ニキ・ド・サンファルの作品世界の特質は何?と問われれば、「天国と地獄、その 両極端の永遠なる散策者」のもつ桁外れな過激さにあるでしょう。 作品における過激な色彩、過激な形態、過激な着想、過激な大きさ・・・全てに この形容詞があてはまると言っても過言ではありませんが、 中でも主要なキャラクターであるナナのもつドラマは、私をスケールの大きな 神話の世界に誘ってくれる面白さに満ちていて興趣尽きぬものがあります。 ナナという名は、古代エジプトや古代オリエントの母女神イナンナ、ナンナ、 アンナ、ハンナ、アンヌ、アンヌ=メアリー、ディ=アンナ、イシス、イシュタール などと同義又はそのヴアリエーションの一つであった。処女神であり、あらゆる神神 の産みの祖なる母女神にして祖母神(大地母神)。全てであると同時に二つとなき 唯一神。かと思うと、時に巫女、時に娼婦としてもあらわれたというのですが、いうなら、 ナナという名には、女性のあらゆる属性と、存在のヴアリエーションがこめられていたと いうことなのでしょう。なんとも陽気で大らかな楽しさにあふれた女神像が彷彿として くるではありませんか。 ナナに対して、もう一方にイヴという名があります。イヴも古代において輝かしい 大地母神であったが、キリスト教が出てくるにおよんで、はなはだしくその地位が下落し てしまった。かつては、アダムすら産んだ女神も、誘惑者として天国から追放されたり、 アダムの助骨の一本から生まれてきたり、 生をもたらす母神ではなくて、死をもたらす不吉で汚れたものとして疎まれ憎まれ迫害 され差別される哀れな存在になってしまった。イヴという名には、暗くて陰湿な、 劣悪なる者のイメージがつきまとわされてきたのです。 ニキ・ド・サンファルの功績は、何と言っても、<ナナ>というキャラクターを生み 出したことにあるでしょう。 何千年にもわたる遠い遠い古代から、ニキによって呼び出され命を吹き込まれたナナ の再生と復活は、この二千年にわたる女の屈辱の歴史に終止符を打ち、輝かしい大転換 をもたらしたということがいえるでしょう。 <イヴ>から<ナナ>へ…と。 当美術館が、作者ニキその人にシンボルとしてのナナを特に請うた所以です。 かねがね不思議に思っているのですが、古代オリエント女神のナナ、ナンナ、アンナ と、我が国のオンナ=女はなんとその音(オン)において似ているのでしょう。 同じ意味で、ハンナとハナコ(花子)の音(オン)の類似性も単なる偶然でしょうか。 これらも含めて私にはたいへん興味深いことです。 貧弱な力もてこの大芸術家の世界に挑むという私に快く女神ナナをそのシンボル に許してくれたニキに感謝の言葉もありません。 |