南の島からきた少年
                           大野 晃
 
<緑の瞳の転校生>
 
 そうか、だから桜ヶ丘町というのか。
 ぼくは、桜の花が満開になった、桜並木の続く通りを走りながらのん気にもそう思 った。
 ぼくの住んでいる桜ヶ丘町は、市の外れにあり、昔からの古い町並みと、新興住宅 地が一緒になった町だ。
 この桜並木の通りも、十数年前までは山だったところを切り開いて、住宅地にした 土地を横切るようにして造られた。
 桜の花が満開となる、春のこの時期にだけ、この町の名が桜ヶ丘町だと実感できる。
 なんてのん気に、花見をしている場合ではない。ぼくは急いでいるのだ。
 ぼくの名前は立花勇希、今日から、小学校六年生。新学年の初日から遅刻するわけ にはいかない。
 ぼくは、走る足を速めた。毎日サッカーで鍛えた足だ。走りには自信がある。
 しかし、今日はちょっとピンチだ。春休み最後の夜だからといって、昨日の夜、遅 くまでファミコンをしていたのがいけなかった。
 目をさましたらもう八時近かった。
「どうして起こしてくれなかったんだよ」
 とお母さんに怒ってみたのだが。
「あら、今日から学校だったの?」
 だなんて、ぼくのお母さんは本当にのんびりしている。
 仕方がない、近道を行こう。本当は通りたくなかったのだが……。ぼくは、小学校 へまっすぐ続く一本道に足を向けた。
 なぜこの道を通りたくないのか。
 それはクロに出会う危険があるからだ。
 クロはこのあたりを縄張りにしている大きな犬で、去年の秋頃からうろつき始めた。
 体が大きく、狂暴な犬で、小学生の間で恐れられている。
 ぼくも一度追いかけられたことがあったが、その時は生きた心地がしなかった。サ ッカーで鍛えたこの脚力がなかったら、ガブリとやられていたかもしれない。
 体の色が真っ黒だからクロ。誰がつけた名かは知らないが、ぼくたち小学生の間で は、みんながそう呼ぶようになった。
 小学校の行き帰りに何人かが襲われて、幸いけが人はまだ出ていないが、このまま では、いつけが人が出るかわからない。一度、PTAや先生たちが相談して、野犬狩 りをしたこともあった。その時も、何匹かの野良犬は罠にかかったが、クロは捕まら なかった。
 単なる狂犬だけではなく、相当頭もいいようだ。
 ようやく小学校の校門が見えてきた。何とか今日はクロに会わずにすんだようだ。
 ぼくは、小走りに走る小学生たちを見つけると、安心して走る足をゆるめた。
 五年生から六年生になる時にはクラス替えはない。教室にはいると、この一年間見 慣れた顔があった。
「勇希!」
 ぼくの顔を見ると、西沢一輝が走り寄ってきた。一輝とは、春休みの間もサッカー 部の練習で、毎日、顔を合わせてきた仲だ。
「やあ、一輝」
「おい。どうやら、今年も担任は木村先生らしいぞ」
 どこから聞いてきたのか知らないが、一輝がそういった。
 木村先生は、五年生の時の担任だっただけでなく、サッカー部の顧問で、一輝と同 じく、春休みの間中、顔を合わせてきた仲だ。
「ひえー。今年も厳しくなりそうだぁ」
 ぼくは、大声をあげたが、言葉とは反対に、心の中では、「やったぁー」という気 分だった。木村先生は、時々恐い時もあるけど、兄貴みたいで、ぼくは大好きだ。
「始業式を始めますので、全校生徒は体育館に集まって下さい」
 校内放送が流れ、ぼくたちは、体育館へと向かった。
 相変わらずの校長先生の退屈な話の後、各組の担任の発表が始まった。
 各組毎に、担任の名前が呼ばれ、壇上に並んでいく。名前が呼ばれる度に、あちら こちらから、どよめきが聞こえてくる。歓迎の声なのか、失望の声なのか。
「六年三組、木村剛先生」
 その声を聞いたとたん、前に立っていた一輝が振り向いて、親指を立ててみせた。
 担任発表のセレモニーが終わり、ぼくたち はそれぞれの教室に戻って、新しい担任の先 生を待った。
 教室の仲間も、担任の先生も五年生の時と 同じ、ただ教室だけが、二階から三階に変わ っただけ、それとて変わりばえのしない同じ ような光景だ。
 ぼんやりと、そんなことを考えていると、 春の陽気に誘われて、眠くなってきた。
 その時、木村先生が教室に入ってきた。木 村先生の後に続く、ひとりの少年を見て、ぼ くは、一気に眠気がさめた。
「こいつ不良か!」
 それが、ぼくの第一印象だった。
 その少年は、金色の長い髪をなびかせてい たのだ。
 木村先生は、正面に立つと彼を紹介した。
「南の島からやってきた、リュウ君だ。今日 から、みんなの仲間だ。仲よくしてやってく れ」
 外人か。
 確かに、瞳が緑色で、肌の色も褐色だ。  しかし、木村先生も、「南の島からやって 来た」はないだろう。あまりにも大ざっぱな 紹介過ぎる。
「なあ、絵美子。南の島はないよな」
 ぼくは、隣の席の絵美子に同意を求めたが、 返事がない。
 おや。
 と思って、絵美子の顔をのぞき込んでみると、こりゃだめだ。まるっきり、目がハ ートになっている。
 おいおい、と思い、教室中の女子を見回して見ると、多少の差はあれ、みんな、目 がハートになっていた。
 確かに、この転校生がかっこいいことは認めるよ。
 背も高いし、スラリとスリムな身体で、足も長い。長い金髪をなびかせ、緑の瞳で、 かといって、軟弱そうでなく、肌も褐色のスポーツマンタイプだ。
 だけど、そろいもそろって、クラスの女子全員が、言葉をなくして、目がハートっ てことはないだろ。
 長い間、苦しいサッカーの練習にも耐え、去年、五年生にして六年生の先輩たちを 押さえて、レギュラーの座を獲得し、サッカーボールを追いかけるぼくの姿を見て、「 なかなかかっこいいじゃない」といってくれる女の子がようやく二、三人できたばか り、というぼくの立場はどうなるのだ。
「なあ、一輝」
 ぼくは、後ろの席の一輝に同意を求めた。
 ぼくの気持ちが伝わったのか、一輝は、大きくうなずいた。
「リュウトイイマス」
 緑の瞳をした転校生が話し始めた。
「トモダチヲツクリニ、キマシタ。ドウゾ、ヨロシク、オネガイシマス」
 その時、目をハートにした女子たちには、気がつかなかったかも知れないが、ぼく には、リュウの緑の瞳が、何かを訴えかけていることを感じた。
 そうか、外人なんだもんな。まだ、日本語をよく話せないんだ。
 仲間にしてやるか。
 ぼくは、そんな気になっていた。
 
