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正義のケータイ電話          中倉 哲

 
 つよしは、いじめられっ子だった。いつからというのもわからない。気が付いたら、
いじめられっ子になっていた。かばんに、かびの生えたパンを入れられたり、「弱虫
のくせに、つよしだって」と名前のことで笑われたりしていた。
 今日は学校の女子トイレに、つきとばされた。とたんに、中にいた女の子達が悲鳴
をあげて逃げ出していった。つよしはその後、先生によばれて、こっぴどくしかられ
たのだった。
「あ〜あ。なんで僕ばっかりいじめられるんだろう」
 学校からの帰り道、つよしはうなだれながら歩いていた。
「だれか、僕を守ってくれないかな」
 そんなことを、ぶつぶつとつぶやきながら歩いていると、前の方で、「ゴトッ」と
何かが落ちる音がした。
 つよしが、音のした方に目をあげると、そこには黒くて細長い、はこのようなもの
があった。
「…ケータイ電話だ」
 近くまで行ってみると、ケータイ電話であることが分かった。
「なんで、こんな所にケータイが…」
 つよしは、なにげなくケータイを拾った。とたんに、
「プルルルルッ、プルルルルッ」
とケータイが鳴り出した。つよしはおどろいて、ケータイを放り投げた。それでもケ
ータイは、こわれもせずに、鳴り続けていた。
 つよしは、辺りを見回した。誰か近くを通っている人が落としたケータイなのでは
ないかと思ったのだ。しかし周りには誰もいなかった。
 つよしは、もう一度ケータイを見つめると、思い切って電話に出てみることにした。
「…も、もしもし」
「あ、でたでた。君はつよし君だね」
 電話からは、やたらと元気のいい男の人の声がした。
「は、はい」
「僕はスーパー・ウルトラという正義の味方だ。君が助けをひつようとしているよう
だったので、このケータイ電話を君のところに送ったんだ。困ったことがあったら、
いつでも呼んでくれ。それじゃ!」
 男の人は、それだけ言うと電話を切ってしまった。
「…僕を助ける?」
 つよしは、もう一度辺りを見回した。今度は、へいの上や電柱の上なども見てみた。
しかし、誰もいなかった。どうやら、誰かのいたずらでは、なさそうだ。
「そうか、正義の味方が僕のことを助けてくれるんだ」
 つよしの顔が、パッと明るくかがやいた。
「やった! 正義の味方が助けてくれるってことは、もういじめられないってことだ!
 ううん、逆にあいつらをいじめかえせるかもしれない」
 つよしは、そう考えると、うれしくてたまらなくなった。もう、こわいものなどな
かった。何て言ったって、今のつよしには正義の味方がついているのだ。自分の思い
通りにならないものなど何もない。つよしは、家までスキップで帰っていった。

