越すに越されぬ野間の関  江戸時代の関所は,世情が安定するに連れて形骸化した所が多かったようですが,鹿児島の関所は常に厳重な取締りを行ない他国との交流を制限していました。

 これには,統制経済を守る,密貿易などの秘密を守る,さらに一向宗を取締る等の目的があったようです。

 中でも「野間の関」は薩摩の表玄関として,米ノ津衆(武士団)を常駐させ,厳しく監視していました。

 今は古井戸と小さな堀が往時を偲ばせてます。

鹿児島の陸路では「出水筋」「大口筋・加久藤筋」「高岡(日向)筋」が代表的な街道です。
薩摩の三大関所として,出水筋(いずみすじ)の「野間(のま)の関所」,大口筋(おおくちすじ)の「小川内(こがわち)関所」,高岡筋(たかおかすじ)の「去川(さるかわ)関所」が上げられます。
この他,辺路番所,津口番所などを各所に設けて取り締まっていましたので,「薩摩飛脚」と言って薩摩への道は危険が多かったようです。


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