 始業式が終わり、みんな下校し始めたが、ぼくたちには、もうひとつの始業式があ った。グランドに出て、サッカー部の練習の始まりだ。
 今日から六年生。グランドに出て、集まったメンバーを見て、昨日まで、練習に参 加していた先輩たちがいなくなったのを知り、改めて最上級生になったことを実感し た。
 木村先生の、「全員集合」のかけ声に、みんなグランドの中央に集まった。
「今日から新しいチームだ」
 木村先生は、みんなを見回しながらいった。
「去年は、市大会で優勝し、念願の県大会に出場したが、惜しくも一回戦で敗退した」
 そうだ、ぼくと一輝は、五年生で二人だけレギュラーとして、県大会を戦ったのだ。
「今年こそは、県大会で優勝できるように、頑張ろう」
 そうだ! 今年は、ぼくたちが新しいチームを作っていかなけれなならないんだ。
「新しいチームのキャプテンは、西沢一輝。副キャプテンは立花勇希だ。みんな協力 してやってくれ」
 副キャプテンか。責任重大だ。やっぱり、去年まではレギュラーといっても、先輩 たちに甘えていたところがあったからな。今年は、一輝と一緒にみんなを引っ張って 行かなくては。ぼくは責任の重大さを感じた。
 さっそくランニングだ。声を掛け合いながら、グランドを走り始めると、グランド の外に、下校するリュウの姿が目に止まった。
 絵美子を始めとする、クラスの女の子が数人周りを取り囲んでいる。
 絵美子の奴、いつもはぼくたちのサッカーの練習を見に来ていたのに。
「くそっ」
 ぼくは、走りながら、グランドのわきに転がっていたサッカーボールを、誰もいな いゴールに向かって思いきりけりこんだ。
 
 
<スポーツマン リュウ>
 
 たちまちの内に、リュウのうわさは、学校中を走り抜けた。
 休み時間ともなると、クラスの女子だけでなく、隣の教室からも女子が押し寄せて くるから、近所迷惑なことである。
 転校初日に、せっかく、仲間にしてやるかって思ったのに、この分では、当分ぼく の出るまくがない。
 それにしても、やっぱり頭がいいのかな。それとも、毎日、女の子に取り囲まれて、 おしゃべりをしているからなのか。リュウの日本語は、みるみるうちに上達していっ た。
 もし、漫画のように吹き出しがあるとしたら、初日はカタカナだったのが、一週間 もするうちに、ひらがなが混じり、一ヶ月たった今では、漢字もはいるくらいになっ たのだから驚きだ。
 勉強もよくできた。外人っていうのは、外見と年令がよくわからない場合があるか ら、本当は、リュウは、中学生なんじゃないのか、と思ってしまうくらいだ。
 そんなわけだから、いつかは女子の熱も下がるだろうと思っていた男子の期待はみ ごとに外れてしまった。みんなは、才能を平等に分け与えてくれなかった神様に、つ いつい愚痴をいってしまうわけである。
 しかし、それも今日までだ。今日の体育の時間は、ぼくと一輝の大得意のサッカー だ。
 しかも、運よく、ぼくと一輝は同じチームで、リュウは相手チームだ。さらにいえ ば、女子の体育は、男子のサッカーの試合見学ときているから、もう絶好のチャンス だ。
 念には念を入れて、対戦前のウォーミングアップ中に、リュウに聞いてみた。
「リュウ、サッカーの経験はあるのか?」
「ぼく、経験ありません。始めてですから、よろしくお願いします」
 もうすっかり漢字混じりになった日本語でこたえてきた。
「ようし」
 ぼくは、心の中でガッツポーズをした。
 木村先生のホイッスルが鳴り響き、さあ、試合開始だ。
 サッカー部では、ぼくはディフェンダーで、一輝はフォワードだ。体育のサッカー では、ぼくと一輝でツートップを組んでもいいのだが、さらに念には念を入れて、ぼ くは本業である守りに専念することにした。
 もし、万が一、間違ってもありえないことと思うが、リュウにゴールを決められた ら、見学している女子の歓声がたまらない。
 思った通りだ。リュウは初心者だ。前半開始五分で、ぼくは、そう確信した。
 そうこうしているうちに、センターライン付近でパスを受けた一輝が、一気に敵陣 に、ドリブルで持ち込み、女子の悲鳴の中、そのままゴールを決めた。
 ぼくたちのチームが一点先取だ。
「よしよし」
 一輝ひとりに、いいところを取られてしまった、という気がしたが、当面の敵はリ ュウである。
 続いて、前半残りわずかの時間帯に、味方のゴール前で、敵のパスをカットしたぼ くが、ドリブルでサイドライン沿いを敵陣めがけてオーバラップした。
 横目で、一輝がゴール目指して駆け込むのを確認すると、敵ゴール前にセンタリン グを上げた。
 よし、タイミングぴったりだ。一輝がヘッドで合わせて、ボールはゴールに突き刺 さった。
 去年の県大会で、ぼくたちのチームが、唯一、得点した時と同じ攻撃パターンだ。
 体育の試合で見せるのが惜しいくらい、見事に決まった。
 見学の女子に向かって、ぼくは、右手を振り上げ、ガッツポーズを見せた。今のプ レーは素人が見ても、ゴールを決めた一輝より、センタリングを上げたぼくの方が、 ポイントは高いはずだ。
 ところが、今の女子には、そんな高度なテクニックなんて目に入っていない。目が 全然反対方向を向いている。リュウのいる方向だ。
「リュウ君、頑張って」
 とくるから困ったものだ。
 誰も見ていないところに笑顔で振り上げた、ぼくの右腕の立場はどうなるのだ。
 その後も、二、三回ほどゴールのチャンスはあったが、得点にはならず、前半は二 対〇で終わった。
 ハーフタイムに集まった、チームメートは、女子の歓声にかなり頭にきていた。
「絶対に勝つぞ」
「取れるだけ点を取ってやるぞ」
 口々にそういい合って気合いを入れた。
 みんなの目が輝いている。
 おお、同志たちよ。
 後半の立ち上がり早々、チャンスをつかんだ。一輝が再びドリブルでディフェンダ ーを抜き、ゴールキーパーと一対一だ。
 よし、三点目。
 誰もがそう思った瞬間だった。
 一輝の背後から、褐色の風が走り込んでくると、一輝の足元に砂ぼこりをたて、ス ライディングタックルを仕掛けた。
 チャンスに気を許していた一輝の足元から、ボールが転がり出て、一輝はバランス を失い、褐色の風と共に、その場に倒れ込んだ。
 リュウだ!
「ファール! ファール!」
 味方が叫ぶ。
 違う、ギリギリだがファールじゃない。
 ぼくは心の中で叫んだ。
 現に、木村先生のホイッスルが鳴らない。
 一輝とリュウ、立ち上がったのは同時だったが、ボールに追いついたのはリュウの 方が早かった。
 リュウがドリブルで攻めてくる。
 キャー
 見学の女子から歓声がわいた。さっきまでのキャーは、悲鳴のキャーだったが、今 のキャーは、明らかに歓喜のキャーだ。
 一輝がすぐさまリュウを追いかける。
 どこまで逃げられるかな。
 一輝の足の速さは並じゃない。
 そう思った時だった。ぼくは、一瞬、目を疑った。
 一輝が追いつけない。
 ドリブルをするリュウに一輝が追いつけないのだ。
 さっきの接触プレーで足をけがしたのか?
 違う。速い! 今のリュウはとてつもなく速い。どんどんぼくの方に近づいてくる。
 ぼくは、本気になっていた。去年の県大会の時のように。
 もう、今のぼくの耳には、女子の歓声は聞こえない。広いグランドで、ぼくとリュ ウの一対一の勝負だ。
 去年の県大会で、何度も味方のピンチを救ってきたディフェンダーのぼくだ。
 負けるものか。
 リュウに向かってぼくは走り込んだ。
 チャンス!
 リュウの足から、ドリブルのボールが離れた瞬間を見計らい、ぼくは、スライディ ングタックルを仕掛けた。
 これでクリアだ。
 そう思った瞬間だった。
 ぼくの目の前からボールが消えた。そして、リュウの姿もぼくの視界から消えてい た。
 まるで、スローモーションを見ているようだった。倒れ込んだぼくが見上げた青い 空を、横切るようにリュウが跳んでいた。
 キャー!
 女子の歓声が再びぼくの耳によみがえってきた。
 ぼくが起き上がり、振り向いた時には、リュウのはなったシュートが、ゴールネッ トに突き刺さっていた。
 本当に初心者かよ。
 その後、ぼくらのチームはそのショックで、立て続けに二点を入れられた。
 幸い、後半終了間際に、相手のオウンゴールで同点になり、引き分けたものの、ぼ くと一輝にとっては完敗だった。
 試合が終わった時、誰よりも早くリュウのもとに駆けつけたのは、絵美子でも、他 の女子でもなく、木村先生だった。サッカー部に入部することをすすめているに違い ない。
「完敗だったな」
 一輝が、ぼくの肩に手をやり、そうつぶやいた。
「リュウがサッカー部に入ってくれれば、県大会優勝も夢じゃない」
 さすがスポーツマン一輝、いうことが違う。
 一輝のひとことで、ぼくは、胸につかえていたものが吹き飛んだ思いがした。
 さっそく、ぼくと一輝は、リュウのもとへ駆け寄った。
「すごいじゃないか、リュウ。初心者だなんていって、本当はやっていたんだろ」
 いけない、いけない。ついついいうことがひねくれてしまう。
「一緒にサッカーやろうよ」
 うん、スポーツマンらしい発言だ。
「少し、考えさせて下さい……」
 リュウは、うつむき加減に小声でこたえた。
 あっ。
 あの時と同じ目だ。
 ぼくは感じた。転校初日にみせたリュウのあの寂しげな、訴えかけるような目を。
「そうか、じゃあ、その気になったらいつでもいってくれよ」
 木村先生の言葉に、目でおじぎをして、リュウは教室へ戻っていった。
「どうしたんだ」
 ぼくは、首をひねりながら、リュウの後ろ姿を見つめる一輝に聞いた。
「ぼくは、百メートルを十二秒台の前半で走れるんだ」
「知ってるよ。おまえが校内で一番足が早いってことは」
「でも、リュウに追いつけなかった。しかも、ドリブルしているリュウにだよ」
「落ち込むなよ。その前の接触プレーで、足を痛めていたんじゃないのか」
「別に落ち込んでるわけじゃないんだ。それに足を痛めていたわけでもない。ただ、 リュウが、本気で、ドリブルなしで走ったら、一体どのくらいのタイムが出るのかと 思って」
「十一秒切るかな」
「まさか、小学生で?」
 一輝もぼくも否定してはみたけど、何か心に引っかかるものがあった。
 五月晴れの青空のもと、見上げると太陽が夏の光のように強く輝き、グランドに残 されたぼくと一輝は、まるで夢でも見ていたかのように、放心して立ちつくしていた。
 
