薩摩二の宮・式内社

加紫久利神社

Kashikuri
かしくりじんじゃ拝殿   1996.6.16撮影

加紫久利神社由緒記

鎮座地
鹿児島県出水市下鯖町1272番
祭 神
主神 天照皇大神
相殿 多紀理毘賣命
   表筒男命(うはづつおのみこと) 中筒男命 底筒男命
   誉田別命(ほんだわけのみこと:応神天皇)
   息長帯比賣命(おきながたらしびのみこと:神功皇后)
   伊邪那岐,伊邪那美命
由 緒
 御鎮座年代は詳かでないが,遠く奈良朝の頃の創建と伝われる。既に貞観2年(860年)3月,薩摩国従五位下加紫久利神加従五位上と三代実録に載せられて居る。延喜式には,薩摩国頴娃郡枚聞神社(薩摩一の宮)薩摩国出水郡加紫久利神社と薩摩国では二社記載されて居り,古来薩摩二の宮として代々朝廷の尊崇厚く信仰の中心であった。
 島津氏の治世になってからも特に薩摩の総社として尊ばれ,22代島津吉貴公は社殿を改築して六〇石を与えている。
 社殿は歴代藩主の修理,改造,再建等十余度に及び,明治6年県社として再興されたのちは神域広大にして神厳この上なく深く官民の尊崇するところであったが明治10年6月3日西南の役の兵火にかかり門守社以外の社殿,神山,神宝,古文書等灰燼に帰した。その後,明治13年社殿は再興されたが地租改正又農地改革に依って境内地は縮小された。
 そして戦後社殿は老朽し,老樹は虫害をうけて神域はとみに荒廃するに至った。氏子一同神域の荒廃を座視するに忍びず,社殿の改築を計り,昭和36年3月,現在の社殿が創建され,さらに平成元年改築される。
 ・貞観2年3月20日 神階従五位上
 ・貞観8年4月7日  神階正五位上(三代実録)
 ・明治6年      県社列格
加紫久利の信仰
・薩摩の総社としての加紫久利の御祭神は伊勢の内宮と同一神であり「天照大神」は日の神と尊び仰ぎ,「光明」「仁愛」「生命」「救済」「幸せ」の大親神であります。
・「多紀理毘賣命」は天照大神の御女(むすめ)で宗像三女神の一で海上陸上の交通安全の守り神であります。田心姫とも伝う。
・「表筒男命」「中筒男命」「底筒男命」は住吉大神と伝われ,航海を掌る神即ち船魂の神であります。(海・川の表面,中程,底部の守護神)
・「誉田別命」は又の名を「応神天皇」とも伝い八幡社の神で神功皇后の御子で両神の関係は母子(ははこ)神の信仰があり母が子供を抱きかかえ,慈愛を以ってこれをはぐくみ育てる大愛を本願とされている。
・「息長帯比賣命」は又の名を「神功皇后」とも伝い,応神天皇の母君である。安産・慈愛・子育ての神として崇敬されている。
・「伊邪那岐,伊邪那美命」は摂社,伊勢神社の祭神で合祀された神である。二神の神は万物の生みの祖神として生命の祖神,延いては「延命長寿」の信仰がある。
・境内社「稲荷大神」は五穀豊穣・商売繁盛・殖産興業の神であります。

 以上,社務所で貰った「加紫久利神社由緒記」より転載
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