瀬戸内海国立公園 大多府島 備前市日生町 岡山県 周辺案内地図GoogleMap

大多府島 南海岸

大多府島は、決して大きな島ではないが、日生港から約30分の船旅を楽しみ、元禄防波堤や六角井戸を見て約300年の歴史を振り返ると共に、
明るい瀬戸内の島の風景に触れることが出来る素晴らしい島。特に、宮の下海水浴場から勘三郎洞窟あたりまでの海岸沿いの自然研究路がお勧め。

大多府島の歴史
元は大漂(おおとう)といわれていた。日生本土方から約6km。日生諸島のうち最も沖合にあり、瀬戸内海国立公園に属している。
南海岸は風波の海蝕により奇岩絶壁を成し、諸島随一の景勝を誇っている。周囲は約5km、面積は0.4平方キロ。
元禄10年(1697)9月、薩摩の国守、島津京信が参勤交代のため航海中、にわかに暴風にあいこの島に避難して無事であった。
島津侯は「この島を譲ってほしい」と備前藩主、池田綱政に申し入れた。池田藩では、領地内にこのような避難港があることをはじめて知り、津田永忠
に命じ元禄11年(1698)に防波堤を築造して開港した。今から約300年前である。
開港と同時に在番所、加子番所を置いて管理にあたり、幕府の用船、諸侯の船舶に給水したり海難救助の仕事にあたり、燈籠堂を設けて航海の便に
備えるなど港の施設を整備した。
元禄12年に2棟、同14年に4棟の長屋を建築して島への移住を奨励し宝永4年(1707)頃から定住が始まった。
開港後120年たった文化14年(1817)には26軒の集落となっていた。その後、天保年間には家数は33軒あり元治元年(1864)には人口444人にも
なった。
明治22年(1889)町村制施行により日生と合併した。
現在では戸数70個、人口195名で漁業・海運業が主要産業となっている。

                                                           津田永忠の事績関連GoogleMap



加子番所内案内板

 

大多府港 元禄防波堤 元禄防波堤
宮の下海水浴場 南海岸 南海岸
南海岸 勘三郎洞窟への道 勘三郎洞窟への道
勘三郎洞窟(説明あり) 勘三郎洞窟への道 釣り風景
南海岸 普照山 慈雲寺 公園
大多府加子番所 六角井戸(説明あり) ふれあいの館 かぜまち
大多府燈籠堂(説明あり) 南海岸 自然研究路
夫婦岩 鶴島(大多府島より) 自然研究路
大生汽船大多府島 待合所 勘三郎洞窟付近 休憩施設 大多府島灯台

 

Home 備前市へ戻る