 
 
<健二とクロ>
 
 ぼくたちは、スポーツマンだから、女子にもてもてのリュウのことを、やっかんだ りなんかしない。うらやましくもない。本当はちょっぴりうらやましいけど。
 だけど、世の中には、そういうリュウのことをよく思わない連中もたくさんいる。
 六年一組の相川健二は、何かと因縁をつけてリュウに突っかかっている。
 健二とぼくは、三年生、四年生と同じクラスだった。あの頃の健二は、今のような 不良ではなかった。
 確かに、けんかっ早いところがあり、気の荒い少年だったが、本当は、心の優しい、 いい奴だった。
 サッカーに出会う前のぼくは、気が弱くて、おくびょうで、上級生によくいじめら れていた。
 そんなぼくを、いつも助けてくれたのが健二だった。
 ある時、上級生数人に囲まれていじめられているぼくを見て、健二は上級生に飛び かかっていった。健二の奴、生意気だから、上級生からも目をつけられていて、その 時も、さんざん殴られた。ぼくよりよっぽどひどいけがをしたっていうのに、その時 も、「大丈夫だったか!」なんていってぼくのことを気にかけてくれた。
 四年生になって、ぼくがサッカーを始めた時、サッカーを通してどんどん自信がつ いていくぼくを見て、「もう、勇希は泣き虫なんかじゃなくなったな」といって、少 しずつだけど、ぼくから離れていってしまった。
「一緒にサッカーやろうよ」
 そうすすめたこともあったけど。
「おれにはスポーツマンは似合わないよ」
 といって、仲間になろうとはしなかった。
 ぼくには、サッカーが楽しくて、あんなに助けてもらった健二のことを、少しずつ、 忘れてしまっていた。
 そして、あの事件が起きた時も、ぼくには、健二のことを助けてやることができな かった。
 それは、ぼくたちが四年生の冬のことだった。町の商店街の代表数人が、小学校に 校長先生を訪ねてきた。
 商店街の人たちの話では、最近、商店街で少年たちの万引きが横行しており、犯人 の中には、小学生も含まれているようだ、ということだった。
「まさか、うちの生徒に限って」
 といった校長先生ではあったが、念のため、次の日の校内放送で、そういう行為を 見たらすぐに先生に報告するように、と生徒たちに注意をした。
 その時は、みんな、万引きなんて、まるで他人のことのように考えていたのだが、 数日たって、よくないうわさが広まり始めた。
「万引きの犯人は、どうやら健二らしい」
 といううわさだ。
 健二は、自分の無実を主張したが、クラスメートたちの健二を見る目が変わってい った。
 誰ひとり、健二の無実を信じ、疑いを晴らそうとしなかった。ただ、遠巻きにして、 白い目で健二のことを見つめるだけだった。
 あの事件以来、健二には不良のレッテルが張られ、健二自身も、不良仲間とつきあ うようになり、もう取り返しのつかない状態になってしまった。
 そんなことを考えながら、教室の窓から外を眺めていたぼくの目に、健二とその不 良仲間数人に連れられて、校舎の裏庭へ消えて行くリュウの姿が飛び込んできた。
 ぼくは大あわてで、階段を駆け降りた。
 一階まで一気に駆け降り、裏庭に向かおうとして、ちょっと迷ったすえ、職員室に 飛び込んだ。
 ことを大きくしたくない。だけど、ぼくひとりではとうてい押さえきれない。そう 思ったからだ。
 ぼくは、木村先生のところへ、駆け寄ると、先生の手を引っ張った。
 木村先生ひとりでいい、他の先生が来てしまっては、問題が大きくなる。
「おいおい。立花、どうしたんだ?」
 あっけにとられながらも、ぼくのあわてふためきように、木村先生は腰を上げた。
「早く、先生。リュウと健二が……」
「相川健二か!」
 健二の名を聞いたとたん木村先生の表情が険しくなった。
 さすが先生である。健二とリュウが危ない状況にあることを知っていたんだ。
「どこだ!」
「裏庭!」
 というが早いか、木村先生は駆け出した。
 ぼくは、木村先生の後を追った。
 いくらリュウが、頭が良くて、スポーツができても、たったひとりで、校内でも指 折りの乱暴者の健二以下数人を相手にするのはとても無茶だ。
 ところが、裏庭に駆けつけた、ぼくと木村先生が目にしたのは、気を失って倒れ込 んでいる健二たちの姿だった。
 リュウの姿はどこにも見あたらなかった。
「おい、相川。どうした。大丈夫か!」
 木村先生は、健二を抱き起こし、身体を揺すった。
「いてて……」
 ようやく気がついた健二は、頭を押さえながら立ち上がった。
「どうした。大丈夫か」
 再び、木村先生がいった。
「ちっ、なんでもねぇよ」
 健二は、木村先生の腕を振りほどくと、足を引きずりながら、裏庭を出ていった。
「健二……」
 ぼくは、去って行く健二の後ろ姿に向かってそうつぶやいた。
 次の日、学校に現れたリュウは、まるで、何事もなかったかのように振るまってい た。
 健二たちも何もいわなかったし、木村先生も深くは追求しなかったため、結局、昨 日の件は、何もなかったことになってしまった。

