携帯電話
                           村松俊樹
 トゥルルル…
 静寂の中を携帯電話の音が鳴り響いた。
 男は、あわてて背広のポケットに手をやると携帯電話の電源を切った。
 まわりから男に対する非難の目がそそがれる。
 横に座っていた男の妻が、眉をひそめながら男を睨み付けると、二本の指を立てた。
 そう、これで二回目だ。
 男にとって、携帯電話の音でまわりから非難の目を浴びせられたのは二回目のこと だった。
 一回目は、病院でだった。
 娘が生まれたという知らせを聞いて、駆け付けた病院で、ガラス越しに眠る娘の顔 を見ているときに携帯電話がけたたましく鳴り響いた。
 その音を聞きつけて、まるで火災報知器が鳴りだしたかのように、血相を変えた看 護婦がナースステーションから飛び出てきた。その看護婦は有無をいわさず、男の手 から携帯電話を取り上げると電源を切ってしまったのだった。
 携帯電話から発せられる電波によって精密な医療機器が誤動作するのだそうだ。
 あれから1ヶ月がたち、今日は、あのとき生まれた娘のお宮参りで、今まさに神主 さんに御祈祷を受けているところだった。
 同じ時期に生まれた数人の赤ん坊が、両親やおじいちゃん、おばあちゃんに連れら れて同じように社殿で御祈祷を受けている。
 いつまでも男のことを睨み付けていたおばあさんが、人差し指で壁を指し示した。 その壁には、「御祈祷中は携帯電話の電源を切って下さい」と張り紙があった。
 確かに、こうした厳粛な場で携帯電話の電源を切らなかった俺が悪いんだ。
 男は、そう思いながらも、神主さんの祈祷の声にあわせて、娘が、優しく、賢い子 に育ってくれるようお願いをした。
 
 そして十数年後、その男の願いとは裏腹に、その娘は、手のつけられない不良に成 長してしまった。
 携帯電話の発する電波によって、医療機器だけでなく、神様への御祈祷も誤動作す るようだ。