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星ぼしはオレの敵だ、星がわたしの夫なんです   イズミカズヨシ

 
 また生きることに退屈しだしたオレは、局の掲示板で、騙す相手を探した。
「シシ図書と鳥使いの好きな人は、毎夕、星くずの下草原に。カナシ」
 シシ図書を好きな人間がこの辺りにいることに驚いた。夕方まで局で天火に手紙を
書いて時間をつぶし、草原へと出向いた。
 数人の人間が草原に散らばっていた。カナシという人物は、まだ若い女の子だった。
 カナシの横にはレイホウテンソンという男が付き添っていた。
「え?あなた鳥使いなの?」
 静かにうなづく。シシ図書と鳥使いを愛する人間が存在していることにオレは興奮
した。
 カナシもまた一人仲間ができたことに喜んでいたが、レイホウテンソンという男は、
カナシより更にうるさくはしゃいでいた。
 
 本当の目的はこのカナシという女を騙すことだった。レイホウテンソンが帰宅し、
二人きりになった後、オレはカナシを局の一室へ連れて行き、そこでオレの鳥をあげ
た。
「・・・・カイドウ、きみ、その鳥、本当に私にくれるっていうの?」
「ああ、そうさ」
 鳥使いにとって鳥を捧げることは、身を渡すことを意味する。奴隷になるという意
味を持つ。
 
 地球の重力下にはさほど影響はない。ただ千年前に比べるとほんのちょっと波があ
れて、風が強くなっただけさ。月までは手が及ばず、あの人に飲みこまれた。そう、
近くにあった惑星の数も位置もいつのまにか変っていた。
 
 地球からたった100万キロ地点に、老人たちはあの人を運んできた。あの人の体
はとても大きくてしかもそれとは逆にもろい。惑星の間を縫うように運ばれ、絶妙な
位置に静止されたが、この星系に辿り着く前に、腰から下はちぎれて無くなっていた。
老人たちはあの人のことを万古(バンコ)と呼んでいた。3つの目と14本の指を持
つ万古は、頭部を地球から100万キロ地点に設置すると、その腰は木星軌道上にま
で達した。もし全身がまともなら太陽系を数歩でまたぐことも可能だろう・・・・。
万古が太陽系に及ぼす引力や、宇宙線、太陽風の流れへの影響は尋常ではなかった。
 
「万古だわ・・・・」
 カナシがオレの後ろに立っていた。
 日が沈む1時間前になると南の空に万古の頭部が見える・・・・。その頭は輸送中
の困難さを物語り、静かに開いたままの3つの目は、まるで宇宙の全てを嘆いている
ようだった。
「シシ図書を読んでるあなたなら知っているんでしょう・・・・」
「知っています、マスター」
 カナシの奴隷であることを誓った鳥使いは、主人に対し常に敬意と礼を払わなくて
はならない。
「やめて、言葉使いくらい、普通にしてよ、カイドウ」
「・・・・」
 
 シシ図書は万古について記した宗教書だった。その著者ホクト・シシの名をとって、
そう呼ばれていた。そして鳥使いとはシシ図書の中に現れる奴隷のことだった。シシ
図書を読む人は今はもう皆無に近い。万古が銀河系に運ばれる遥か以前に滅びた宗教
だった。
 
 老人たちがホクト・シシの言い伝えを信じていることはオレにも信じられなかった
さ。科学と秩序と理性の申し子、恐れ多いゴート機構の長、老人たちはそれを受け入
れた。何より、こうして地球の上にたつオレやカナシは生きていけている。それは何
万、何千年という星霜かけてゴートが万古を迎え入れる準備をしていたという証拠だ
ろう。でなければこうして地球のすぐそばに超質量物体が存在していて無事なはずが
ないのだから。
 
