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旅の途上で −Song for Alisa−    星 洋一

 
長い旅の途上で その店に立ち寄ったのは
確率の問題なのか それとも運命だったのだろうか

「アリサ!」
カウンターの向こうの彼女を見たとき 僕は思わず叫んでしまった
彼女は怪訝な顔をして 突然の客を見つめた
その目も表情も 服の趣味も後ろでまとめた髪型まで 
 彼女はアリサそのものだった
しかし
 「すまない 人違いだ」
  彼女がアリサであるはずはなかった   
 そして僕は確信した
ああ 彼女もAHG54XXなのだな と

時間外れの店には 他に誰もいなかった
僕はカウンターに座り ホットドッグとコーヒーを頼んだ
彼女はこの奇妙な客を いつか見た笑顔で迎えてくれた
その微笑みがアリサを思い出させたからか
 さっきの間違いの照れ隠しのためか
  初対面のはずの彼女に 僕は少し 昔話をする気になった

アリサは僕の恋人だった 二人は無条件に愛し合っていた
彼女がAHGであることも 僕がオリジナルであることも
 何も壁にはならないと 二人は希望に満ちていた
真面目に結婚も考えた しかし
 立ちふさがったのは 血もつながっていない 彼女の両親だった
  保証のない遺伝子の持ち主と娘を一緒にするわけにはいかない と

友人は無駄だと言ったが 僕はラボに検査を申し込んだ
僕のDNAに何も異常がないとわかればよかった
長い時間と 高い検査料の果てに
帰ってきた結果は
 変異率 000.2%
 既知の遺伝子
  病的遺伝子総合 005
  犯罪誘発可能性遺伝子 003
 未知の遺伝子 284
 総括
  将来 遺伝病発現の可能性あり
  その他 不安定因子多し
  WGL規格での保証はしかねる
 
オリジナルはみんなこんなもんだよ と
 友人は慰めてくれた
  誰もがいずれ病んで 死んでいくんだ
  子供はAHGを買えばいいじゃないか
でも 僕はアリサに別れを告げた
 それがアリサのためなのだ と
アリサは泣いた
 身を引いたのは僕の方だった

いや 僕は逃げたのかもしれない

「アリサさんは 幸せでいるのですか?」
カウンターの彼女はそうたずねた
「ああ 優秀なAHGの男と結婚した」
それでよかったのさ 僕はそう思うしかなかった
「僕のことなんか忘れたほうがいい 幸せなら」
「いいえ」
 彼女は潤んだ瞳で 優しく言った
  僕ははっとした アリサが目の前にいるようで 
「アリサさんはけっして あなたのことを忘れないでしょう」


  見ろよ 窓の外を 珍しい奴がいるぜ
   あのモデル顔のへらへらした男さ
  あいつはヴァントンラボの 限定50個のプレミアムタイプだ
   ノーベル賞科学者にも オリンピック選手にもなれるはずの男さ
  あいつのDNAにはヴァントンのシンボルマークと
   自分を高く売るためのシリアルナンバーが入っているんだぜ
       人間の前途なんて金で買えるのさ


 Advanced Human Genome
 発展型ヒトゲノム
  それは 優秀な遺伝子をつなぎ合わせ
  危険因子を取り除き 人間を作る完全なゲノムにしたもの
 罪深き科学が生み出した商品だった
 AHGは親たちに買われ 
  卵細胞に移植され
   たくさんの子供たちが生まれた

 同じ顔の子供たち
  多様性を失っていく種
   やがて一つに収束し・・・
 僕の遺伝病は 未だ発現する気配すら見せない
 でも人類は その長い歴史の終わりに 
  かくも緩やかな病を選んだのかもしれなかった

「オリジナルって すばらしいですね」
カウンターの彼女は お世辞でなく笑った
「だって 世界で一人しかいないんですよ」
そのあまりにも素直な言葉に 僕も笑った
 アリサも昔 そう言ってくれた


長い旅の途上で その店に立ち寄ったのは
確率の問題なのか それとも運命だったのだろうか
これからどこに向かうのか 僕にもわからない
ただ一つ 心に決めたことがあった
 いもしない自分の分身を探すのはやめよう と


                    fin
  


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