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伝 説 form "THE RIGHT STUFF" 星 洋一
F−104「スターファイター」は、巨大なエンジンの先端に小さなコクピットを 取り付け、申し訳程度の翼を生やしたような戦闘機だ。余計な物を全て削ぎ落とし、 性能のみを追求した結果、その姿は有人ミサイルと言われても通用するほどスマート な形態に収束された。全体のバランスに対して大きめのTテールがやけに目立つ。 いかにも危なっかしい機体だが、目の肥えた者ならばこのスタイルの中に機能美を 見出すのかも知れない。生半可なパイロットを受け付けない暴れ馬ではあるが、操縦 性を犠牲にした結果得られた上昇性能と加速性能は、他のどの戦闘機よりも優れてい るのだ。だからこそ、新しい訓練機のベースとして採用されたのだろう。 イェーガーは大気圏外用のヘルメットを抱え、新しい機体の側に立った。運ばれて きたばかりの試作機は、塗装もされておらず、強い日差しを照り返して銀色に輝いて いた。鏡のような機体の表面に自分の顔が映る。宇宙服のように暑苦しい銀色の余圧 服を着込みながらも、イェーガーは背筋から汗のひくような興奮を覚えていた。 NF−104。F−104の機体にロケットエンジンを装備した飛行機で、テスト パイロットスクールが再編成されたARPS(Aerospase Reserch Pilot School)に 配備される予定だ。この機体はその巨大なエンジンで10万フィート以上の高空に駆 け昇り、大気圏外での機動と再突入の訓練をするために造られた。 そう、この飛行機は、宇宙に行けるのだ。 「リドレー」 イェーガーは、エアインテークをぽかんと開けたまま格納庫の隅にでんと居座って いるご老体、X−5の足下にしゃがみ込んで、ガムをかみながらチェックリストに目 を通していた男に声をかけた。 「何だい?」 振り向いたリドレーは、サングラス越しにイェーガーの姿を見た。薄暗い格納庫の 中からでは逆光になり、彼の表情は読みとれなかったが、ヘルメットを抱えた彼の姿 を見れば、彼が何をしでかそうとしているのかはすぐにわかった。 「ガムあるか?」 イェーガーの声は、格納庫の天井に高く響いた。リドレーは薄笑いを浮かべた。彼 がこう問うとき、自分が返すべき答えは既に決まっている。 「一枚ならな」 「くれよ。後で返す」 「よかろう」 リドレーは幾度となくイェーガーの飛行に付き合ってきたが、これは毎度の掛け合 いであった。特に意味はない。ただ、こう掛け合った後の飛行では、彼はいつも生還 してきたのは事実であった。 「俺の飛行機が待ってる」 イェーガーはそう言ってきびすを返し、銀色の飛行機へと歩いていった。 俺の飛行機だって? リドレーの口元が緩む。イェーガーにとってこの基地の飛行 機は、みんな彼のおもちゃなのだ。たとえそれが、運ばれてきたばかりの虎の子の試 作機であっても。鍵をかけて行かなかったARPSのお役人が悪い。 イェーガーは新しいおもちゃで、いつもの悪さをするつもりらしい。しかしリドレ ーにとって、そんな彼の飛行が見られるのはたまらない喜びであった。 「そうこなくちゃ」 チェックリストを放り出し、リドレーは駆け足でイェーガーを追い、搭乗手伝いに 向かった。NF−104は、今しも吹き込まれようとする魂の鼓動に歓喜し身震いす るかのように、太陽の下でまばゆく輝いていた。 退屈な午後の管制塔で、若きオペレーターはぼんやりと滑走路を眺めていた。四方 を赤茶けた砂漠に囲まれた陸の孤島、エドワーズ空軍基地。何年もの間続いた祭が終 わった後の、閑散とした空気が辺りを包んでいる。特に今日はトラフィックもがら空 きで、基地はいっそう寂しさを増していた。自分はなぜここにいるのだろう。そして、 これからどこに行くのだろう。そんな哲学的な気分にも浸れる。 そんなことを考えていると、ふと、視界の隅に光がきらめいた。 「あれは何でしょう?」 隣でコーヒーをすすりながら、クラッカーをかじっていたチーフは、双眼鏡を取り 出して彼の指さす方向を見た。 それは、タクシーウェイを走る銀色のスリムな飛行機であった。