鬼ノ城 Kinojyo Castle GoogleMap
     
     西門  
     
  鬼ノ城  角楼(左)と西門(右)     西門  
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鬼城山(鬼ノ城) 国指定史跡(昭和61年3月25日)総社市黒尾・奥坂所在   TEL総社市役所商工観光課0866-92-8277
古代山城。標高約400mの鬼城山に高さ6mにも及ぶ土塁や石塁が約2.8kmにわたってめぐらされた古代朝鮮式山城の遺跡。
その規模と構造は我が国最大級といわれ、桃太郎の元となった吉備津彦命の温羅退治の伝説でも有名。
実物大で復元された西門をはじめ、城内からの排水施設である水門、兵糧を蓄えた礎石建物跡などがある。
また、鬼ノ城一帯は、平安時代に新山、岩屋とともに山上仏教が栄え、大規模な伽藍が多数立ち並び、西方教化の中心地であったといわれている。
ここからの眺望は素晴しく、四国山脈や備前平野などが一望できる。初日の出のスポットとしても有名。

                                                        岡山県観光便覧 平成20年3月 岡山県産業労働部 観光物産課発行より

吉備路に伝わる「吉備津彦命の温羅退治」神話の内容は、桃太郎伝説と共通点が多くその史跡も吉備路に多く残っている。
桃太郎伝説に登場する鬼のモデル・温羅は、百済から来た鬼神で身の丈4m、らんらんと輝く赤い髪を持ちたいそう狂暴で、都へと向かう船や婦女子を襲うなど略奪の限りを尽くした。
「鬼ノ城」は、温羅が砦としていた古代朝鮮式山城と呼ばれる独特のもので、現在も3kmに及ぶ石塁が残っている。

                                                          吉備の国 新発見の旅「岡山県 観光物産課」作成パンフレットより
                                                                                         
鬼ノ城周辺案内図 鬼城山案内図
上記二つの記載では鬼ノ城について「古代朝鮮式山城」と記載されているのでそのまま掲載したが、「古代山城 鬼ノ城 −展示ガイドー」 総社市教育委員会 編集・発行には次のような説明がある。
古代山城とは?
古代山城は西日本に約30ヶ所が存在するといわれ、現在23ヶ所が確認されています。
このうち「日本書紀」などの歴史書に記載されている山城を「朝鮮式山城」と呼び、大野城・基肄(きい)城(665年)、金田城・屋嶋城・高安城(667年)が知られています。
築城の背景には7世紀中ごろにはじまる朝鮮半島の戦乱と関係しており、当時の朝廷が百済の亡命貴族を登用し、築城を指導させたことも知られています。
一方、文献に載っていない山城を「神籠石系山城」と呼び、鬼ノ城もその一つです。
だれが、いつ、どのような目的で築城されたかについては諸説があり謎の多い山城ですが、我が国の城としては最も古い城の可能性もあります。
古代山城ー朝鮮式山城
       ー神籠(こうご)石系山城ー九州型(高良山城など)
                        ー瀬戸内型(鬼ノ城など)
神籠石系山城は、山城の立地や、城壁の取り巻き方から、九州型と瀬戸内型に分かれる。」
以上「古代山城 鬼ノ城 −展示ガイドー」 総社市教育委員会 編集・発行より(この冊子は、現地ビジターセンターで購入できます。)
岡山県内のには、他に「神籠石系山城」として、大廻小廻城跡がある。

鬼ノ城は、キャンプ場があり多くの人々が訪れる砂川公園から車で15分ほど登った鬼城山の頂上近くにある。
ビジターセンターそばにある駐車場に車を置いて、周囲の城壁跡に沿って付けられている遊歩道を歩くと、城跡の様々な遺跡や眼下の雄大な風景を見ながら3km余りの散策を楽しむことができ、併せて健康づくりも行うことができる。
時間が許せば、先にビジターセンターに立ち寄って、展示物を観ると共に地図を持って行くと、より理解も深まるのでは。

