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金魚とカエル          小葉利夫

 
「やめろよお」
 真っ赤な金魚は、目をうるうるさせながら乱暴なおたまじゃくしから逃げまどって
いた。
 この金魚は、小さくて気弱なので、いつも食いっぱぐれていて、体はますます小さ
くなっていった。
 一方、おたまじゃくしは、只でさえずうたいは大きいのに、何十匹と徒党を組んで
いるので、もはや、この沼のぬしであった。
「はあ。金魚をいじめるのは楽しいぜ」
「もうすぐ、晩御飯だ。また、明日遊んでやるからな」
 金魚に家族はいなかった。夜店で拾われ、すぐこの沼に捨てられたのだ。
 天涯孤独というのは、涙がでるほど寂しいものだ。
「僕、死んじゃうのかなあ」
 ぽっかりと浮かんだ満月を見つめると、胸が締め付けられて、涙がぽろりぽろりと
あふれ出してきた。自分の非力さを恨んだ。

 春先になって、おたまじゃくしに手足がにょきにょきと生えてきた。自分は竜の化
身だと思っていたおたまじゃくしは、心臓が飛び出るほど驚いたけれど、そのかわり
よく響く歌声を身につけた。
 おたまじゃくしはカエルになったのだ。みんなは有頂天で、沼を出て外へ飛び跳ね
ていった。

 沼に静寂がおとずれた。金魚は、悠々と泳ぎ回り、たっぷり食べてすくすくと育っ
ていった。
 長老のフナは、目を細めて、その金魚に言った。
「君はきっと、この沼の大スターになるよ。私には分かる」
 そんな夢みたいなこと、あるわけがない。来年になれば陸の上でも水の中でも、あ
つかましく動き回るカエルにいじめられるのだ。今度は、食べられるかもしれない。
「僕には、美声もなければ、陸にあがることもできない。僕はいつまでも日陰の身な
んだ」 長老のフナはフフンと鼻で笑って、
「そうかな」
 自信たっぷりだった。
 やがて、カエルが戻ってきた。
 いじめていた金魚を一目見て、目を白黒させてたじろいでいた。
 そう、小さな金魚も、今や立派なにしき鯉になっていたのだ。

 もう、この沼のぬしはおたまじゃくしでもカエルでもなかった。
 鮮やかな振り袖をまとった、輝くばかりの朝日をあびる金魚だった。

                                                       (END)




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