万年筆に小さな翼 が生えたようなその機体は、いつも管制塔に座っていたチーフにも、見覚えのない機 体だった。 「見たことのない機体だな。フライトプラン出てたっけ?」 少なくともオペレーターにその記憶はなかった。彼は無線機のマイクを取り上げた。 「タキシング中の機体、フライトプランは?」 「ちょっと、こいつを飛ばしてみるぜ」 帰ってきた声は、無線機越しに聞き慣れた声だった。彼は思わず、チーフと顔を見 合わせる。 「イェーガーだ」 そして彼はあわてて、マイクを口元へ引き寄せ、プレストークを押した。 「了解。クリアード・テイク・オフ」 もたついたら後でどやされてしまう。あわてていつものように安全確認して離陸許 可を出してしまったものの、オペレーターは少し不安になった。 「許可、出てますよね」 「と、当然だろ。イェーガーだぜ」 チーフは、膝の上に落ちたクラッカーの破片を探すような振りをしながら、あたふ たと答えた。 陽炎の立つ滑走路に出たNF−104は、一旦停止する気配も見せず、そのまま離 陸操作を開始した。操縦桿を握りしめ、スロットルを全開にし、アフターバーナーに 点火する。強烈な加速を、イェーガーは背中で受け止めた。外の景色はすぐに、疾風 のように後方へ吹き飛んでいった。 160ノット。わずかに操縦桿を引き、ノーズギアを持ち上げる。そのままの姿勢 で200ノットまで引っ張ったところで、メインギアも地を離れ、機体は完全に宙に 浮いた。そのまま緩やかに上昇を続けながら、ランディングギアを格納。300ノッ トに達したところで、アフターバーナーをカットする。それでも、この矢のように軽 い機体に装備されたエンジンには、十分すぎるほどの余力があった。 イェーガーは操縦桿にもう少しだけ力をかけた。操作に敏感に反応し、NF−10 4は跳ねるように上昇を開始する。赤茶けた大地を背にし、銀色の機体は雲に向かっ て一直線に空気を切り裂いていった。 イェーガーは一度機体を水平に戻し、エルロン・ロールを試みた。天地はなめらか に一回転した。相変わらず、非常に癖のある挙動をする機体だ。しかし、上昇性能と 加速は申し分ない。この機体は、アフターバーナーに点火すれば軽く音速を超えるこ とができるのだ。航空機の進歩はめざましく、今や、超音速戦闘機が量産され、実戦 配備されるまでになっている。 イェーガーがミサイルに毛が生えたようなロケット機X−1を操り、人類で初めて 音速を突破してから、もう15年近くになる。その頃エドワーズ空軍基地は、飛行の 限界に挑む飛行機野郎達のたまり場であった。長らく飛行速度の限界だと信じられて きた「音の壁」の伝説が、イェーガーの勇気によって崩されてからは、全国から命知 らずどもが集まり、パンチョの店は繁盛し、基地の上空にソニックブームの爆音の絶 えることがなかった。 だが、今やパンチョの店は灰となり、基地に以前の賑やかさはない。人々の熱い目 は、もはや宇宙に注がれていた。 数日前、6人目の宇宙飛行士ジョン・グレンが地球周回軌道を3周し、生還したば かりだ。マーキュリー計画は大詰めに近付きつつあった。 マーキュリー計画の開始当初、パンチョの店に政府の連中が宇宙飛行士のスカウト に来たことがある。パンチョの店は、当時、国内最高のテストパイロット達のたまり 場であった。軍隊に所属している命知らずのテストパイロット達なら、国のために宇 宙飛行士に志願してくれるはずだ、という読みだったのだろう。 しかし、パイロット達には空の男としての誇りがあった。みんな、マーキュリー計 画とは、ソ連にスプートニクを打ち上げられ先手を取られた政府が、あわてて組んだ 計画であることを知っていた。そして、人工衛星に押し込められ、地平線の彼方へぶ っ飛ばされる宇宙飛行士とは、マスコミにコメントを言えるモルモットに過ぎないと いうことも。 イェーガーはスカウトマン達をさんざんコケにしてやった。他のパイロット達も、 おおかた同じ気持ちだっただろう。 高度4万フィート。ここから高速飛行に入り、本格的に高度を稼ぐ。イェーガーは スロットルを一杯まで押し込み、アフターバーナーに点火した。ぐんっ、と身体がシ ートに押しつけられる。そのまま、十分な速度が得られるまで、ピッチ角を30度ぎ りぎりに保ったまま上昇を続ける。 