[目次へ
 
 
 

天才          中倉 哲

 
 予選は三位だった。
「どうした、かずき。カートの調子が悪いのか」
 ピットに入ると、クラスメートでありメカニックのたくやがすっ飛んできた。天才
カートレーサーの俺が三位というのは、これくらいおどろくべきことなのだ。
「さすがに目をつぶって走ると、中島と鈴木には勝てないな」
 中島も鈴木も一流のレーサーといわれている。だが俺に比べたらまだまだ二流だ。
「カートに異常は無かったよな」
 まだ言ってる。しつこい奴だな。
「カートは問題ない。天才の俺が乗るんだから、少しぐらい問題があっても大丈夫だ
けどな」
「ああそうですか。ならメカニックなんていらないね」
 かずやがなんだかスネている。この天才レーサーの俺が、せっかく「問題はない」
ってほめてるんだから、もっとうれしそうにしろよ。
「俺はしばらく休むから、決勝が始まるころになったら言ってくれ」
 俺はピット奥のイスに腰をおろした。
 今日はここのレース場でカートのレースが行われている。
 カートって言うのは、遊園地によくあるゴーカートと同じ物だ。
しかし、レースで使うカートは、最高時速が百キロメートルを超える。遊園地のゴー
カートみたいにトロトロと走るものとはわけが違う。
 今日のレースには三十人ほどが参加している。上は四十ぐらいのおっさんから、下
は小学四年生の俺までと、参加者の年齢はまちまちだ。まあ、地方大会だからこんな
もんだけど。ちなみに中島と鈴木は高校生だ。もういい年なんだから、趣味でやって
りゃいいものを、F1レーサーになるためにがんばってるんだそうだ。
「そろそろ決勝だぞ」
 たくやが言った。
「もうそんな時間か」
 俺はスタート地点までカートを押していった。
 
 俺は予選三位だから中島と鈴木の後ろからスタートすることになる。三位からのス
タートじゃあ、ハンデにもなりゃしない。天才レーサーの俺なら、ビリからのスター
トでも優勝出来る自信がある。
 でも、ハンデとはいえ自分より前に人がいるというのは、気分が悪い。俺は空を見
上げた。
 真っ青な空に真夏の太陽がギラギラと照っている。地平線のちょっと上あたりに入
道雲がでている。コース上を走るカートが、ゆらゆらとゆらめいている。
 え? カートが何で走ってるの?
 嫌な予感がした。背中に冷たい汗が流れた。
 そぉっと後ろを向いてみる。
 いない。カートが一台もいない。
「かずき! 何してんだ! レースはとっくに始まってるぞ!」
 たくやがピット前で叫んでいる。
「わかってる!」
 くっそう、ぼうっとしすぎた。
 俺はあわててアクセルを踏み込む。カートが勢いよくスタートした。
 最後のカートが第一コーナーを曲がるところだ。
 これはマズイ。周回数が五周だから何とかなると思うが、そのかわり小さなミスも
許されない状況だ。天才レーサーの俺でもいいかげんには走れない。
 カートはスタート直後の直線コースをぐんぐん加速していく。
 すぐに最初のコーナーにさしかかる。ここはゆるい右カーブなので、スピードは落
とさず強引につっこむ。
 コーナーを抜けるとすぐそこに、最後尾を走っているカートが見えた。
 最後尾を走っている連中は、カートで走れればそれで幸せなやつらばかりだ。簡単
に追い抜いた。
 次のコーナーもゆるい右カーブだから、そのまま曲がる。曲がると直線コースがあ
らわれる。ここで五台抜いた。
 こんな調子で、次々と順位をあげていった。四周目の中盤で中島と鈴木が見えてき
た。どうやら三位になったらしい。
 さすがは天才レーサーだ。自分の才能が怖い。俺はニヤけてしまうのを必死でガマ
ンした。俺とは比べものにならないとしても、二人は一流のレーサーである。真面目
にやらないと、優勝することはできない。
 …と思ったのに、最終コーナーであっさりと二人とも抜いてしまった。
 拍子抜けである。もっと粘ってくるものと思っていたのに。これはやっぱり俺が天
才だから、二人は俺を恐れて道を開けたとしか思えない。
 なぁんだ、そっか。さすが一流レーサーと言われているだけのことはある。実力の
差が良く分かっている。
 俺はもうルンルンだ。一位になってしまえばこっちのもの。目をとじてても勝てる
(本当に目をとじるつもりはないけど)。
 前方に誰もいないのは気分がいい。余裕が出来たので、後ろを振り返ってみた。後
ろにも誰もいない。
「俺ってすごい!」
 他の追随をゆるさないこの走り。これはもはや神の領域である。
 そう。これからは「天才レーサー」ではなく「レースの神様」と呼んでもらおう。
 へへへ。
 思わず顔がゆるんでしまった。頭の中には「レースの神様」という言葉がぐるぐる
と回っている。
 最終コーナーを曲がって、そのままゴールに入った。
 レース場全体から歓声が聞こえる。みんな俺の走りに感動しているらしい。
 俺はカートから降りながら歓声に答えた。ふっ! またファンが増えちまったぜ。
「きゃ〜〜〜ぁ! 鈴木くぅ〜ん」
 え? 鈴木? 一位になったのは俺だぜ。
 歓声の聞こえてきた方を見ると、誰も俺のことを見ていなかった。観客が見ている
方を見てみると既に表彰式が始まっている。おいおい、なんで優勝した俺より鈴木の
方が先にゴールしてるんだよ?
「あいつインチキしたんじゃないの」
 たくやがピットから出てきたので聞いてみた。
「いや。鈴木さんは優勝したんだよ」
「ちょっとまてよ。俺は四周目の最後にあいつを抜いたんだぞ。それなのになんで、
あいつが俺より早くゴールしてるんだよ」
「お前にとっては四周目でも他の人たちには五周目だったのさ」
 いやな予感がした。
「どういうことだよ」
 なんとなく答えは分かるが聞いてみずにはいられなかった。
「つまり、お前がスタートしたときには、お前は周回遅れになっていたからだよ」
 やっぱり!
「お前がボケーっとしている間に、みんなは一周していたんだよ」
 あそこで二人を簡単に抜けたのは、あいつらが俺をおそれたわけではなくて、相手
にしていなかったということか。
「レースの天才であるこの俺が…」
 俺はその場にヘナヘナとへたりこんだ。
「誰が天才だよ。お前みたいな大バカ野郎は見たことない」
 たくやはそう言って、カートをピットまで押していってしまった。
 俺はその場に座り込んだまま、ぼうぜんとしつづけていた。
 
                 おわり
 
 
 
 

読んでいただいた感想(よかった or よくない)をお寄せ下さい

詳細なご感想、ご意見はこちらまで



                             [目次へ]