浦間茶臼山古墳 GoogleMap
浦間茶臼山古墳(新庄山城跡より)
浦間茶臼山古墳北面 円墳頂上の乱掘壙
浦間茶臼山古墳
全長約138m、後円部径約81mの大形前方後円墳。3世紀末頃に造られたと推定されています。
本古墳は、前方部の形状が初期の前方後円墳に特有の形態(三味線の撥(ばち)のような形を呈するなど)をもち、吉備地方最古の前方後円墳と想定されています。
後円部は、高さが約13.8mあり、三段で築かれています。
現在頂上には、巨大な乱掘壙が残されています。その地中深い位置には、長大な木棺を収めるための、長さ7m近い竪穴式石槨(せっかく)が、板状石を積み重ねて造られています。
近年(1988)の発掘調査により、銅鏡(細線式獣帯鏡)、銅鏃・鉄鏃・鉄刀・鉄剣といった武器類、鎌やスキ先など農具類、鑿(のみ)や斧など工具類、ヤスなど漁具類などが乱掘を免れて確認され、質量ともに豊富な副葬品の一端が窺われました。
また、都月型埴輪(直線と曲線からなる特徴的な文様が刻まれた最古式の円筒埴輪)が採集されています。
この古墳に埋葬された人物は、古墳時代初頭の、備前に君臨した大首長と想定されています。
しかも当古墳は、畿内最古の前方後円墳とされる奈良県桜井市の巨大な箸中山古墳(箸墓)の、2分の1の大きさに造られているとの指摘があり、畿内政権との関係を探るうえでも重要な古墳です。
昭和49(1974)年11月25日、国の史跡に指定されました。
     平成13年3月   岡山市教育委員会    
                                                         浦間茶臼山古墳墳丘測量図
円墳頂上 方墳側部 方墳上部
浦間茶臼山古墳より北方の眺望 浦間茶臼山古墳(南側より)

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