NF−104の悪い癖の一つとして、急角度上昇でのピッチアップがある。30度 以上の上昇角をつけると、機首が跳ね上がり、錐もみに入る恐れがあるのだ。 しかし、この機体はただの飛行機ではない。たとえ、ピッチが制御できない状況に 陥ったとしても、速度が落ち切って錐もみに入る前に、アフターバーナーとロケット エンジンを使って大気圏外に出てしまえば、ノーズと両翼端に装備された反動制御ス ラスターによって姿勢を立て直すことができるはずだ。 マッハ2.2。操縦桿を引き、急角度上昇を開始する。NF−104はノズルから バーナー炎を曳きながら、上層に広がる薄い雲を貫いた。遙か天空を目指す銀色の矢 の一部となり、イェーガーはかつてない高揚感に包まれていた。エンジンはまだ本来 の力を出し切っていない。この機体は、もっと高いところへ行ける。 アフターバーナーの燃料が尽きる前に、高度6万フィートに達する。そしてついに、 イェーガーはロケットエンジンに点火した。ノズルの上に装着されたロケットが火を 吹く。NF−104は爆発的に加速し、イェーガーの身体は強烈なGを受けシートに めり込む。機体はピッチ角70度でまっしぐらに上昇していった。 コンソールにランプが灯る。ジェットエンジンが急激な上昇のために悲鳴を上げて いるのだ。ジェットではここまでが限界だった。イェーガーはイグニッションを切り、 エンジンを止める。しかし、ロケットエンジンに後押しされたNF−104はなおも 加速を緩めることなく、上昇を続けた。 雲の下に赤茶けた大地がのぞき、どんどん遠ざかっていく。空の藍色は次第に濃さ を増していく。重力に逆らい、異世界を目指して突き進んでいく快感。宇宙飛行士達 も、同じ興奮を感じていたのだろうか。 いや、このNF−104の小さなボディは、巨大なアトラス・ロケットよりも素晴 らしい感動を与えてくれているはずだ。宇宙飛行士達は、外の光景を見ることはでき なかったはずだから。 マーキュリー計画は最初は失敗続きだった。最初の有人宇宙飛行すらも、ガガーリ ンに奪われた。 しかし、7人の宇宙飛行士達は果敢に宇宙に挑んだ。有人宇宙船の打ち上げが始ま ってから、計画はおおかた順調に進んでいるようだ。エドワーズを出て宇宙飛行士に なったパイロットが2人いたが、ガスはすでに宇宙を旅し、ゴードンは次の打ち上げ でマーキュリー計画の最後を飾るはずだ。 宇宙船マーキュリーという名の弾丸に詰められ、空高く発射され、落ちてくるだけ の宇宙飛行士。しかし彼らは、約束された通り英雄になった。最高の名誉と富を手に 入れ、歴史に名を残した。 イェーガーはテレビに映る彼らを、地上でただ見つめていた。 危険を知りながらもそれに挑もうとする宇宙飛行士達は、確かに勇敢だった。大空 に挑む者の持つべき「正しい資質(the Right Stuff)」を、彼らはその身の内に備 えていたのだ。 ソ連は高度11万4000フィートの記録を達成したそうだ。高度計の針は、着実 にその記録に近付きつつあった。 しかし、そんな記録など、イェーガーにとっては目指すべき通過点に過ぎなかった。 もっと高いところへ。宇宙飛行士達の目指した宇宙へ。この飛行機は、彼らに近付く だけの力を秘めているはずだ。 10万フィートを突破する。その時、突然ロケットエンジンの燃焼音が低くなった。 加速のGは消え、逆に身体がシートから浮き、縛帯に押し付けられる。・・・ロケッ トエンジンが止まった。燃料切れか? それにしては早すぎる。あるいは、故障だろ うか。 ロケットの点火スイッチを押してみる。しかし、エンジンは復活しない。この高度 の酸素濃度ではジェットエンジンも回らないだろう。そもそも、空中で止まったジェ ットエンジンを再始動させるには、滑空しつつエアインテークから空気を取り入れて、 タービンを回転させなければならない。そのためには、機首を下げて滑空姿勢に入れ なければならない。 重力に引かれて減速しつつはあるが、機体はまだ速度を保って上昇している。今の 内に何とか機首を下げなければ、いずれ失速して錐もみに入るだろう。高度10万4 千フィート。今ならまだ間に合う。イェーガーは反動制御スラスターのスイッチを押 した。 機首のノズルから過酸化水素が吹き出す。・・・しかし、機体は微動だにしない。 