花と星の物語
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神野 優
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それはまだ神々と人間が同じ地上で暮らしていた頃のお話です。
ある森にショウという名のきこりが住んでいました。ショウは森の木を切り、その
木を売って生活をしていました。
長かった冬が終わり、森にも春が訪れたある日の夕暮れ時、一日の仕事を終えたシ
ョウは、ある桜の木の下にたたずみその木を見上げていました。
その桜の木は森の中でも大きな古い木でしたが、ここ数年、花を咲かせることがあ
りませんでした。
今年も花を咲かせる気配のないその木を見上げ、ショウは、明日はこの木を切るこ
とにしようと心に決めました。
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ショウが立ち去った後、その桜の木の陰か
ら一人の妖精が姿を現しました。
彼女は、花の妖精でその名をアリカといい
ます。
さっきまでのショウの姿を見ていたアリカ
は、ちょっといたずら心を起こしました。
「おまえはもう花を咲かせる力がないのね」
アリカは桜の木を見上げいいました。
「もう一度だけあなたに力をあげるわ」
アリカはそういい残すと、姿を消すのでし
た。
次の日、その桜の木の前に立ったショウは
驚きました。
昨日まで花を咲かせる気配のなかった桜の
木が、花で一杯になっているのです。
咲き誇る桜の花を見上げたショウは、桜の
花がこんなにも美しいものだったのかと改め
て思いました。
春の暖かい風が桜の花を揺らします。
「まだおまえを切るのは早いようだな」
ショウはそうつぶやき、桜の木の下に腰を
おろし、太い幹にもたれかかって、春の暖か
さを感じていました。
そうしているうちに、ショウは気持ち良く
眠りについてしまうのでした。
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そんなショウの姿を木の陰から見ていたアリカは、ショウに近づき、ショウの顔を
のぞき込みました。
その時、アリカの心の中にキュンと音がしました。
「まさか、私、この人間を好きになってしまったのかしら?」
妖精と人間の恋は許されません、もし、神様に見つかったら、両方とも重い罰を受
けなければなりません。
「そんなことないわよね、あいては人間よ」
アリカはそう自分に言い聞かせその場を去りました。
しばらくして、目覚めたショウは慌ててあたりを見回しました。
「きれいな女の子が、ボクのことを見ていたような気がする」
ショウは首をかしげました。
「夢だったのかな。とてもきれいな子だったけど……」
しかし、次の日から、ショウは夢の中で出会った女の子のことが気になって仕方が
ありません。
アリカもショウのことが気になって、ショウの後を追っては、木を切るショウの姿
に見入っていました。
そんなある日、二人は、ばったりと顔を合わせてしまいました。
ショウは心臓がドキンとなるのを感じました。
なにしろ、夢の中のことと思っていた女の子が目の前に現れたのです。
アリカの方も、その時、やっぱり自分はショウのことを好きになっているんだと感
じました。
その日からショウとアリカは毎日のように会いました。
二人とも、妖精と人間の恋は許されないことだと知っていました。
でも、好きになってしまってはどうしようもなく、離れていると相手のことを想い、
会いたくて仕方がありません。
二人で野原に花をつみにも行きました。花の妖精のアリカですから、いつどこへ行
けばきれいな花が一杯あるかよくわかります。
また、ショウが仕事をしている間は、アリカは近くの切り株に腰をおろし、木を切
るショウの姿に見入っていました。
二人にとって、楽しい日々がしばらく続きました。
しかし、いつまでも二人の仲を秘密にしておくことはできません。
ついに花の神に見つかってしまったのです。
花の神はアリカに向かっていいました。
「妖精と人間が恋をするのはとても重い罪だ、知っていたんだろ」
「ええ……。でも、好きになってしまったら、どうしょうもなかったんです」
アリカはうなづきながらいいました。
花の神にもアリカの気持ちは良くわかりました。
「罰として、おまえから妖精の力を奪い、人間として生まれ変わらせなければならな
い」
「その前にもう一度だけショウに会わせて」
アリカは、両目に涙を浮かべながら花の神に訴えました。
「もう一度会っても同じことだよ」
花の神はそういうと、アリカの額にそっと指をふれました。
するとアリカの身体は、一条の光になると、東の空へ飛んで行きました。
次の日、ショウはいつものようにアリカに会うためにいつもの桜の木の下に来まし
た。
ところがいつまでたってもアリカは現れません。
陽も傾き、夕暮れが近づいた時、どこからともなく黒いマントを着た老人が現れま
した。
「いつまで待ってもアリカは来ないよ」
その老人は、花の神に頼まれて、ショウに罰を与えに来た夜の神でした。
「私は、花の神に、おまえを星にするように頼まれたのだよ」
「アリカはどうしたのですか」
ショウは驚いて、夜の神にたずねました。
「東の村の、ある家に、今日、女の子が一人生まれてね、その子がアリカの生まれ変
わりなんだよ」
ショウは、夜の神の言葉を涙を流しながら聞きました。
「アリカは、優しい子だったから、花の神もかわいそうに思ってな、おまえを星にし
ていつまでも空から、人間になったアリカを見守っていてほしいといっていたよ」
ショウは夜の神の言葉にうなずきました。
「北の空に、夕暮れ時に一番早く輝く一番星にしてあげよう。いつまでもアリカを見
守っていてくれるね」
そういうと夜の神は、ショウの頭に手を置きました。
すると、ショウの身体は北の空高く舞い上がり、ひかり輝く星になりました。
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そして十数年かがたち、アリカはかわいい
少女になりました。
そんなある日、春の夕暮れ時に、アリカは、
母さんと一緒に、あの桜の木の下にたたずみ
満開になった桜の花を見上げていました。
「母さん、この桜の木はとても古い木なのに、
いつもきれいな花を一杯に咲かせてくれるの
ね」
「この木もね、あなたが生まれる少し前には
全然花を咲かせない時期があったのよ」
母さんは、昔を思い起こすようにいいまし
た。
「ところが、そう、ちょうどあなたが生まれ
た年の春に、一夜のうちに突然花を咲かせて
ね。その年から以前にまして素敵な花を咲か
せるようになったのよ」
「不思議なことね」
「それはね、花の妖精のいたずらだったって
いう噂もあるのよ」
「きっと、とても優しい妖精だったんでしょ
うね」
二人が話しをしているうちに、陽はかげり、
北の空にショウの一番星が輝きました。
「母さん、あの星を見て」
アリカは、一番星を指さしていいました。
「私ね、何か願い事があると、いつもあの星
にお願いするの。するとね、不思議にいつも
願いがかなうのよ」
「そうなの。とても素敵なことね」
アリカと母さんは、そういいながらもう一
度、星を見上げました。
それにこたえるかのようにショウは大きく
輝きを増すのでした。
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(イラスト 星川千秋)
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