていて、江戸時代中期の天明6年(1786)に建築されたことが知られる。
長屋門、蔵2棟が付属し、この地域の上層農家の構えをよく伝えている。
旧森江家住宅
(きゅうもりえけじゅうたく)
1棟
国指定
昭和44年6月20日
鏡野町富西谷 鏡野町へ
鏡野町
17世紀後半頃の建築と推定されている。岡山県下では最も古い山村の中型農家。
現在は村役場近くに移築されている。
誕生寺御影堂・山門
(たんじょうじみえいど・さんもん)
2棟
国指定
昭和55年12月18日
久米南町里方 久米南町へ
誕生寺
浄土宗の開祖である法然上人の生誕地に創建された寺院で、現在の御影堂(みえいどう=本堂)は江戸時代中期の元禄8年(1695)建築の重層入母屋造り。山門は正徳6年(1716)の
建築。
本山寺三重塔
(ほんざんじさんじゅうのとう)
1基
国指定
昭和55年12月18日
美咲町定宗 美咲町へ
本山寺
規模雄大な塔で、江戸時代中期の承応年間(1652〜1654)の造営とされている。
本山寺本堂
(ほんざんじほんどう)
1基
国指定
大正12年3月28日
美咲町定宗 美咲町へ
本山寺
南北朝時代の観応元年(1350)の建築とみられる寺内最古の建造物で、県内では長福寺
三重塔に次ぐ古い木造建築物。内部の厨子は千鳥唐破風を配した、珍しい入母屋造りの
構造である。
岡山県観光便覧より
http://tabioka.com/i.html

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旅おかやま(たびおか)(iモード)

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