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重要伝統的建造物群保存地区

名   称
 出水市出水麓伝統的建造物群保存地区(平成7年5月1日制定)
面   積
 約43.8ヘクタール
選定年月日
 平成7年12月26日 文部省告示第164号
選定理由 
 伝統的建造物群及び地割がよく旧態を保持している
説   明
 江戸時代,薩摩藩では鹿児島城を本城とし,地方行政組織として 百余の外城(郷村)を各地に設けた。外城の中心には麓(府元)を設け家臣を住まわせ外城経営にあたらせた。
 出水麓は島津領113の外城のうち,最古・最大の外城の中心地として,1600年頃から武家集団の移住を伴う大規模な整備が図られ,地頭が執務にあたった「地頭館」や島津氏の宿泊所であった「御仮屋」と一体となった「麓」が出現した。現在まで続く出水麓の構成は,初代地頭本田正親・二代椛山久高・三代山田昌巖の治世下にほぼ完成したと考えられている。この時期までに,亀ケ城北山麓の起伏の多い土地に道路を堀り込み,石垣を築いて屋敷区画を整地し,陣地を兼ねた住宅地を造成して,各地から移動してきた武士が居を構えたのである。
 本保存地区は,武家地である高屋敷と向江,その間に野町を包み込み城下町の体を示している出水麓のうち高屋敷を保存地区としており,麓の典型的な遺例の一つで,道路に沿って連なる石垣と生垣からなる景観も優れ,旧観をよく伝えるものとして価値が高い。
 

諏訪馬場
諏訪馬場,伊藤家前,南を望む。

伊藤家

諏訪馬場に面し,出水外城建設時からの旧家。
島津義弘の側近の一人,常陸坊を出水における祖とし郷三役の最高職であるアツカイ役等を代々勤め,明治10年の西南の役においては島津家中最強と詠われた出水隊を率いた。
座敷の柱には私学校徒による刀傷が今も残る。(非公開)

地区全景写真・古絵図


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