草津温泉 GoogleMap

湯畑の下流部

温泉と文化とスポーツの町・草津 温泉の町・草津
草津温泉には100余ヶ所の源泉があって毎分36,000リットル余りの温泉が湧出している。
自噴泉としては日本一で、その代表的なものに「湯畑」と「西の河原」がある。温泉町としての歴史は古く、江戸時代には「草津千軒江戸構え」といわれ
その賑わい振りが文献に残されている。
草津温泉の風物詩といえるものに「湯もみ」がある。高温な温泉を水で薄めることなく、板で掻き混ぜながら高原の冷気によって温度を下げるためのも
ので、その時に歌われる唄の一つが「草津節」であり、広く全国の人々に知られている。

      草津よいとこ一度はおいで ドッコイショ
           お湯のなかにも コリャ 花が咲くよチョイナチョイナ
                                    平成2年5月建立 草津町
(現地案内板より)
草津温泉案内図

 

草津温泉湯畑 草津温泉湯畑 草津山光泉寺
草津山光泉寺本堂 草津山光泉寺釈迦堂 慈悲の泉
草津山光泉寺略記
本尊 薬師如来 木彫坐像
宗派 真言宗 豊山派
由緒 今を去る1200年の昔僧行基草庵を建て薬師尊を安置されたといふ、後建久4年源頼朝来草の際光泉寺を開基された由緒深き古刹である

真言宗にして温泉別当の格を有し境内には薬師堂、釈迦堂、不動堂、鐘楼等建つ。
本堂 鉄筋コンクリート92坪屋根建具格回廊の高欄等にアルミ材約5トンを使用、別名アルミ寺ともいわれている。
昭和46年11月落慶
釈迦堂並びに本尊 草津町指定文化財
釈迦堂は元禄16年、江戸の医師外嶋玄賀(そとじまげんが)という人の発願によって建てられたことが、光泉寺(こうせんじ)々宝「日月堂縁起(にちげつどうえんぎ)
に記されていて、元禄時代
の様式を残す、県内でも珍しい建造物です。本尊は奈良東大寺の公慶上人(こうけいしょうにん)の作で、元禄の大仏修造の際、大仏内腹の骨木で二体の釈迦如来像を作り、大仏修造に貢献
した玄賀に、その一体を贈ったものです。玄賀は夢に、藁屋(わらや)二間四面の堂に安置せよとの仏のお告げを見て、草津入湯の折、この地に釈迦堂を建て安置したものです。
   草津町教育委員会
(現地案内板より)
元禄時代東大寺公慶上人の作として伝えられていた釈迦如来は、平成17年の調査によりそのことが事実であると証明されました。
以来300年を経て世に出た仏様であることから、「遅咲き如来」として地域の人々に改めて信仰されております。
今まであまり花を咲かせられなかった方々、これからもう一花咲かせたいと願っている皆様、是非お参りし、願いを叶えていただきます様祈念申し上げます。 山主
(現地案内板より)
湯浴み弁財天 略記
養老年間行基菩薩はこの地にたち、眼下に光る泉を見出しそれがただの泉でなく万病にきく温泉であることを喜び薬師如来をまつり光泉寺を開く。
以来泉は人々の病をいやす慈悲の泉となり今日の草津温泉の源となった。
この池は、それにちなみ「慈悲の泉」となずけられ名湯草津温泉に浴し、身も心も清浄になった喜びと感謝の姿をあらわす湯浴み弁財天をおまつりした。
金光明最勝王経に弁天様は音楽、弁論、財宝、知恵の徳を司り古くから庶民の信仰篤く霊験いともあらたかです。
御開帳は 毎年 五月七日八日 八月十六日 十月八日
西の河原公園 琥珀の池
西の河原公園
草津温泉の西方にあるので「西の河原」と呼んでいます。昔は鬼の泉水」といい、今も鬼の茶釜、鬼の相撲場などの名勝があります。
河原の至るところから摂氏50度以上の温泉が湧き出し、その量は毎分一万五千リットルに及んでおり、湯の川となって流れています。
公園内には町営の大露天風呂や自然資料館(ビジターセンター)のほかに、日本近代医学の恩人ベルツ、スクリバ両博士の胸像や歌人斉藤茂吉の歌碑
などが建っています。四季の風光が素晴らしい温泉公園です。
   草津町 草津町教育委員会
(現地案内板より)
鬼の茶釜 鬼の茶釜碑 草津穴守稲荷神社
鬼の茶釜碑(わき出る湯口は われもおそろしや 鬼の茶釜の 湯土産噺)
読み人知らずの狂歌、西の河原公園を昔は鬼の泉水といい、訪れる人も稀であったという。河原一帯から温泉が湧き出しており、「鬼の茶釜」は代表的な温泉湧口であった。湧口は茶釜が沸騰
するように異様な音をたてて湯を噴き出し、その湧口へ人が近づくと、足もとから音がぴたりと止まる。離れるとまた音が鳴りだす不思議な湧口として怖がられ、誰いうとなく「鬼の茶釜」の名が付
けられた。この付近には他に、「鬼の盥」もあったという。草津町 草津町教育委員会
(現地案内板より)
草津穴守稲荷神社の由来
明治四十年ごろ、東京の山崎染物店の主人が草津へ湯治に通い、病気平癒の記念に、常々信仰していた、穴守稲荷をこの場所に分霊し勧請した。
本社の穴守稲荷社は、東京都大田区羽田五丁目に鎮座し、ご祭神は豊受姫命である。
奉斎分霊この方幾星霜、この度町内有志によりご神徳を仰ぎ改築した。
    平成13年6月吉日
(現地案内板より)
草津穴守稲荷神社
お稲荷さんの狐は、神様のお使い役で神社ごとに「祭神」がおられます。
この神社のご祭神は、「豊受姫(とようけひめ)の命」と申しまして、女性を御守りする神様として、昔から多くの女性によって祀られ支えられてまいりました。
また、商売繁盛の神様としても、厄よけの神様としても、篤く信仰されております。
祭壇の手前に「招福のお砂」もございます。
草津の「薬湯」に入浴されたのをご縁に、今後も永くご健康で何度も何度も、お会いできますようお祈り申し上げます。
どうぞお参りなさってください。
草津穴守稲荷神社奉賛会々員一堂
(現地案内板より)
 