 そして、その日の帰り道、ぼくは、不思議な光景を目にした。
 あの狂犬のクロが、リュウと一緒に歩いているのだ。クロは、まるでリュウをご主 人様のように、尾を振りながら、足元にからみつき、ふざけながら、走り回っている のだ。
「やあ」
 ぼくが見ていることに気がつくと、リュウはそういって右手を上げた。
 クロは、ぼくの方を見て、威嚇するように、「ウー」と低いうなり声をたてた。
 リュウは、そんなクロを見ると、ひざまづき、クロの耳元で、ひとこと、ふたこと、 ささやいた。するとクロは、ぼくに背を向け、駆け出していってしまった。
「今のは、クロじゃなかった?」
 ぼくは、リュウに聞いた。
「君たちは、あの犬のことをクロと呼んでいるのだね」
「ああ、狂暴な犬でね。みんなの嫌われ者さ」
「君たちが、クロのことを嫌うのは勝手だけど、どうしてクロが、狂暴な犬になって しまったのか、理由を知っているのかい」
 あっ
 そんなこと、考えてもみなかった。
「クロは、昔、隣町のある家で飼われていたんだよ。結構立派な家でね。優しい主人 や、きれいな奥さんに囲まれて、クロも幸せだった。ところが、主人は、ある理由で 引っ越すことになったんだ。荷造りをする主人と、奥さんの姿を見ながら、クロも新 しい土地での生活を夢見ていたんだ。……引っ越しの当日、車に乗った奥さんがクロ のことを呼んだんだ。クロは、いつものように買い物に連れていってもらえるものと 思い、喜んで車に飛び乗った。鼻歌混じりに運転する奥さんを見ながら、クロは幸せ を味わっていた。……ところがクロが連れて行かれたところは、保健所だったんだよ」
 リュウは、ぼくの目をじっと見つめながらいった。
 ぼくは、息を飲んで言葉が出なかった。
「何のためにそこに連れて行かれたのかわかるだろ。……そう、クロを殺すためさ。 その時始めて、クロもことの重大さに気がついたんだ。ご主人様は、もう自分を必要 としていないってこと、新しい土地での、新しい生活はもうクロにはないってことを ね」
 リュウは、それがまるでぼくの罪であるかのように、冷たい、寂しそうな目でぼく を見つめ、話を続けた。
「クロは、必死の思いで逃げたさ。君にはその時のクロの気持ちがわかるかい。信じ ていた主人に裏切られ、捨てられたクロの気持ちが。人間が信じられなくなり、人間 に対して狂暴になったとしても、決してクロのことを非難することなどできやしない。 そうじゃないかい」
 そうだったのか。
 クロはおびえていたんだ。自分から攻撃しなければ、自分がやられてしまうと。
 あっ
 その時、何故かぼくには、健二とクロが、同じ境遇であるように思えた。
 
 
<翼竜騒動>
 
 一学期も終わりに近づいた夏の夜のことだった。
 ぼくは、テレビのJリーグ中継を見ていた。ヴェルディ対グランパスエイト戦だ。 一対一のまま延長戦も後半にはいり、時計の針は、既に、九時を回っていた。
 お母さんが、食器を洗う音が台所から聞こえてくる。
 今日も、お父さんの帰りが遅いなぁ、と思っていた矢先のことだった。
「おーい。勇希」
 玄関からお父さんの叫ぶ声が聞こえた。
 何事かと思って、ぼくとお母さんが玄関に出てみると、玄関のドアを開けて、夜空 を見上げるお父さんの姿があった。
「一体どうしたの」
 その声に振り向いたおとうさんは、明らかに気が動転していた。
「恐竜。恐竜だよ。勇希」
「恐竜?」
「空を。でっかいのが。スーっと。あっちから、あっちへ。スーっと」
「え? 何が? どうしたって?」
 お父さんは、お母さんが持ってきたコップの水を一気に飲み干すと、少し落ちつい ていった。
「恐竜だよ。いや、翼竜っていうのかな。それが空を飛んでいたんだ」
 ぼくとお母さんは、思わず顔を見合わせて笑ってしまった。
「何いってるんですか? お父さん」
「いい、翼竜はね。もう、六千万年以上も前に、滅んでしまったんだよ。コウモリで も見たんじゃないの」
 ぼくとお母さんの反論に、それまで興奮していたお父さんは、少し、恥ずかしそう に、首をひねった。
「そうかな。やっぱり見間違いかな」
 そんなお父さんを玄関に残し、ぼくが、再びテレビの前に座った時には、ヴェルデ ィ対グランパスエイト戦は、北澤のVゴールで勝負がついていた。
「もう! お父さんのおかげで、Vゴールのシーンを見逃してしまったじゃないか」
 明日、話題について行けなかったらどうしてくれるんだ。
 と思っていたのだが、次の日、小学校で話題になったのは、北澤のVゴールではな く、なんと翼竜だった。
 その日、教室にはいったぼくに、駆け寄って来たのは、いつものように一輝だった。
「勇希、ゆうべのこと知ってる?」
「おう。すごかったなぁ、北澤のVゴール。ディフェンダーの一瞬のすきをついた見 事なロングシュートだったな」
 ぼくは、あの後、テレビの解説者がいっていたことそのままをいった。
「まあ。ぼくがディフェンダーだったら。得意のスライディングタックルでブロック していたんだけどな」
 とここまで一気にいったところで、周りの様子がおかしいことに気がついた。
「違うよ。翼竜のことだよ」
「え?」
「ゆうべ、この町の空を翼竜が飛んだっていう話だよ」
 ぼくは、頭の中が混乱した。ゆうべのお父さんの行動が頭の中でよみがえった。
 しまった、あれは本当だったのか。
 ぼくのお父さんは、あれでもコンピュータ技師で一応はインテリである。ちょっと 子供じみたところはあるけれど、物事を論理的に考える人だ。もう少し信じていれば、 もっと多くの情報を入手できたのに。
「あ、ああ。夜九時頃だったよね。お父さんが見たんだ」
 それぐらいしか情報がない。今や、子供たちの朝の会話も、情報社会である。多く の情報を持った者に自然と人気が集まる。
「勇希のお父さんが見たんだって!」
 という一輝の声に、クラスメートがぼくの周りに集まってきた。
「それで?」
 みんなが興味しんしんの顔でのぞきこんできた。
「それだけだ」
 残念ながら、ぼくの知っている情報はそれが全てだ。
「気がついたら、北澤がVゴールを決めていた」
 あーあ
 という声と共に、クラスメートの顔が失望の表情に変わって行くのが見て取れた。
「立花君って、夢がないのね」
 なんてつぶやきながら、女子が去って行く。
 たったひとことで、夢も希望もない、つま らない男にされてしまったぼくが、席に着く と、リュウが教室にはいって来た。
「ねえ、ねえ。リュウ君。ゆうべ、翼竜がこ の町の空を飛んだんだって。知ってる?」
 クラスの女子がリュウの周りを取り囲んだ。
「翼竜?」
「そうよ」
 女子の目がキラキラしている。
「興味ないね」
 リュウはそういうと、女子をかきわけて席 に着いた。
「リュウ君って、かっこいい」
 おいおい、「夢がないのね」じゃないのか。 ずいぶん態度が違うじゃないの。
 といったところでいつものことだから仕方 がないか。
 が、その時、リュウの表情が、いつになく 険しくなっていることを、何人のクラスメー トが気がついただろうか。
 教室のドアが勢いよく開いて、絵美子が得意満面の笑顔で教室に入ってきた。
 こいつは何かあるな。
 と思った矢先。絵美子を囲んだ女子の輪から歓声がわいた。
「……え、本当?……テレビ局の人が……ビデオ……」
 断片的に聞こえてくる会話だけではよくわからないが、想像を超えた話しがされて いるようだ。
 ひとさわぎの後、絵美子は、女子たちのせんぼうの眼差しの中、ぼくの隣の席に着 いた。
「昨日の夜、私のお父さんが、翼竜が飛ぶところをビデオに撮ったのよ」
 聞きもしないのに、勝手に絵美子は話し始めた。ぼくは、知らん顔をしながら、心 の中では、うなずいていた。
「それで、テレビ局に電話したら、テレビ局の人がニュースに使いたいっていってね。 さっそく、ビデオテープを取りに来たわ」
「ふーん」
 と一応、平静をよそおった。
「どう。今日、帰りにうちに寄って、ビデオ見て行かない」
「ビデオテープは、テレビ局に渡したんじゃないのか」
「ダビングしたのよ」
「そっか。今日、サッカーの練習、どうだったかなぁ。なあ、一輝」
 と、ぼくは、後ろの席の一輝に聞いた。
 今日のサッカー練習は、休みなのは最初からわかっていたが、一応、ポーズが必要 だ。
「休みだよ」
「そっか。じゃ、放課後まで、用が入らなかったら行くとするかな」