エンジンが止まるのが一歩早すぎたのだ。この高度では、希薄ながらも漂う空気が機 体にわずかな空力を生じさせる。小さな反動制御スラスターには、その力を抑え込む だけの力がないのだ。 この角度では、エレベーターで機首を抑え込むこともできない。ならば、他に手は ないか? 機首を下げるには? エンジンを再始動させるには? イェーガーは必死 に考えたが、この狭いコクピットの中で他にできることなどなかった。何もできぬま ま、対気速度はどんどん落ちていく。 ふと、コクピットの外に目をやる。昼間であるにもかかわらず、周りは薄暗く、濃 紺の空間に包まれていた。ほとんど垂直に上を向いた機首の先に、星が瞬いているの が見える。そこには、かつて征服した空の悪魔の姿はなかった。その先に広がるのは、 静かなる神の領域だった。 十年前、イェーガーが前人未踏のマッハ2.4の記録を打ち立てた時、X−1Aの 機体を揺さぶり翻弄した空の悪魔。近寄る者を叩き落とさんとする悪魔の力を、イェ ーガーは自らの技でねじ伏せて生還した。しかし、今目の前にあるものは、挑む者に 対してその力を振るったりはしない。それはただ静かに、そこに在るだけだった。 ただ、届かないだけだ。 速度が一気に0を切る。重力が失われる感覚。機体は機首を上に向けたまま落下を 始める。高度計の針ががくんと落ちた。 機首がひねり込むように下を向き、機体は水平錐もみに入った。イェーガーの身体 は速度を増す回転の縁で振り回され、強烈なGに襲われる。眩む視界で、凶悪なスピ ードで逆回転する高度計の針をにらみながら、機体を立て直す方法を必死で考える。 しかし、イェーガーにもNF−104にも、機体を立て直す余力はもう残っていなか った。 このまま、機体と共に大地に叩きつけられるのだろうか。朦朧とした頭で悲観的な ことを考えてみる。第二次大戦ではムスタングを駆るエースパイロット。戦後は人類 で初めて音速を超えた英雄。悪くない人生だったかも知れない。そして、最期は空の 藻屑となって死んでいく。 大空を自在に飛ぶのは素晴らしい。空はいつもパイロットに難題を突きつけてくれ る。優秀なパイロットとは、そんな難題を楽しむように克服できる人間だ。今回は危 険な領域に一歩踏み込みすぎて、それゆえに与えられた試練に自分は打ち勝てなかっ た。・・・何ということだ。俺はまだ、宇宙に行くどころか、地上の空すら知り尽く していないのだ。 高度は1万フィートを切った。 目を醒ませ、イェーガー。 真の「正しい資質(the Right Stuff)」を持つ者として。 思い出せ。その最後の資質とは? ・・・必ず生還することだ! イェーガーは操縦桿から手を離し、座席下の緊急脱出レバーを引いた。キャノピー が吹き飛び、身体が二つにへし折られるようなショックと共に、イェーガーはシート ごと機外に射出される。回転しながら落ちていくNF−104の機体が、眼下に遠ざ かっていくのがちらりと見える。無理な体勢から射出されたイェーガーの身体もまた、 無茶苦茶に回転していた。 シートが背中から離れるのを感じる。次の瞬間、ヘルメットのバイザーを突き破っ て、真っ赤に燃えるものが左目の前に飛び込んできた。不安定な姿勢で離れたために、 シートと激突してしまったのだ。・・・そしてこれは、シートの裏の、まだ熱を持っ たままの射出用ロケットの部分だ! 左目が熱い。激痛が走り、肉が焼ける匂いがする。気が遠くなっていく・・・ 領 域を侵した人間を、大空は簡単には許してくれないようだ・・・ イェーガーは、割れたバイザーから煙を吹きながら、パラシュートも開かず藁屑の ように落下していった。 軍の救急車は、道もない赤茶けた大地を疾走していた。サイレンの音が虚しく砂漠 に消えていく。 ジャック・リドレーは助手席に座り、遙か遠くを見つめていた。陽炎の向こうに、 黒煙が立ち上っている。イェーガーの機体が墜ちたと聞いたときは、まさかと思った が、あの黒煙は航空燃料の燃える煙に他ならなかった。 イェーガーは無事だろうか。柄にもなく心配になる。 忘れもしない、1947年10月14日。イェーガーはその前日、落馬して肋骨を 折っていたが、そのことをおおっぴらにしたら、その日のフライトから外されるのは 確実だった。