国指定重要文化財 旧野崎家住宅 岡山県指定史跡 野崎家旧宅 日本の塩田王 野崎武左衛門 GoogleMap

野崎家旧宅 The Nozaki Old Home

表書院 枯山水庭園

野崎家旧宅
野崎家旧宅は、日本の塩田王と呼ばれた野崎武左衛門がその気宇に合わせて天保から嘉永に築いた民家。本瓦葺の母屋群、土蔵、庭園が創建のままに保存されている。
野崎家旧宅の庭
枯山水式庭園。

入館料 (個人)大人500円 小・中学生300円 (団体)30人以上2割引 
(開館時間)9時〜16時半 (休日)毎週月曜日(祝日の時は翌日)12/25〜1/1

(交通)JR瀬戸大橋線児島駅/徒歩15分 または小川経由倉敷駅行きバス5分/大正橋下車徒歩5分 瀬戸中央自動車道児島IC/車5分
(駐車場)普通車36台 バス5台
倉敷市児島味野1−11−19 TEL086-472-2001

                                                             岡山県観光便覧 平成17年8月 岡山県産業労働部 観光物産課発行より

野崎家旧宅  この邸宅を建てたのは「塩田王」として名高い野崎武左衛門(1789-1864)で、屋号を多田屋と言う。もともと裕福な家だったが、父貞右衛門のとき、塩浜に手を出して失敗、家財を失ったため、武左衛門は貧苦のなかで育った。
彼はその頃、児島郡で繁盛していた機織りに目をつけ、足袋の製造及び行商を開始し、その販路を九州から大坂まで広げたが、やがて足袋製造業の限界を見極め親戚筋にあたる播磨屋喜太郎・中島富次郎らの協力を得て、塩田開発に着手した。

まず最初に手がけたのが味野村・赤碕村の沖に築いた野崎浜48町8反歩の塩田で、1827(文政10)年から1829年にかけて完成した。
野崎の姓はこの塩浜の名からとったものである。児島駅付近はその跡地で、その東側の児島味野町は、製塩に使用した石炭殻・コークスかすのアスを捨てて埋め立てた所である。
武左衛門は、その後、日比村・向日比村(現玉野市)沖に亀浜を開き、さらに山田村・胸上村(現玉野市)沖一帯に73町9反余の野崎浜を開いた。現在はその一角でイオン交換樹脂膜法による電気製品の内海塩業の山田工場が操業を続けている。

武左衛門は塩浜だけでなく、耕地の開発も行っており、福田新田は、現在、水島臨海工業地帯の一部や背後地となっている。塩浜は142町歩、田畑200町歩を有する備前きっての大地主となった武左衛門は、塩田と新田開発の功労によって大庄屋格となった。
                                                              新版「岡山県の歴史散歩」 より

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表書院 上の間 枯山水庭園 臨池亭
御成門からの玄関 観曙亭 土蔵群
台所 台所 氷で冷やす冷蔵庫
漬物納屋 荷車 水琴窟のある手水場
旧野崎家住宅ホームページ(内海塩業)

   

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