ベルツ先生記念碑 草津ビジターセンター(西の河原) 西の河原
ベルツ先生記念碑 草津町指定文化財 エルウィン フォン ベルツ(1849〜1913)
ベルツ博士の顕彰碑。ベルツ博士はドイツ人医学者で、東京帝国大学(現在の東京大学)医学部教授として、明治9年(1876)に来日。
滞在30年に及び、わが国近代医学の基礎を築かれた人です。
明治11年に草津温泉を訪れてから、草津温泉の優れた効能と環境に魅せられ、草津を愛し、特に高温入浴法の「時間湯」は博士の温泉研究の貴重なテーマとなりました。
博士は国内外の学会に驚くべき「時間湯」の治療効果を発表されました。この碑は昭和10年に建てられました。
    草津町 草津町教育委員会
(現地案内板より)
水原秋桜子碑
ベルツ博士胸像の傍らに建つこの句碑は、俳人水原秋桜子が、胸像にそそぐ秋日和のすがすがしさは、ベルツの心にふれているようだと、草津町の恩人ベルツ博士の
遺徳をたたえて詠んだものである。句碑は秋桜子の友人であり、ベルツ博士に特に縁の深い石橋長英日本国際医学協会名誉会長より寄贈されたもので、昭和57年10月
21日、ベルツ博士の生誕地であるビーティッヒハイム・ビッシンゲン市と草津町の姉妹都市締結二十周年祭の折、序幕建立された。
    草津町 草津町教育委員会
(現地案内板より)
草津片岡鶴太郎美術館 草津ホテル 草津白根山方面
草津温泉湯畑方面 草津温泉 草津温泉
温泉玉子 千代の湯 大滝の湯
時間湯について
草津温泉は簡単に言うと、含硫化水素強酸性明礬緑礬泉(りゅうかすいそ、きょうさんせい、みょうばんりょくばん、せん)という強力な殺菌力のある温泉です。
皮膚病や免疫力の低下した人でも入浴感染しにくい温泉と言えます。
[時間湯に「ついて]
1.源泉100%の湧き立ての温泉をそのままの形で取り入れて、湯もみ(六尺から七尺の長板でかき回して温度を下げ成分を均一化、柔らかな湯にする)して入湯する
伝統的な入浴法です。
様々な症状に効能があると言われていますが、時間湯では、源泉近くから成分の濃いお湯を取り入れて入浴するだけでなく、蒸し、足湯等の組み合わせによって、リハ
ビリや様々な体質改善に取り組んでいます。継続しての湯治は、免疫系、自律神経系、内分泌系を介して様々な効能を表すと言われます。代表的なものに腰痛、関節
痛、乾癬、水虫等の改善がありますが、最近では花粉症、アトピー性皮膚炎、喘息、化学物質等へのアレルギー体質などの特異体質改善にも力を入れています。

