Last updated:12/06/2020__v1.0



1985年に「たそがれの尺八吹き」を作曲して以来、仕事の合間に細々と作曲を続けてまいりました。宗教的な意図はないのですが、京都や奈良の仏像に入れ込むのと同じような感じで、作曲を始めた頃は虚無僧のような禅系の尺八楽に対して浄土系尺八楽を打ち立てようなどと、大それたことを考えていたのは、はるか昔のことになりました。

バブルの頃は「24時間戦えますか?」といったCMが流れ、バブルが崩壊したあとは、日本経済の低成長化、少子・高齢化に対応するため、サラリーマンは残業、休日出勤で頑張ってきました。そうした状況で、理想郷のようなものを音楽の中に求めることは、一種の安らぎのようなものを得ることにもつながりました。

「稲田馬聖」という名前は、小学校に上がる前、家の裏に田んぼが広がっていたことと、日本の音楽の歴史を調べていた頃、薦僧(こもそう)という存在を知り、その別称を採り入れて名付けたものでした。しかし、知らないということは恐ろしいもので、浄土真宗の開祖、親鸞さんも「稲田馬聖」と呼ばれていたのだそうです。その稲田は、今の茨城県にあったそうです。

こうしたことを知ってしまうと、親鸞さんには恐れ多く、2001年の「新編尺八丈清会歌」をもって「稲田馬聖」には「さようなら」することにしました。16年間に33曲を作りましたが、その歴史は変わりません。このホームページにその痕跡を残して、現代の「稲田馬聖」は消え去ることといたします。


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