 レイホウテンソンが朝にオレの住処を訪ねてきた。そしてカナシからの伝言を伝え
た。
「もう会えない、って言ってたよ」
「なんだ・・・・それは」
 寝起きで突然の言葉に体が抑制できなかった。すぐにガラス窓に写る自分の顔を見
て、いつもの無感情なそぶりを装うことに専念しようとした。
「俺にもよく分かんない。なんだか思いつめてそう言ったんだ。伝えてくれって」
「そうか、わかった。」
「あ、ああ・・・・草原にはまだ来るんでしょ?カナシは居なくても俺たちは活動し
てるから」
「じゃあな。オレはまた寝るんだ」
 そう言って扉を閉めた。
 ベッド隣に置いたままの空の鳥かごを数分見つめ、ベッドに倒れ込んだ。
「このかごの中の鳥・・・・、裏切ったのか、カナシ・・・・」
 と、雑音のような声で小さく呟いた。
 
 鳥使いは自分だけの鳥を持っている。鳥使いに必要なのは鳥と空を見上げることの
できる目さ。
 ホクト・シシは天千と呼ばれる鳥使いに鳥をもらったんだ。その時代、その世界で
は、鳥使いが鳥を捧げるのは身を渡すことを意味し、天千はシシの最初の奴隷となっ
た。
 テンセンは女だった。絶対的に優しい心を持ち、信仰心のない人でも身を許させる
魅力を持った女性、その彼女がシシの奴隷になったんだ。しかし、シシはやがて天千
の元を去る。
 それは天千が自分を愛しすぎ、空を見上げる事も鳥を可愛がることも忘れてしまっ
たと知ったからだ。自分のせいで天千が鳥使いであることを辞めてしまうことが辛か
ったのさ。
 鳥使いとの奴隷契約を破棄する方法は1つ、受け取った鳥を殺すことだった。
 シシが去った次の日に、天千は死んだ鳥を見て泣いた。鳥の死骸からは実を持つ花
が咲き、それを食べた天千は、去ったシシに再び会うまで数億年生きたそうだ。その
鳥の名は万古と言った。
 これがシシ図書の有名な1物語さ・・・・。
 遥か昔のシシ教の信者たちは、人を好きになっても決してそれを感情に出さなかっ
たそうだ。
 それはこの逸話が物語るとおり、愛しすぎていると悟られれば、相手につらい想い
を強いてしまうという、そんな気遣いがあったせいさ。だから彼らに結婚制度はなく、
代わりに奴隷制によって補っていた・・・・というのは、こういう経緯からだ。
「オレは・・・・カナシを愛しすぎたのか・・・・?」
 物語は遥か前に儀式的なものになっている。奴隷制は愚か、シシ教自体が消滅して
しまっている。
 シシ図書の1物語と、オレとカナシがダブって見えてならなかったのさ。ああ、た
だそれだけだ。
 
 風がいつもより強かった。局で手紙を書いたあと、草原へと出向くとレイホウテン
ソンが風のことを話した。
「やあ、カイドウ。恒星輸送船が太陽系内に入ってきてるそうだよ」
「それでこの風か」
「そうみたい」
「ゴートは何も準備してなかったのか?」
 老人たちの落ち度ではなかった。輸送船はゴート所有の物ではなく、他の船で、老
人たちの予期しない出来事だったのだ。そのことを次の日に送られてきた天火の手紙
からオレは知った。
 
 その次の日、草原仲間の一人が、二八宿にカナシがいるかもしれない、と言った。
人伝いの噂で聞いたそうだ。二八宿は地球塔の下層部にある宇宙士たちの溜まり場だ。
一般人が入ることはほとんどない。入場には莫大な金が必要だし、そこに辿り着くの
も一苦労な上、そしてまた彼らに入る必要もなかった。
 オレはレイホウテンソンにも仲間にも誰にも告げずに、その夜地球塔を登りはじめ
た。
 下層部と言っても、局のある地上からは数キロの位置にある。内部機関がほとんど
停止してしまっていて、下からそこまでいくには徒歩以外に方法はない。もしかした
ら数日は戻ってこれないかもしれなかった。天火との文通が途切れることを少し心配
したが、カナシには代えられなかった。
 
 猫の喫茶・・・・二八宿は昔はそう呼ばれていたらしい。宿の主は猫人で、遥か数
千年を生きてその宿を経営している、というのが噂だった。オレが訪れたのは子供の
頃に一回きり。宇宙士に憧れて、こっそり窓から覗いた。その時にはそんな猫人など
というバケモノはどこにも見当たらなかった。
 