そこでイェーガーは、そっと自分だけに耳打ちしてくれたものだ。 実はあばらを折っているんだ。身体を曲げられないので、コクピットのハッチを閉 められそうにない。何とかしてくれないか? 操縦できそうにない、と言わないのがイェーガーらしいところだ。そんな彼の無茶 なフライトを止めようとせずに知恵を貸した自分も自分だが。そしてイェーガーの乗 るX−1”グラマラス・グレニス”は、自分の操縦するB−29から飛び立ち、その 日、午前10時29分、ソニックブームの大音響と共に、音の壁を突き崩して見せた のである。 イェーガーはそんな男だ。だから、たとえ何があっても必ず生きて帰ってくるだろ う。リドレーはいつもそう信じていた。しかし、今回ばかりは悪い予感が拭いきれな かった。 ・・・なぜなら、リドレーの知る限り、イェーガーが機体から緊急脱出を試みた経 験は、大戦時にドイツ軍に撃墜されて以来、たったの二度目なのだ。 首を伸ばすようにして、必死でイェーガーの姿を探す。あいつが死ぬはずはない。 ベッドの上で死ぬような男じゃなかろうが、まだ早すぎる。第一、ガムを返してもら ってないじゃないか・・・ しかし、リドレーの目には風にながされる黒煙しか見え なかった。 そのとき、 「あれは?」 ドライバーが指さした方向、黒煙の手前で、陽炎に揺れながら動くものがあった。 砂漠に照りつける太陽を受けて、ちらりと銀色に輝く。 「人間でしょうか?」 その輪郭は、おぼろげながらリドレーにも見えつつあった。すっくと両足で立ち、 こちらに歩いてくる人の姿。その身体を包む銀色の余圧服。 「そうだよ。やっぱり、生きてる!」 リドレーは満面の笑みを浮かべた。もう、彼の姿ははっきりと見えていた。 イェーガーは割れたヘルメットと、たたんだパラシュートを両脇に抱えていた。顔 面の左半分が血にまみれているが、イェーガーはその怪我すらもものともせず、視線 は真っ直ぐに前を見据えていた。迎えの救急車の方に歩いてくる足取りは、力強く、 確実に大地を踏みしめていた。 そして、チャック・イェーガーは生還した。 END <あとがき> マーキュリー計画を描いた映画「ライトスタッフ」より、この映画のもう一人の、 いや、真の主人公とも言えるチャック・イェーガーの最後のエピソードをノベライズ しました。 この映画にはトム・ウルフの手による原作がありますが、壮大で詳細な原作をそっ くりそのまま映画化できるわけもなく、この映画には原作及び事実と異なる描写がい くつかあります。 そのことは承知の上で、私は映画のイメージをそのまま(でもありませんが)小説 化しました。映像だけではわからないディティールは原作を参考にしましたが、それ 以外の部分は読んでいません。結果として、原作とは、また映画とも違った意味を持 つ作品になっていると思います。 映画を見てイェーガーに惚れた者の一人として、空の男としての彼を描きたかった のです。だから、これは私にとっての、チャック・イェーガーという人物の「伝説」 なのです。 1997年10月14日は、超音速飛行50周年の記念日でした。74歳になり、 すでに軍役を引退しているチャールズ・E・”チャック”イェーガーは、自らの手で F−15「イーグル」戦闘機を操縦して、エドワーズ空軍基地の空で、50年前と同 じ時刻に音の壁を突破して見せ、記念日を華々しく飾ったそうです。 伝説は未だ衰えず、大空を飛び続けています。 <参考資料> ・映画「ライトスタッフ」 ・「ザ・ライト・スタッフ」 トム・ウルフ著 ・エドワーズ空軍基地のホームページ http://www.edwards.af.mil/index.html 非常に完成された、資料価値の高いH.P.です。英語が読めなくても、写真だけ でも見る価値はあります。 ・戦う翼 ジェット戦闘機 http://www.asahi-net.or.jp/~dh3k-hshr/ 元航空自衛官、星原浩一さんのH.P.です。F−104の離陸操作などを参考に させていただきました。 ・ニュースグループ fj.rec.aerospace NF−104についての質問に答えていただき、参考になりました。
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