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「ヘルメスよ、ハデスに我の名を告げよ」      イズミカズヨシ

 
 彼らは波として生きているのである。ある一定の範囲に人格が形成され、人間でい
う脳プロセスは無数の波の伝達によって行われるのだ。速い速度で波長形態を変遷さ
せていくため、ガンマ線、X線をはじめありとあらゆる波長として人間に影響する。
時には色として、時には音として。
「アナタガタハ、タダ波長ノ乱レトシテ感知デキル・・・・と言っています」
 ヘルメスの硬質な声が私の耳に感知された。私は興奮しきっていてこれからどう対
処していくべきか冷静に考慮できなかった。

 第一次アンドリュー計画が行われたのは私の生まれる遥か昔、七千年前のことだっ
た。その頃ようやく発展しだしてきたアンドロイド技術を利用して、ただ耐久性のみ
に追求したおそろしく安価な宇宙船にアンドロイドを乗せ、各星系に向けて発射され
た。もちろん地球外知的生命体の発見のためであった。その後、同様にアンドロイド
を使った宇宙開拓が開始され、地球から300万キロごとに通信用レピーターが設置
された。そのレピーターを使って電波を中継するのだが、おかげで太陽系内はおろか、
周辺星域にまたがって、宇宙は灰色の機械で埋め尽くされた。

 今朝になってから・・・・ヘルメスやジルが騒ぎはじめていた。時々船内の許容基準値
を上まわる強力な波長帯が発生するのだと言う。
「問題はあるのか?」と聞くと、
「いえ、不思議なことに、コンマ1秒単位以下で発生し、そして消滅するのです」
「それくらいなら君にもぼくにも害にはならないんじゃないか?ヘルメス」
「・・・・しかしこれが長時間に及べば話は別です。早急に原因を調査します」
「頼むよ」
 ジルの方を見ると、このおかしな現象を楽しんでいるのか、有害線が発生する度に
「うきゃきゃ」とはしゃぎながら床を転げまわっていた。

 人類は時を経て創造主になった。人々の体は擬似組織によって半不老不死を得、人
格・生命の創造までをも可能にした。ただ、創造主も時空に関する項目だけは、つい
ぞその手を忍ばせることはできなかったのだ。
 人の領域は地球を中心として半径1光年の範囲に及んだ。未開の星を探索し、無限
の資材の供給を実現した。しかし、その領域も銀河のそれに比べれば、宇宙の点に過
ぎなかったのである。

「マスター・ルアク。許容外波長帯の発生率が拡大しています。現在は22分15秒
間に0.073秒の発生ですが、間隔は徐々に短くなっていることは明らかです」
 ヘルメスの声は依然冷静だったが、その危険性に対する緊張は私にも伝わった。
「ヘルメス、それで原因はまだ不明なのか」
「明確には分かりません。しかし、どうやら私たちの船自体がこの奇妙な波長帯の域
に入り込んでしまったことは確かなようです」
「波長の発生中心座標を教えるんだ。すぐにここから・・・・」
「申し訳ありません、マスター・ルアク。私にはこの波長帯が理解できないのです」
「どういうことだ、この波長域から抜け出せばすむことじゃないのか」
「つまり、各波長はこの船内に突如として発生し、そして次の瞬間には消滅している
のです。もしくは、その波長は私の認識限界域を超えている可能性があります」
「なんてことだ・・・・」

 人類は終末期にあった。第12次アンドリュー計画時には、併行して人間自身によ
る探索も開始された。そしてそれら壮大な計画は、99回目をもって、はかなく終了
した。成功の予感さえも感じえることなく・・・・。
 かつて信じた異星人の存在が、時が過ぎるにつれ薄れつつあった。人々は感じ始め
ていたのだ。異星人なんて宇宙のどこにもいない・・・・我々は宇宙の孤独なのだ、とい
うことを。
 擬似生命活動学を大学で研究していた私が、「最後の希望峰」計画に志願し、任命
されたのは、この頃だった。

「マスター・ルアク・・・・。とんでもないことが起こりました」
 アンドロイドであるヘルメスの動揺などありえないことだったが、事態の深刻さに
私にはどうしても彼が動揺している、ということを感じ得ずにはいられなかった。
「たった今、あるメッセージを受信しました。これから朗読します。・・・・ワレワレハ
アナタガタニ出遭エタコトヲ嬉シク思ウ・・・・。以上です」
 私はその状況が全く理解できなかった。このどこまでも無限に広がる漆黒の空間の
中で・・・・、わずかな壁を隔てた一歩外は、1立方センチメートル内に水素原子が2個
あるかないかの限りなく真空に近い空間であるという状況下の中で・・・・、たった今、
どこからともなくヘルメスがメッセージを受信した・・・・。それがいったいどんな意味
を持ち、いったいどんな価値を持っているというのか!
「つぎつぎと送信されてきます。ごく高い波長で・・・・彼らは英語を話しているのです!」
「彼ら・・・・、彼らとはなんだ・・・・ヘルメス」
「・・・・最初ニアナタガタノ存在ヲ認識シ、コミュニケーションガ可能ニイタルマデノ
分析ニ、9600年ヲ要シタ。コノ値ハ相対的時間デアリ、アナタガタノ感覚デハ2
時間ホドデアル。
我々ノ一個体ニオケル寿命ハ、アナタガタノ時間デ60秒ホドデアル・・・・現在ノ伝達
モ、我々ノ大勢ニヨッテ何世代ニモ渡リ行ワレテイル・・・・理解デキタカ?・・・・」
 ヘルメスは遠く見るかのように目の焦点をぼんやりさせて一気にそう呟いた。
「ヘルメス・・・・!私の言葉を伝えてくれ!すぐにだ!・・・・理解した、と!」
 ほんの僅かな時間を置いてすぐさまヘルメスは「伝えました」と言った。息をつく
間もなくヘルメスは次のメッセージを喋りはじめた。
「コノメッセージハ、我々ノ共同意志声明デアル。我々ハアナタガタト友好的関係ヲ
希望スル・・・・」
「そうか!ヘルメス!ぼくらはついにやったんだな!」
私は胸の興奮を押さえ切れず、ヘルメスに抱き着いてそう叫んだ。が、ヘルメスは何
の反応をしめすわけでもなく、ぎこちない動作で私の顔を見、ただこう呟いた。
「マスター・ルアク。申し訳ありません。彼らが我々とコンタクトをとる前に気づく
べきでした。彼らの存在は我々には悪影響を及ぼしま・・・・す・・・・。私の・・・・機能はも
う正常に・・・・動作・・・・」
 ヘルメスは最後まで喋ることなくそのまま停止した。意識が遠くなるのを感じた。
私は立っていられなくなり、その場に倒れ伏せた。視界の隅で、あれほど元気だった
ジルが単純な機械仕掛けのように体をバタバタさせ、やがて動かなくるのが見えた。
私は、まだヘルメスが完全に停止していないことを祈りつつ、最後の力を振り絞って
こう言った。
「レウ・ルアクだと伝えてくれ・・・・!私の名はレウ・ルアクだと!地球という星から
来たレウ・ルアクだ・・・・と・・・・!」





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