 入場に必要な金額はこれまで貯めた財産のほとんどを奪った。局の掲示板で獲物を
探し、騙して財産を奪い、そして殺す・・・・という仕事は十分にリスクに似合うだ
けの儲けがあったが、二八宿の入場料はそれほど馬鹿げていた。
 中は昔見たのと全く変りなかった。古い家具がいくつも並べられ、壁には様々な写
真が貼られ、そして何人かの宇宙士が窓際で食事をとっている。
 近くのやつに、受け付けはどこか、と聞くと、部屋の一番奥に死んだように座る老
人を指差した。
「じいさん、聞きたいんだが、カナシという女はいるか?」
 老人はゆっくりとオレを見上げ、目を少しだけ開いた。その目にもはや瞳はなく、
白眼だけがこちらを覗いていた。
「ああ、カイドウ。知っておるとむよう」
「何故オレの名をしっている!」
 部屋の中はずっと静かだったせいで、オレの大声は他の宇宙士たちを驚かせた。
「さあい右の部屋へ入らんせよう」
 そう言って、老人は微かに震えのある手で右の扉を指差した。何も言わずオレは従
った。
 
 小さい女の子が一人いた。彼女は間蘇(マソ)と名乗った。間蘇はオレの説明の要
求を軽くあしらい、そして喋りはじめた。
「カナシに会いたいんだね」と、少女らしからぬ口調だった。
 オレはゆっくり確実にうなずく。
「カナシは今、地球にはいない」
「どうゆうことだ!」
「おやおや、冷静沈着を装うあんたが、そんなに人前で取り乱してもいいのかい」
 オレはおもわず後ろにたじろいでしまった。何故こんな小さいな少女がオレの心理
を知っているのか・・・・混乱が頭を占領したが、すぐに急いで無表情を形成した。
「そう、それがあんたの性分ってものさ」
「おまえは何者だ・・・・」
「私は間蘇。さっきもそう言っただろ。まあ先にカナシのことを聞くがいい」
「・・・・」
 ゆっくりと深呼吸をしてオレは落ち着きをなんとか取り戻そうとしていた。
「万古が死んだ」
「ふっ・・・・あんたは次から次へとオレを脅えさす発言をするんだな」
「やめろ、そんな内な感情を露出するのは、私の前ではなくカナシの前でしろ」
「すまんな」
 この少女はまるで何から何までオレを見通しているようだった。そしてオレの知ら
ない多くを知っている。
「万古が死んだらどうなるか、シシの末裔なら知っていよう」
「ああ」
「万古を殺したのはカナシだ」
「・・・・」
 一回だけ長く瞼を閉じた。
「うむ。己に忠実な良き鳥使いだ」
「・・・・」
 間蘇の次の発言をじっと待つ。
「・・・・カナシはゴート下で長きに渡って訓練された人間なのだ」
「万古を殺すためにか?」
「そうだ。ゴートが幾星霜に渡り、万古をこの星系に招き入れた理由はもはや言うま
でもなかろう。そして、その鎖を解放させる者、それがカナシだ」
「そうだったのか・・・・カナシは、カナシとは会えるのか?」
「そう、もう少し気を沈めろ・・・・それでいい。カナシはさらわれた。恒星輸送船
のことは知っているだろう。あ奴等の目的はこの計画の断絶だ」
「カナシが・・・・」
 恐ろしい緊張が冷たい汗となって背中をつたった。
「・・・・ゴート以外にあんな船を持てる組織があるのか?」
「ふむ。カイドウ、6・テイを知っておるか?6・テイが動き出したのだ」
「・・・・知っているさ。天界直属の軍隊の6人の神将たち。・・・・そういう教え
だ」
 オレの口元は少しだけ笑っていた。この間蘇という少女が口にすることはみんなで
たらめで際限がない。しかし、どれも気持ち悪いほどに真実味を帯びている。
「あの船には6・テイが乗っている。万古が命尽きる前に、あやつら自身の手で殺そ
うとしていたのだろうが、ゴートの戦力の前に遅れをとったのだ。万古は既に事切れ
た」
「じゃあ何故カナシをさらう必要があるんだ」
「万古の成長はまだ始まっていない。命の実を生む花は、ホクト・シシとの再会を願
う天千の涙で鳥の死骸から咲くのだ」
「・・・・わからない」
「知っているはずだ。天界はカナシの身と引き換えに、おぬし、カイドウの身柄を要
求してきた」
「!」
「・・・・さあ、選ぶがよい。我ら人の未来か、カナシの命か」
「何故、オレが万古の成長を促せる人間なんだ。オレは何の訓練もうけてはいない。
カナシと奴隷契約を結んだからか?シシ教は単なる御伽噺じゃないのか?」
 オレはいつの間にか涙を流していた。涙を流すなど、鳥使いになることを決めた1
5の時から一度もなかった。まして他人の前で。幼い少女の前で。
「戯言をはくではない・・・・。長老会直属チームのおぬしなら可能だ・・・・」
「なんだおまえは!いったい何者なんだ!何故、そんなことまで知っているんだ!」
 