 その日の夕方、絵美子の家のテレビの前で、ぼくと一輝は、胸を躍らせて、ビデオ が始まるのを待っていた。
 絵美子の奴、「ちょっと待っててね」といって部屋を出て行ったきり、なかなか戻 ってこない。ここにきてずいぶん気をもたせる奴だ。
「お待たせ」
 部屋に入ってきた絵美子の手に一本のビデオテープがあった。
「これは、とても貴重なテープよ。ひょっとすると、地球の歴史を変えてしまうかも しれないわ」
 能書きはいいから早くしろよ。といいたい気持ちを押さえて、笑顔、笑顔。
 ようやく、テレビのスイッチが入り、ビデオが再生され、映し出された。
 最初に画面に登場したのは、さっき見た絵美子の家の玄関だ。
「お父さん。早く、早く」
 絵美子のお母さんの声だ。
 画面が、前後左右に揺れ、玄関から外へと移る。
 突然、画面が真っ暗になった。
「おいおい。真っ暗じゃないか」
「夜空だよ。星が見えるだろ」
 あっ!
 一瞬、画面を何かが横切った。
「見た。あれよ」
 えっ!?
 ぼくと一輝は顔を見合わせた。
「あれで終わりかい」
 まるでいってはいけないことをいってしまったかのように、絵美子はぼくをにらみ つけた。
「肉眼では、もっとはっきりと見えたのよ。ビデオの画質の限界ってところね」
「もう一度、コマ送りで見せてくれない?」
 一輝は冷静だ。
「いいわよ」
 ぼくは、今度は、目を皿のようにして画面を見つめた。
 さっきは真っ暗に見えたが、確かに星が散らばり、濃い紺色の夜空だ。
「ここからコマ送りにするわね」
 画面の左隅に、三角の黒い影が映った。と思ったら、その影が、四角になり、星型 になり、形を変えながら画面の右隅へと移動していく。
「画面を何かが横切ったのは確かだね」
 慎重に言葉を選んで、一輝がいった。
 確かにあれが、翼竜だと思ってみればそう見えなくもないが……。
 しばらく、重苦しい沈黙が部屋の中に漂った。
「そろそろ、帰ろうか」
 ぼくと一輝は、顔を見合わせていった。
 絵美子の家を出て、しばらくぼくたちは言葉もなく歩いた。
「走ろうか」
 ぼくたちスポーツマンは、そこから一気に家まで走った。
 家に着くと、お母さんが、待っていたかのように、ぼくの部屋に入ってきた。
「きのう、お父さんがいっていたこと、本当だったみたいね。テレビでやっていたわ よ」
「テレビで、絵美子のお父さんが取ったビデオ流れた?」
「見たわよ。見た。すごく恐かったわよ。あの恐竜って、火を吹くのかしら」
 ゴジラじゃないってば。恐竜でもない。翼竜だよ。翼竜。
 今夜も飛ぶのかな。
 ぼくは、部屋の窓から、暗くなりかけた空を見上げてそうつぶやいた。
 
