薩州の宗社・国境鎮護の神

箱崎八幡神社

箱崎八幡神社燈篭
箱崎八幡神社燈篭

箱崎八幡神社境内献籠

境内献籠
 出水麓郷士、伊藤裕徳らの寄進による黒船ゆかりの灯籠である。
「甲寅之春、夷舶来于相州及武州頗作擾、於是諸侯発士徃戌之時哉、我藩奉命、赴江戸者凡余人、我輩亦其中矣、臨発、謁于八幡・加志久利・諏訪・稲荷・春日・愛宕・天神之七祠祈、以客月無恙、乙卯秋八月遂得無事、還家因建石燈二基、以致其報伝安政乙卯九月中浣」とあり
 二面に 伊藤四郎左衛門 肱黒次郎助 溝口正八郎 税所正太郎 河野勘太郎
 三面に 関屋八郎右衛門 志賀嘉兵衛 二階堂友輔 石塚佳兵衛 二宮恕平 とある。
 嘉永六年(一八五三)アメリカ使節ペルリが、相州浦賀に来航して、通商を求むるに当り、薩摩からも江戸警備のために百余名の藩士が派遣されたが、出水からも伊藤祐徳ら十一名が、嘉永六年(安政元年)正月は江戸出発の準備に追われ、出水出発は一月二十九日であった。
 在府中は調練の合間には、御式台の番台として勤務し、また御書物の糺合方を勤め、自らも講会講に出発して、文を修め、幼君の先輩野村新九郎や同じ十一名の仲間として出府した松元右左衛門の死に立ち会い、また安政の大地震や江戸名物の大火災等に遭遇して、一年半後の安政二年(一八五四)八月、一人の友は失ったものの、残り十名は、無事任務を果たして帰郷した。
 これも神佛の加護と、その御礼として建立したのが、この八幡社の石燈籠である。

 文:八幡神社禰宜 田上敬一氏
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