 全ての種族には寿命がある。人がむかえた終末も宇宙の摂理だ。ただ・・・・生き
ようとする努力が人にはあるのさ。再び新たな時間と星と地球を手に入れるために万
古は呼び寄せられた。
 どれほどの時間をさかのぼり、果てしない過去に、全ての終末を乗り越えることの
できた科学が存在した。それが万古だ。星系をまたぐほど巨大な生命体が、いかにし
て生存していたかは分からないよ。だが、万古たちも、生きる努力を望んだのさ。た
とえ宇宙を司る者どもに刃向うことになってもだ。
 天界は宇宙の摂理なのさ。宇宙の創造主、神だ。
 
 オレは一人の人間と、その神の持つ船にいた。万古の成長を拒絶し、天界とカナシ
の身の安全を約束した、オレの身と引き換えに。
「何故あなたがここにいるの」
 カナシの髪は切られ、肩の所でとまっていた。
「私の捧げた鳥はどうなりましたか、マスター」
 鳥使いを演じるオレに、カナシの目は哀しそうだった。
「殺したわ。そして万古の目に埋めた・・・・。それがきっかけとなって万古の命は
尽きたのよ」
「知っていたのか?オレが長老会直属チームのメンバーであることを」
「知らないわ。でも・・・・あの星で起こる全ての偶然は、ゴートの奇跡なのよ」
「それでもいいさ。それでみんなが生きていける。それで今こうしてオレはここにい
る」
「でもあなたはゴートを裏切り、人類の未来を捨ててここにいるのよ!」
「オレは鳥使いだ。そしておまえに奴隷の誓いを捧げた。あるじを捨てることはでき
ない。契約だ」
「・・・・私が助かっても、じきに終わりがくるのよ!」
「おまえが残りの一生を送るほどの時間は残っている・・・・」
「地球はどうなるのよ・・・・、人も星も滅びるわ・・・・」
「星ぼしはオレの敵だ」
「星がわたしの夫なんです」
 
 白いおじいさん!カイドウを飛ばして!・・・・鳥使いは決して心内をさらけ出し
てはいけない。
 カナシがそう叫んだ時も、カナシは泣きながら「好き」と言ったが、オレは何も言
わなかった。
 ただ、カナシの泣く目を見つめたまま、オレは万古に転移させられた。涙がこぼれ
たのは、もうカナシの目も顔も見えなくなった後からだった。その涙が万古を解放し
た。
 
 かつて白いおじいさんと呼ばれ、二八宿のあるじ、猫老人の南極老人星は、傍らに
間蘇を起き夕空を見上げながら言った。
「すまんのう。間蘇よ。」
「いいえ。私のヘカテの力は、人のためにあるのだから・・・・」
 13の少女の体だった彼女の肉体は・・・・今や80の老女のそれへと変っていた
・・・・。
「カイドウの鳥使いに名は明かしたんかいよう?」
「いいえ。明かしませんでしたわ。」
「一度も会っとうことなかった兄じゃろうて、天火の名を明かせばあやつも喜んだろ
うに」
「いいんです。兄とは手紙だけで心を通じあわせていましたから。」
「そうか・・・・」
「死ぬと死体から星と地球が誕生する・・・・ほら見てください、万古の巨人から新
しい命が生れますわ」
「・・・・おお、この光景・・・・もう再び見ることはないじゃろう・・・・間蘇よ、
しかと見ようぞのう」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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