 
<ゆうれい屋敷>
 
 その後も、何度か、翼竜を目撃した人が現れ、翼竜騒動は、おさまることなく、さ らにエスカレートしていった。
 そして、ついにぼくも目撃者の仲間入りとなった。
 その日、サッカーの練習が終わってから、一輝の家に寄っていたものだから、家へ の帰り道についた時は、既にあたりは真っ暗になっていた。
 何気なく、夜空を見上げたその時、ぼくの視界を横切る黒い影があった。
 あっ!
 と思い、その影を目で追うと、翼竜が、グライダーのようにゆっくりとした動きで、 夜空を滑空しているのだ。
 ぼくは、翼竜の後を追い、走り出した。
 翼竜は、ゆうゆうと、空を飛び続け、町の西側へ向かって行く。
 ぼくは、家への帰り道からどんどん遠ざかってしまったが、追いかけ続けた。
 体が上下する度に、ランドセルが肩にくいこみ痛い。
 息がはずむ。
 実際に翼竜を目にした驚きと、走り続けることで、心臓が破裂しそうだ。
 西のはずれの高台に続く、長い上り坂にさしかかったところで、ぼくは足を止めた。
「もうだめだ」
 もう一度、夜空を見上げた時、翼竜が、一瞬、高く舞い上がると、大きく二度三度 と羽ばたきをして、高台に舞い降りた。
 ぼくは、流れ落ちるひたいの汗をぬぐった。
 周りを見わたすと、ひっそりと静まりかえり、明かりひとつない。
 何も考えずに、夢中になって走り続けてきたが、ひょっとすると、あまり来てはい けない所に来てしまったようだ。
 この高台には、みんながゆうれい屋敷と呼んでいる古い洋館があるのだ。去年の夏 休みに一度来たことがある。
 あの時は、昼間だったが、何か出そうな、異様な雰囲気が漂っていたのを覚えてい る。
「よし、行ってみよう」
 ぼくは、坂道の途中で、足を止めて迷ったすえ、意を決して、再び坂を駆け足で登 り始めた。
 高台の上は、野原が広がっており、その中央に、二階建ての洋館が、暗闇の中に浮 かびあがっていた。
 野原は、草が荒れ放題だ。
 ぼくは、背の丈ほどもある草をかき分けながら、ゆうれい屋敷に近づいた。
 あたりを見回したが、翼竜の姿はない。坂道の途中からみたところでは、この野原 に舞い降りたに違いはないのだが……。
 その時、暗闇の中に動く人影があった。
 ぼくは、草のしげみに身を隠して、ゆうれい屋敷の門の前に立つ人影をうかがった。
 雲が途切れ、差し込んだ月明かりに映し出された、その人影の正体は、なんとリュ ウだった。
 そして、リュウは、慎重にあたりをうかがうと、ゆうれい屋敷の中に姿を消してい った。
 どれだけの時間がたっただろうか。ぼくには、しばらくの間、目の前に起こったこ とを整理する時間が必要だった。
 リュウも、ぼくと同じように、翼竜を追いかけてここまで来たのだろうか。
 いや、あの様子は違う。
 まるで、リュウは、このゆうれい屋敷の主人であるかのようだった。そして、まる で翼竜がくるのを待っていたかのようだ。
 夏の訪れを告げるかのように、夜になって、暖かい風があたりに吹き始めた。周り の草々がサラサラと音を立てる。そんな暗闇の中にたたずむ自分の姿を想像し、ぼく は、背筋に冷たいものが走る思いがした。
 
 次の日、学校では、ゆうべの翼竜の話で持ちきりだった。
 学校だけではなく、今では、町中が翼竜騒動で大騒ぎだ。
 商店街の青年団では、翼竜捕獲作戦まで立てられていて、その準備が着々と進んで いるらしい。
 テレビ局や新聞社も、地元を始め、東京からも何台もの移動テレビ中継車を繰り出 してきているらしい。
 静かだった町が、ずいぶん騒々しい町に変わってしまった。
 リュウは、といえば、ゆうべのことは何事もなかったかのように振る舞っていた。
 以前から翼竜騒動には興味がない様子だったが、ゆうべは、あの場所にいて、見て いないわけはないだろうに……。
 そういうぼくも、ゆうべの目撃者であるにも関わらず、みんなの話の輪の中にはい る気になれなかった。
 思い切って、リュウに話しかけてみようか。
 リュウは、何か知っているに違いない。
 そう思うのだが、何故かリュウの前に出ると、身構えてしまい、口がきけないのだ った。
 そうこうするうちに、何日かが過ぎ、一学期も終業式を迎えた。
 
 終業式の日の夜、いつになく早く帰ってきたお父さんが、ぼくの部屋に入ってきて、 一冊の本をぼくに差し出した。
「これ、駅前の本屋で買ってきたんだ」
 それは、表紙に「恐竜図鑑」と書かれた厚い本だった。
 パラパラとめくってみると、恐竜の絵と共に、専門的な解説が書かれていた。
「ほら、最近、翼竜騒ぎが盛んだろ。勇希も興味があるかなって思ってね」
 お父さんは、いつも照れた時するように、無造作に髪の毛をかきながら、そういっ た。
 お父さんは、「勇希のため」とかいっているけど、結構、自分が読みたかったに違 いない。
「お父さん。最近の翼竜騒動をどう思う?」
 そうだ、お父さんは、一応インテリだったんだ。意見を聞いてみるのも悪くない。
「そうだな。最初にお父さんが目撃した時は興奮していたけど」
 そうだ。お父さんは最初の目撃者のひとりでもあった。
「冷静に考えてみると、本当に翼竜が存在するとは思えないな」
 やっぱり。常識的に考えたらそうだよな。
「実は、ぼくも目撃者なんだ」
 ぼくは、思い切って、あの夜のことをお父さんに話してみた。もちろん、リュウの こともだ。
「ぼくの見たところ、あれは、本物の翼竜に間違いないと思うんだけど」
 ぼくの話を聞いたお父さんは、しばらく、そのままの姿勢で考え込んでいた。
「う、うん……。非常に興味深い話だね」
 長い沈黙の後、いった言葉は、間をつなぐ時に使う、お父さんのいつもの口癖だっ た。
「なるほどね……」
 と、これもいつもの口癖だ。このセリフが出た時は、言葉とは反対に、まだ何も考 えがまとまっていないっていうしるしだ。
「もし、本当に、翼竜がいたとしよう」
 本当にいるのだ。
「本当にいたとすると、これは、地球上の生物の進化の歴史をぬり変えてしまうかも 知れない重大な発見だ」
 それは、絵美子が以前にもいっていたセリフだ。
「となると、今の騒ぎ方には問題があるな」
 うん
 とぼくはうなずいた。
「興味半分で、騒いだり、捕獲しようとするのは間違っている。対応をもっと真剣に 考えないといけないな」
 そして、再び、お父さんは考え込んだ。
「ちょっと、お父さんにも考える時間をくれないか。勇希も、その本を読んで、少し 恐竜のことを勉強してみたらどうだ」
 そういって、お父さんは、考え込みながらぼくの部屋を出ていった。
 お父さんに話してよかった。
 ぼくはそう思った。
 何かが解決した訳じゃないけど、お父さんが真剣に悩んでくれる、そのことがうれ しかった。
 ぼくが、「恐竜図鑑」を読み始めると、再び、部屋のドアが開き、お父さんが、顔 をのぞかせていった。
「そのリュウっていう少年。やっぱり、何かあると思うから、思い切って話してみる ことだな。友達なんだろ。何も、構える必要ないんじゃないか。結構、その子も悩ん でいるのかも知れないぞ」
 本当に、お父さんに話してみてよかった。ぼくは、再びそう思った。
「友達か……」
「トモダチヲツクリニ、キマシタ」リュウが転校初日にいった言葉を思い出した。
 リュウには、友達ができたのだろうか。
 そうか、ぼくが友達になればいいんだ。
 何故、今日まで気がつかなかったのだろう。
 思い切って、もう一度、あのゆうれい屋敷に行ってみよう。
 そう、心に誓ったのだが、それが今夜、実現されることになろうとは、その時は思 ってもみなかった。
 
