[目次へ]
看 板 筑紫破京
議会で次のような法が制定された。 広告の掲示の禁止……つまり看板の禁止である。 何故こうなったのか? 先日総理大臣が、看板に顔をぶつけたのが事の発端だった。 あまりにもの激痛に激怒した総理は看板を禁止してしまったのである。 通常の国会ならばこのような馬鹿馬鹿しい法案など通る訳が無いのだが、与党が一 党独裁状態にある、この国の国会では話が全く違った。 まず、この法が施行されて激怒したのは、看板職人だった。 どうあがいても、失業は免れない。早々に転職する者とデモに参加する者の2タイ プに別れて活動を開始した。勿論それと共に看板作成業務を行っている職人は姿を消 した。 次にあおりを受けたのは、映画館である。地方の映画館などは配給が遅れることが ままあるため、町中にある映画館の看板が無いと現在どのような映画がやっているの か判りづらい。ただでさえ地方の映画館は閑散としがちであるのだから、全く迷惑な 話である。 しかし、こちらは全く廃業しなくてはならない程深刻ではなかったので、デモに走 るものはそれ程いなかった。 次にあおりを受けたのは、看板作成の材料を扱っていた店である。アクリル板を始 め、アルミ業者、材木業者、そしてネオン業者等があおりを受けた。 中でも、ネオン業者は完全に廃業である。 やはりここでも、デモに加わる者の比率は痛手を被った度合いが高いもの順だった。 代わりに利潤を得た業者もいる。 地方情報誌や、地方新聞社、テレビ局…いわゆるマスコミと呼ばれるたぐいである。 何せ、看板を掲げる事が出来ないので、何処にどんな店があるのか非常に判りづら くなっている。そこを地方情報誌等が地図を中心に掲載を開始し、それが爆発的に売 れた。 当然新聞社やテレビTV局も同様の事をし契約件数を伸ばしていった。 マスコミは手放しで内閣を誉め、国民の嘲笑を買った。 電工関係の業者も次第に利益を伸ばしていった。文字を使う広告である看板が使用 出来ないというのを逆手にとり、音ならば掲示した事にはならないだろうと、世間で は音の広告が普及し始めたからである。 現代において、音を効率良く路上を歩く人々 に伝える最高の手段はスピーカーを使用する事である。当然のごとく街のあちこちの 店頭で、スピーカーを見かけることになり、その為街は依然よりも騒音のdbが上が った。 当然、スピーカー業者は現在の内閣を支持する側にまわった。 この現状に我慢しかねた国民は看板禁止法撤廃のデモに次第に参加するようになっ ていった。 勿論、ある種の職業の人間を除いてである。 当初このデモでは要求内容を看板にでかでかと記し、街を練り歩いていたため、看 板禁止法違反で何人もの人間が検挙された。デモのある度に留置所が人であふれかえ るため、臨時の留置場を建設する警察署も少なくはなかった。 当然、国民も馬鹿ではない。しばらくすると、街頭の広告同様、スピーカーのみで のデモに変わっていった。 スピーカーのデモといっても、リーダー格の人間2、3人がスピーカを使っている 訳ではない。デモの参加者が全員が声をそろえて言うのである。 それは一種異様な雰囲気であり、何かの新興宗教の信者のようにも感じられた。 マスコミは当然それを批判し、各デモ隊のリーダー格の人間の私生活を暴き公表し た。 当然それを裁判沙汰にする人間や、マスコミを批判するアングラ誌を創る組織も現 れはじめた。完全に国は混乱に包まれはじめた。 しかも街は音で埋め尽くされ、街の郊外の人々さえも、騒音の為に眠る事を許され なかった。 ある日、アングラ誌上で全国デモ隊に一度上京し一丸となって首相官邸へ押し迫ろ うと言う呼びかけがなされた。 デモ隊の数は次第に増し、首相官邸へと迫って行った。 当然、首相官邸は音の大洪水に包まれた。首相は、この状況を打開するため、側近 と供に様々な案を巡らせた。 当然ながら、スピーカーをつかって呼びかけても相手の音量が半端で無いため、話 にならない。 2時間ほど騒音の中で思案を巡らせた結果、一番ベストな方法にたどり着いた。 デモ隊が取り巻く中、突然首相官邸に大きな垂れ幕が掲げられた。 「看板禁止法は撤廃するからいい加減、静かにしてくれ! 首相」 この垂れ幕を書いた主である時の総理大臣は逮捕された。罪状は看板禁止法違反で あった。
読んでいただいた感想(よかった or よくない)をお寄せ下さい
詳細なご感想、ご意見はこちらまで
![]()
[目次へ]