 
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西門と内側列石 内側列石 西門と石垣
鬼ノ城西門
鬼ノ城は、東・西・南・北の四ヶ所に掘立柱(ほったてばしら)の城門を設けておりそのうちの一つ。
西門は、南門と同規模の大型の城門。
柱は一辺最大60cmの角柱を2mほども埋め込んでおり、日本最大の古代山城大野城の大宰府口(だざいふぐち)城門をしのぐ、壮大堅固な城門。
                                                  
版築土塁
鬼ノ城など神籠石系(こうごいしけい)山城で城壁を造る際に使われた土木技術。壁となる位置に型枠をつくり、内部に土を入れて一層ごとにつき固める工法。
たいへんな労力を費やす作業ではあるが、その盛土は非常に硬く強固。(現地案内板参考)

城壁の上(城内側)と下(城外側)には、水が寄らないように傾きをつけながら敷石が並べられている。
敷石の役割は流水により、城壁が洗われて崩壊しないように保護するためのものと考えられている。
西門と版築土塁 鬼ノ城からのパノラマ
第2水門 第1水門・第2水門間の土塁 南門跡
水門と土塁
水門は、水流に堪えるよう下部の内外面とも石積みにし、上端に通水口を設けている。上部は土を少しずつ入れて突きかためた版築土塁にしている。
城外側には、幅1.5mの敷石の通路がある。
(現地案内板参考)
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南門跡(側面より) 柱穴案内 高石垣
南門
西門と同規模の大規模な掘立柱城門。城門の中央には巨石を敷き詰めた通路と、7段からなる階段が良く残っていた。
(現地案内板参考)
東門跡 東門跡(現地案内板より) 東門跡
第2展望台 第2展望台への道 休憩舎(第2展望台手前)
屏風折れの石垣(第2展望台)
鬼ノ城で最も著名な高石垣。血吸川の急崖上に舌状に構築されており、内側列石や敷石が残っていることから、建物等は存在しない可能性が高いと考えられる。
                                                                                        (現地案内板)
ここからの眺望は本当に素晴しい。また、この石垣を見ると、かってここに堅固な城が本当にあったのだということを実感できる。
この石垣や眼下に広がる風景を眺めながら、当時の様子を想像するのは楽しいものである
土塁(長さ49m) 北門跡
北門の少し東には、当時の土塁の跡が長さ49mにわたって残っている。
北門跡 礎石建物跡 礎石建物跡
礎石総柱建物跡 礎石総柱建物跡 礎石建物跡から第1展望台への遊歩道
約30ヘクタール(東京ドームの約6.4倍)に及ぶ城内の中央付近には礎石建物が数棟見つかっており現在発掘調査がすすめられている。
礎石建物跡の発掘現場 出土品 出土品
出土品 出土品 出土品
礎石建物群の発掘現場からは、須恵器(すえき)の甕(かめ)や壷、杯(つき)、皿、瓦塔の一部と見られるものなど当時を忍ばせるものが出土している。
また、硯も出土しており文字を扱う人も住んでいた様子である。
湿地 第1展望台 角楼跡
角楼跡
角楼は城壁の一部を外側へ拡張し、城壁に取り付いた敵兵を攻撃できるようにしている。
この場所が西門に近いことや背面の防御を考え設置した施設と考えられる。また、城内側には石段が設けられている。平成18年1月
(現地案内板より)
角楼跡 角楼と西門 西門への道
西門跡付近より児島半島吉備津神社方面 岡山空港方面 岡山市街方面
西門付近や第2展望台からは、備前平野、吉備の中山や岡山市街、児島湾、児島湖、四国山脈など広大な自然を楽しむことができる。
ビジターセンター ビジターセンター ビジターセンター
駐車場そばのビジターセンターでは、西日本に分布している古代山城や鬼ノ城について、パネルや模型、映像による解説がなされており
古代山城や鬼ノ城についての知識を深めることができる。
鬼ノ城への登山道 西 門 西 門
ビジターセンター 鬼の釜 鬼ノ城山遠景
参考資料:古代山城 鬼ノ城 −展示ガイドー 総社市教育委員会

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