 
<南の島の秘密>
 
 明日から夏休みかと思うと、うれしくて、なかなかねむれないものだ。
 ぼくは、これから始まる長い休みの前夜を、ベッドの中で、お父さんに買ってもら った「恐竜図鑑」を読みながら過ごしていた。
 その本には、恐竜の種類、歴史、滅亡の理由などが、こと細かに書かれていた。
 そして、あるページを開き、そこに書かれている、ある恐竜学者の描いた想像図と その解説を読んで、ぼくの頭の思考が停止した。
 いや、停止したのではない。その逆だ。ものすごい速さで、回転したのだ。一学期 の始業式の日から、今日までのできごとのひとつひとつが、浮かび上がっては消えて いった。
 そうだったのか。
 いや、まさか、そんなことが。
 ぼくは、居ても立ってもいられなくなり、ベッドから跳び起きると、部屋の中を歩 きだした。
 考えた。
 今まで起こったことを全て。
 ひとつひとつ、絡んだものが解けていく気がした。
 そうか!
 ついに、ひとつの仮説にたどり着いた。
 そして、気がつくと、本を手に、家を飛び出していた。
「あのゆうれい屋敷へ行くつもりなんだ」
 興奮する頭の中で、まるで、自分が他人のようにそう思っていた。
 見上げると、月が白く輝き、周りの星たちの光をかき消すほど、明るい夜空だ。
 今夜も飛ぶのだろうか。
 もう飛ばないでくれ!
 ぼくは、夜空に向かってそう叫びたかった。
 今の大人たちには、君たちを受け入れることなんてできやしないのだから。
 ゆうれい屋敷に向かうぼくの足は、いつの間にか、駆け足になっていた。
 ぼくの仮説が正しいかどうかわからない。
 それを確かめに行くんだ。
 もし、ぼくの仮説が正しいとしたら、リュウを助けられるのは、ぼくしかいない。
 そんな気がした。
 そして、何故、もっと早く気がついてやれなかったのか、後悔した。
 今から思えば、リュウはアラームを出し続けていたのに。
 あの、リュウの訴えかける目が脳裏によみがえった。
 あの夜、駆け足でかけ登った、高台に続く坂道にさしかかった時だった。
「ワーッ」
 という大勢の人々の騒ぐ声が遠くから聞こえてきた。
 振り向くと、東の空に浮かんだ明るい月を背景に、夜空を滑空する翼竜の姿が目に 映った。
 町の中心から、二本、三本と光の柱が立ち登った。テレビ局が用意した照明用のラ イトに違いない。
 光の柱が、飛び続ける翼竜の後を追って移動し始めた。
 翼竜狩りが始まってしまったのだ。
 もう遅いかもしれない。
 そう思い、ぼくは、一気に坂道を駆け登った。
 あの時と同じように、ゆうれい屋敷は、丈の高い草の生えた空き地の真ん中で、不 気味な姿を現していた。
 ぼくは、草をかき分け、ゆうれい屋敷に近づいた。
 ゆうれい屋敷の門を通り抜け、ドアの前に立ったぼくは、もう一度、屋敷全体を見 渡すと、重いドアを開け、中にはいった。
 玄関に足を踏みいれ、ドアを閉じると、月の明かりが閉ざされ、真っ暗闇に変わっ た。
 しばらくぼくは、そのままの姿勢で目が暗闇になれるのを待った。
 目がなれてくるとあたりの様子が見て取れた。
 思ったように、屋敷の中は、外見ほど荒れていない。人が住んでいるかのようにき ちんと片づいている。
 そう、人が住んでいるのだ。リュウが。
 そう思った時だった。玄関の廊下の奥でひとつの光が揺らめいた。
 ぼくは、少し、身構えたが、驚きはしなかった。
 光は、上下左右に揺れながら、次第に近づいてきた。
 ろうそくの光だ、とわかるまで近づいた時、光を手にする人物の顔が浮かびあがっ た。
 やはり、リュウだ。
「立花君か。どうしてここへ?」
 リュウの声が暗闇に響く。
 ぼくは、何から話していいのかわからなかった。頭の中が混乱していたのだ。
「この本を見て、来たんだ」
 そういって、ぼくは、本を差し出した。
 その手が震え、ぼくは、本を床に落としてしまった。床に落ちた本は、パラパラと ページがめくれ、しおりがはさんであった問題のページが開いた。
 リュウは、興味深げにその本を拾い上げると、問題のページに目をやった。
「そうか。これを読んで、ここに来たというわけなんだね」
 リュウは、そういって、ぼくの顔をのぞき込んだ。何もかも見抜いてしまいそうな、 冷たい目だ。
「君の考えていることは、ほぼ当たっているよ」
 そういったリュウの目が、暗闇の中でキラリと光った。
 その問題のページには、ある学説にもとづいて描かれた想像図があったのだ。その 学説とは、恐竜が滅びることなく、そのまま生存し続けたとしたら、人間の体型をし た、人間型の恐竜に進化していたであろう、というものだった。
 そして、そこに描かれた人間型恐竜の姿や、顔の表情が、リュウそっくりだったの だ。
「君の想像通り、ぼくは、恐竜の子孫、すなわち、恐竜そのものさ」
 何もかも、ぼくの考えていることを知っているかのように、リュウは話し始めた。
「今から、およそ一億年ぐらい前のことだ。 恐竜時代の最盛期に、大きな地殻変動があり、 大陸から大地が切り裂かれ、島ができたんだ。 多くの恐竜たちと共にね」
 リュウは、まるで、昔を思い浮かべるかの ように、遠くを見ながらそういった。
「それ以来、その島は、大陸とはまったく違 う進化の道をたどり始めたんだ。……大陸で は、恐竜たちは滅び、君たちほ乳類の時代が おとずれた。しかし、その島では、恐竜たち が生き残り、恐竜たちが進化し続けたんだ」
 ぼくは、あいまいながら、そんなことを想 像していたのだが、実際に、リュウの口から そのことを聞いて、心臓が鼓動が高鳴るのを 感じた。
「ぼくたちは、人類ほど文明は発達してはい ないけど、それなりに楽しく、しあわせだっ たよ。……ところが。ここ数年、異常気象が 続いてね。去年、ついに、島の南半分の森林 が海に沈んでしまった……。多くの仲間と共 にね」
 リュウは、悲しそうにうつむいた。
「ぼくたちはいろいろと考えたよ。僕たちが 生き残るための手段をね。……結局、この異 常気象の原因は、君たち人類にあるんだ」
 リュウは、怒りを込めた目で、ぼくを見す えた。
「君たち人類の、無計画な森林伐採、二酸化炭素の排出、無意味な戦争、それら全て がこの地球をおかしくしてしまったんだ。……でも、今、ぼくたちを救うことができ るのも、君たち人類しかいない。それも事実なんだ。……それで、ぼくたちは、本当 にぼくたちのことを助けてくれる、友だちを作るために、全世界に使者を出したんだ」
「トモダチヲツクリニ、キマシタ」あの言葉にはそういう意味があったのか。
「そして、ぼくは、この町に来た」
 その時、屋敷の裏から、風の舞うような、大きな音が聞こえた。
「あの翼竜は、ぼくたちの乗り物さ」
「えっ! 翼竜が戻ってきたの?」
 ぼくの思考が回転し始めた。
「危ないよ。早く逃げないと。町のみんなが、君たちを捕まえにくる!」
「そう、それがぼくには、一番怖かった。……友だちを作りに、ぼくたちを助けても らいに来たのに。君たち人間が、ぼくをどう見るだろうか。ぼくが、恐竜だと知った ら、どんな態度を取るだろうか。ここに来てからのぼくは、毎日が恐怖の連続だった」
 そうか、リュウが時折見せていた、あの訴えるような悲しい表情は、人間たちにお びえる表情だったんだ。
 たったひとりで、この町にやってきたリュウ。
 不安と、恐怖の中で、友だちを探しに、やってきたリュウ。
 どんなに辛かっただろうか。さびしかっただろうか。怖かっただろうか。
「ぼくは…、ぼくは、リュウの友だちだよ」
 ぼくは、何をしゃべっていいのかわからなかったが、心の中が熱くなるのを感じ、 その想いが言葉になって飛び出てきた。
「今のみんなは、君たちに対して、どうしてあげたらいいのか判断できなくなってい るんだ。でも、きっと、ぼくが、みんなに分からせてみせる。ぼくたちが、何をしな ければいけないかを」
 その時、屋敷の外が昼間のように明るくなった。無数の照明用のライトが屋敷の周 りを取り囲み、光を投げかけているのだ。
「ぼくの役目が果たせたよ。友だちが二人もできてよかった」
 二人?
 ぼくが、見返すと、リュウの背後に、いつの間にか人影があった。
 リュウのロウソクに照らされ、顔が浮かび上がった。
「健二!」
 ぼくは、思わず、涙があふれ出てくるのを感じた。
「勇希。今は、リュウを守ることが先決だ」
 そういうと、健二は、玄関のドアまで走り、鍵をかけた。
 耳を澄ますと、ドアの外に、忍び寄る足音が聞こえる。
「ディフェンスは、ぼくの専門さ!」
 そういって、ぼくは、二人に気がつかれないように、目にたまった涙を拭うと、ド アに身体を寄せ、ドアの取っ手を力強く握りしめた。
 ドン!
 ドアをたたく音が響き、ぼくの身体に衝撃が走った。
 健二もドアに、身体をあずけ、ドアを押さえつけた。
 ドン!
 さっきより強い衝撃だ。
「リュウ、今のうちに、早く! 逃げるんだ!」
 健二が叫ぶ。
 しかし、リュウは、その場に立ち尽くしていた。
「早く!」
 再び健二の声。
「早く南の島に戻るんだ。きっと、おれと、勇希が、いつの日か、きっと助けに行く」
 うん
 リュウは力強くうなずくと、階段へと向かった。
 二階まで駆け上がると、リュウは振り向き、ぼくたちに向かっていった。
「本当にこの町に来てよかった。君たち二人に会えて、本当に、よかった」
 ドン!
 リュウの姿が、闇の中に消えると同時に、ドアが吹き飛ばされ、ぼくと健二は、壁 にたたきつけられた。
 男たちが数人、玄関に入り込んできた。ライトを背にしたその男たちの姿は、獣の ように見えた。
 男たちの手にした懐中電灯の光が、暗闇の中のぼくたちの姿を浮かび上がらせた。 「なんだ、お前たちは」
 それはこっちのセリフだ!
「翼竜はどこだ!」
 誰がこたえるものか!
 二階から、羽ばたく音がした。
「二階か?」
 一人の男が階段に向かった。
 ぼくは、その男めがけて跳びかかった。
 ウッ
 といって、男はいったんのけぞったが、大人の力にはかなわない。ぼくは、再び壁 に投げつけられた。
「待て!」
 といったが、おもいっきり壁にぶつけた腰が痛くて立ち上がれない。
 ギャー!
 突然、暗闇の中で、男の叫び声が上がった。
 ぼくを投げ飛ばした男が、階段から転がり落ちてきた。
 男の持つ懐中電灯が照らし出したのは、男の足にかみついた、一匹の大きな犬の姿 だった。
 クロだ!
 ぼくは、どこからか勇気が湧くのを感じ、痛みが吹き飛んだ。
 その男は、手にしたこんぼうでクロをたたきつけた。
 ボコ!
 と鈍い音。
 しかし、クロはかみついた足を放そうとしない。
 ぼくは、起き上がると、その男のこんぼうを持つ右腕に跳びついた。
 その時、二階から、再び羽ばたく音がしたかと思うと、外から、「ウォー」という 声があがった。
 ぼくと健二は、あわててドアから外へ飛び出た。
 ゆうれい屋敷の周りは、おびただしい数の人と車の渦だ。
 今まで、ゆうれい屋敷に当てられていた光の柱が、夜空に向かって立ち登っていた。
 その光の先に、リュウを背中に乗せた、翼竜の姿があった。
 翼竜は、まるで、ぼくと健二に別れを告げるかのように、二度、三度と旋回すると、 南の空遠くに消えていった。
 