[入浴の相談について]
2.湯長の面談により決定しますが、泉質が身体に合うかを確かめる意味で、体験入湯のように短期入湯を受け付けることもあります。いずれの場合も、入湯継続に
支障があると判断された場合、中止勧告を受け入れて頂きます。時間湯建物内の源泉取入れ口でも約50℃前後の湯温がありますが、病状だけでなく入湯者の体力や
年齢によって、主に40℃から48℃で使い分けています。(一つの大きな浴槽で数種類の成分濃度と湯温を設定することにより効率的な湯治が可能と言われています。)

申込決定
新規の申込の方は基本的に、電話連絡の上、指定された時間に時間湯に来て頂きます。
毎週月曜は、新規申込みや相談等は受け付けていません。

草津温泉時間湯
時間湯受付窓口 0279-88-2508午前9時より午後5時まで
9時・11時・14時・17時 月曜 定休日
湯長の指示に従い、湯もみ⇒かけ湯⇒入浴という一連の過程で高温の温泉に入ります。
大滝の湯でもチケットを販売中。
一回 560円
(現地案内板より)
地蔵の湯 目洗地蔵 地蔵湯畑
地蔵堂と地蔵の湯
地蔵堂は文化5年(1808)の建立です。もともと葛城山常楽院という修験山伏の御堂で、大日堂や不動堂もありましたが、明治の神仏分離令で大日堂は壊され、
不動堂は光泉寺へ寄進されました。本尊は高さ25センチメートルほどの石の地蔵で、木曽義仲の護持仏(ごじぶつ)と伝えられています。
地蔵堂の前には地蔵湯畑、目洗地蔵と共に、草津温泉独特の入浴法「時間湯」が今も行われている地蔵の湯があって、昔から信仰と湯治が深く結びついている
ことを伝えています。
    草津町教育委員会
(現地案内板より)
目洗地蔵の由来
安政の頃、徳兵衛なる者眼病を患いし時、地蔵菩薩夢枕に立ち、この湯で目を洗えば治癒すべし、とお告げありさしもの眼病忽ちに治癒す。
人々これを聞きてこの湯を用い眼病を癒しその功徳をたたえ地蔵尊を建立す。
地蔵湯畑と地蔵 白旗の湯 熱の湯
白旗の湯由来
源頼朝が、建久4年(1193)8月3日、浅間山麓で巻狩をせし時たまたま此処に湧き出ずる温泉を発見し入浴したと伝えられる。
当時は「御座の湯」と称していたが、明治30年に源氏の白旗に因んで「白旗の湯」と改称された。
                                     草津温泉史に依る
郷社白根神社参道 郷社白根神社拝殿 郷社白根神社本殿
高村光太郎碑 六角石憧供養塔 日蓮宗妙立山日晃寺参道
高村光太郎碑
東京に生まれる(1883〜1956)。彫刻家高村光雲の子で彫刻家。渡欧してロダンに学ぶ。詩人としても優れた業績を残した。
彫刻の代表作に十和田湖畔の「女子像」や「手」などがある。また、詩集「道程」、晩年の「智恵子抄」は特に著名である。
草津へは、何回か訪れているが、昭和2年7月には十数日滞在した。このとき「草津」という詩を作った。
昭和8年5月には夫人智恵子とともに入湯し「智恵子には草津の湯がいいようだ」と手紙の中に書き残している。
六角石憧供養塔