 次の日。
 つよしは、いつもより早く起きた。今日は学校に行くのが楽しみでしょうがなかっ
た。今までの仕返しをしてやろうと思っているのだ。
「いってきまーす」
 つよしは、元気よく家を出た。ケータイは、ズボンのポケットに入れてある。
「いじめっ子達が、僕をいじめようとしたら、ケータイで正義の味方をよぶんだ。そ
して、いじめっ子達をやっつけてもらうんだ」
 学校に行く道でつよしは、いじめっ子達を、どうやってやっつけてもらおうかと考
えていた。
「プルルルルッ、プルルルルッ」
 突然ケータイが鳴り出した。つよしはびっくりして立ち止まった。
(まだ、助けてもらう必要はないんだけどな)
 と思いながらも、ケータイを耳にあてた。
「つよし君、こまるんだよね。そんなことされると」
 電話から聞こえてきた声は、昨日の正義の味方の声だった。だけど、何だか不機嫌
そうだ。
「え?」
 つよしには、何のことだかさっぱり分からなかった。
「『え?』じゃないんだよ。君は今道路の左側を歩いているだろ。こまるんだよ。人
は道路の右側を歩かなくちゃいけないだろ。それはわかるよね」
「はぁ」
 つよしは、正義の味方が何をおこっているのか、分からなかった。たしかに、つよ
しは道路の左側を歩いていた。だけどそれは、横断歩道の所にいくまでの、ほんのち
ょっとの間だけなのだ。学校には道路をわたらないと行けないから、どっちにしろ道
路の右側を歩くことになるのだった。
「僕はね、正義の味方なんだ。ルールが守れない子は、やっつけなくちゃいけないん
だ。だからルールを守るようにしてくれ。いいね。今すぐ道路の右側を歩くんだよ」
 正義の味方はそれだけ言うと電話を切ってしまった。つよしには、まだ何がいけな
いのかよく分からなかった。しかし、正義の味方にやっつけられてしまうのはこまる。
横断歩道はまだ先だけど、つよしは道路をわたって道路の右側を歩き出した。
「プルルルルッ、プルルルルッ」
 また、ケータイが鳴り出した。
「もしもし」
「何てことをしたんだ。横断歩道でもないところをわたるなんて」
 正義の味方の声は、悲鳴に近かった。つよしのやったことが、信じられないといっ
た感じだ。
「で、でも、今すぐ道路の右側を歩けって…」
「そんなことは、関係ないだろ! もうこれ以上ルールにいはんしたら、僕は君をや
っつけることになるよ」
 そういって、正義の味方は電話を切った。
「む、むちゃくちゃだ…」
 道路の左側を歩くな、今すぐ右側を歩け。と言うから、道路をわたった。そうする
と今度は、横断歩道のないところをわたるな。と言う。
(どっちも正しいことだけど、今の場合は、どっちかは、ゆるしてくれたっていいじ
ゃないか)
 つよしはそう思ったが、いじめっ子達をやっつけてもらうまでは、がまんしようと
思った。
 ルールを守ろうと努力したおかげで、学校にいる間に、ケータイが鳴ったことはほ
とんどなかった。一回だけ、昼休みに電話があって、「よいこは、外で遊ぶもんだ」
と言われた。しかたなくつよしは、校庭に出てぼんやりと昼休みをすごした。
 休み時間の間には、いつものようにいじめられた。でも、今日で最後だと思うと、
つらくはなかった。逆に、今までの分をまとめて返せると思うと、うれしくなった。

 放課後。
 つよしは、校門の前に立って、いじめっ子達がやってくるのを待っていた。いじめ
っ子達はすぐにやってきた。
「お、弱虫つよしだ。いじめられるために待ってたのか」
 いじめっ子のリーダーである、としはるが言った。
「ちがう。いままでの仕返しをするために、待っていた」
「ハン! おもしろい。やれるものならやってみろよ」
 いじめっ子達は、つよしを囲むようにして近づいてきた。
「こっちには正義の味方が付いているんだ。おまえらなんか、簡単にやっつけてくれ
るさ」
 つよしは、ズボンのポケットからケータイを出すと、電話をかけた。
「はい、スーパー・ウルトラ」
 何回か呼び出し音がして、ようやく正義の味方がでた。なんだか眠そうな声だった。
「僕です。つよしです」
「ああ、つよし君か。どうしたんだ、何かこまったことでも起きたのか」
「今、いじめっ子達にいじめられそうなんです。早く助けに来て!」
 つよしは、大急ぎでそれだけ言った。これで正義の味方に助けてもらえる。
「よし分かった。それじゃ、君に勇気の出るおまじないを教えてあげよう。君は、自
分が正しいことをしてると思うかい?」
「え、…はい」
 思いもしなかった質問に、つよしはとまどった。
「そうか、じゃあ大丈夫だ。『正義は必ず勝つ』という言葉があるから、きっと君が
勝つよ。じゃあ、がんばるんだよ」
 正義の味方は電話を切ってしまった。
「え、ちょ、ちょっと…」
 つよしは、あわてて正義の味方を呼んだ。しかし、相手からの返事はなかった。

(いけない)
 つよしは、自分がいじめっ子達に、すっかり囲まれていた。もう逃げられない。
 としはるのパンチが、つよしの目の前にせまってきた…。


                                                            終わり




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