 
<朝日の中で>
 
 ぼくが、夏休み初日の朝日を浴びたのは、警察署の門の前だった。
 ぼくと健二の二人は、一晩中、昨夜のできごとを警察に聞かれていたのだ。
「本当のことは内緒だからな」
 健二は、あの騒ぎの中で、ぼくの耳元でそうつぶやいた。
 ぼくもそう思っていた。今の大人たちには、この事件の真実を理解することはでき ないだろう。
 案の定、大人たちは、この翼竜騒動を、ぼくと健二のいたずらということで、決着 をつけようとした。ぼくたちが、翼竜のカイトを作って、飛ばしたというのだ。
 それも、あまり信じられないような話しではあったが、大人たちには、真実よりは、 まだ、信じられる話しだったのだろう。
 それで、ぼくと健二は、さんざん、お説教を聞かされていたのだ。
 背後からぼくのお父さんが、ぼくと健二との間にはいって、二人の肩を抱いた。お 父さんも、一緒に、一晩中しぼられた仲だ。
「この件には、リュウという少年が関わっていたんだろ」
 健二がぼくをにらみつけた。
「そのことは、誰にもいわなかったんだな」
 うん
 と仕方なく、ぼくと健二はうなずいた。
「お前たちが、それで正しいと思ったのなら、それでいいんじゃないか」
「そう。リュウとは友だちだから」
 ぼくは、お父さんを見上げてそういった。
 そう、友だちなんだ。
「勇希。お前の父さん、結構話しの分かるいい奴じゃないか」
「そうさ。いい奴だよ」
 ぼくは、笑顔で健二にこたえた。
 リュウ。いつの日にかきっと、君たちを助けに行くよ。リュウの島を助けるために。 そして、この地球を救うために。
 ぼくは、夏の強い日差しを降り注ぎ始めた朝日を見上げて、そう心に誓った。
「勇希くーん」
 振り返ると、タクシーから降りたお母さんが、手を振っている。ニコニコ笑いなが らかけ寄ってくる。
「すごいわね。勇希。聞いたわよ。あの翼竜、勇希が作って飛ばしていたんだって?  お母さんにも見せてよ」
 相変わらずのお母さんだ。
 うん
 ぼくは、健二と、そして、お父さんとお母さんと一緒に、何かリュウのためにやれ そうな気がした。
 あっ
 もう一人、いや一匹忘れていた。
 駐車場の向こうから、一匹の犬がぼくらの姿を見つけて走ってくる。
 今日からクロも友だちだ!
「よし、健二、がんばろう!」
「よし、勇希、やるぞ!」
 ぼくたちは、そういい合いながら、走ってくるクロめがけて駆け出した。
(イラスト 星川千秋)