この塔には、延享3年(1746)湯本治雄の妻恒子が法華経を信仰して、10名の僧侶を呼んで法華経1,000巻を読誦(どくしょう)し先祖を供養したと記されています。また、隣に享保16年(1731)に湯本
治雄が建てた宝篋印石憧(ほうきょういんどう)供養塔があります。いずれも、当時の民間信仰を知る貴重な文化財であります。
湯本治雄は草津の名族湯本三家のうち湯本安兵衛の当主で、俳諧をたしなむ文人でした。塔の敷地は明治5年(1872)頃白根神社境内地になりました。
      草津市教育委員会
(現地案内板より)
日蓮宗妙立山日晃寺
当山わ通称祖師堂と称す 延享三年一字建立記念供養碑あり降って弘化年間一堂建立す
草津町鬼門除の祖師として町民の信仰の中心なり。
大正年間身延山説教所となり又草津教会を経て昭和二十二年日晃寺と公称す。
日蓮大上人御眞筆     奉安
    仝       御尊像奉安
鬼子母尊神     御尊像奉安
清正公        御尊像奉安
三十番神       御尊像奉安
    草津町役場 草津町観光協会
(現地案内板より)
日蓮宗妙立山日晃寺本堂 浄行菩薩
浄行菩薩
浄行菩薩さまは本仏お釈迦さまのお使いとして大地の底より湧きでてこられた四菩薩の内の一方です。
この世の中を形成される所の地水火風の内の水火をあらわし真にこの世の中を浄化しすべての人々の罪やけがれを洗い清めて下さる菩薩さまです。
心から信を込めてお水をかけ、けがれた所、痛んでいる身の部分をたわしでこすって念じて下さい。かならず治していただけます。
                                                                          日晃寺山主
(現地案内板より)
草津の銘水と道祖神 田島屋
この道祖神様は水を掛ける事により旅の安全をお守り下さる男女神様です。
草津の銘水の由来
草津には無比の温泉以外に日本で最上の山の空気が、まったく理想的な飲料水がある・・・・ベルツ博士の日記より
標高2,000米から湧生する水をどうぞ
                            田島屋
蕎麦処眺庭庵 バスターミナル・温泉資料館 山本館

温泉と文化とスポーツの町・草津 温泉の町・草津
草津温泉には100余ヶ所の源泉があって毎分36,000リットル余りの温泉が湧出している。
自噴泉としては日本一で、その代表的なものに「湯畑」と「西の河原」がある。温泉町としての歴史は古く、江戸時代には「草津千軒江戸構え」といわれ
その賑わい振りが文献に残されている。
草津温泉の風物詩といえるものに「湯もみ」がある。高温な温泉を水で薄めることなく、板で掻き混ぜながら高原の冷気によって温度を下げるためのも
ので、その時に歌われる唄の一つが「草津節」であり、広く全国の人々に知られている。

      草津よいとこ一度はおいで ドッコイショ
           お湯のなかにも コリャ 花が咲くよチョイナチョイナ
                                    平成2年5月建立 草津町


山本館源泉御座之湯由来
建久4年 源頼朝三原野狩の時間湯といふ。
御座の湯、沸出づる所に大石あり。
右大将「頼朝」此石に座し給ふによりて御座と名づくといへり。
今もこの所は棚でかこみ、石で溜りを作ってあり、頼朝の宮とよばれている。
この湯は草津温泉の湯の中で最も効能ありといはれている。
いはば草津湯の第一位におかれている。
湯の効能
草津温泉はきわめて廣い医療要素を含んでおり、戦国時代には戦傷者の刀きず、槍きずに対して著しい効果があるのできずの湯としてもてはやされた。
また、明治時代になると、白寿湯、玉の湯といはれ「色の黒き人、此の湯に入れば白玉のごとくなるといふ」と宣伝された。
しかも、江戸時代中ごろ、高尾太夫が入浴している美人の湯として草津も名高かった。
浴用の適応症
高血圧症、動脈硬化症、末梢循環障害、リウマチ性疾患、慢性中毒症、糖尿病、皮膚掻痒症、慢性湿疹、にきび、しもやけ、慢性膿皮症、創傷、女性性器慢性炎症、月経異常、
浴用の禁忌症
高齢者の皮膚乾燥症、皮膚や粘膜の過敏な患者
泉質
酸性、含鉄、硫黄、アルミニウム カルシューム、硫酸塩、塩化物温泉
(現地案内板より)