遮られない休息

瀧口 修造

跡絶えない翅の

幼い蛾は夜の巨大な瓶の重さに堪えている

かりそめの白い胸像は雪の記憶に凍えている

風たちは痩せた小枝にとまって貧しい光に慣れている

すべて

ことりともしない丘の上の球形の鏡


[ 詩画集「妖精の距離」(1937)より ]

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系図 - 若い人たちのための音楽詩(1992)

武満 徹

若い人たちのための音楽詩《Family Tree》(家系樹、系図)は、ニューヨーク・フィル創立 150周年を記念して委嘱された作品です。今回の演奏が日本初演になります。
題名が示すように、この曲の主題は家族(ファミリー)というものです。ズービン・メータさんから「子供のための音楽を書くことに興味はないか」 と問われて、その時は考えもしなかったことでしたが、この騒々しさだけが支配的で、殆ど人工の音に浸かっている日常生活を送っている、 殊に若い人たちのために、なにか、おだやかで、肌埋こまかな、単純(シンプル)な音楽が書いてみたく なったのでした。そして、その時、すぐ頭に浮かんだのが家族というテーマでした。私たち人間にとって、現在(いま)、 家族というものが抱えている問題には、かなり深刻なものがあると思います。だが私は、音楽を通して、 そうした問題を理屈ぽく描いてみるつもりはありませんでした。私たち人間にとって、どんなに時代状況が変わっても、 家族というものは素晴らしいものです。なぜなら、それはこの社会での、最小ではあっても、最も純粋なユニットだからです。そして、 それは外へ向かって開かれるダイナミズムを秘めたものです。
だが、同時に、家族という単位は、そこにある種の危険性を抱えてもいます。それは時に、外に向かって開かれるべき力が、 内へこもって閉ざされ、排他的になってしまうことです。それは人種差別や国家主義に結びついてしまうものです。そして、 今日の世界の状況はその傾向の方が未だに強いのです。
テキストは谷川俊太郎さんが書かれた『はだか』という詩集の中から、詩人の承諾をえて択んだ六篇の詩を、すべて少女の一人称として、 私が再構成しました。この作品は、12歳から15歳位の少女の朗読者(ナレーター)と、オーケストラによって演奏されます(今回は15歳の遠野凪子さんが 朗読します)。
人類がこの地上に生まれて、5万年とも6万年ともいわれています。この《Family Tree》はいうなれば、5万、いや6万年の15歳の少女の、永い旅の話でもあります。 谷川さんの詩によるテキストの配列は、次のようになっています。
「むかしむかし」「おじいちゃん」「おばあちゃん」「おとうさん」「おかあさん」そして最後に、「とおく」。 私のこの音楽では、詩のこころを生かすことに専一して、専門的なこだわりなど捨てて作曲しました。結果としては、 たいへん調性的(tonal)な響きのものになりました。しかし私は、単なる郷愁(nostalgia)で調性(tonality)を択んだのではなく、調性という ものを、この世界の音楽大家族の核にあたるものだと信じているからそれを用いることに躊躇しませんでした。そこから多くの個性的な響きが、個性的な音楽言語が生まれています。 そして、それらは互いに敵対するものではないはずです。 《Family Tree》で私が意図したのは、この作品を聴いて下さる方や、特に若いひとが、人間社会の核になるべき家族の中から、外の世界と自由に対話することが可能な、 真の自己というものの存在について少しでも考えてもらえたら、ということでした。そして、それを可能にするものは愛でしかないと思います。
《Family Tree》が敬愛する小澤征爾さんと、サイトウ・キネン・オーケストラによって演奏されることを、ほんとうに嬉しく思います。


('95サイトウ・キネン・フェスティバル松本 プログラムより)

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安江良介氏の死におもう

大江 健三郎

あらゆる死者は志なかばに倒れるが、その生涯の全体を見わたすと、多くは豊かな達成がある。 安江良介君についてその思いを新たにし、もうひとり痛ましく苦しい死をとげた友人についても、 わたしはやはりわが友、わが友たちの生は見事だったと再認して、自分の生の残りを励ます。

(98年1月8日付朝日新聞夕刊より抜粋)




そして、それが風であることを知った

白石 美雪

今年の2月に他界した武満徹は、戦後になって、ようやく国際的な場で活躍するようになった日本の作曲家たちの、 いわば「顔」にあたる人物だった。
彼はドビュッシーの音楽を敬愛していて、この作品を書いているときは、 いつも、同じ編成によるドビュッシーの《ソナタ》が念頭にあったという。
タイトルは彼が好きだったアメリカの詩人、 エミリー・ディッキンソンの詩"And then I knew 't was Wind"から取ったもので、 「自然の風と、人間の意識の中を吹きつづけている、眼に見えない、風のような、魂の気配を主題にしている」と述べている。
フルートのパートには、《牧神の午後への前奏曲》を暗示するメロディも含まれていて、ドビュッシーへのオマージュは明らかだが、 その甘美な響きには武満の個性が際立っている。

白石美雪さんプロフィール

東京生まれ。1984年、東京芸術大学大学院修了。86年まで同大学楽理科助手をつとめる。現代音楽を研究しつつ、 読売新聞などに演奏会批評を執筆。NHK-FMの番組にレギュラー出演。
訳書に、D・ヒギンズ『インターメディアの詩学』(共訳) 論文に「テオーシスにいたる道 - アルヴォ・ペルト」などがある。音楽執筆者協議会会員。

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クリスチャン・リンドバーグ(リンドベルイ)略歴

1958年スウェーデン生まれ。17歳でトロンボーンを始め、ストックホルムのロイヤル・アカデミーに入学。同時にストックホルム王立歌劇場2番奏者を経て、 イギリスの王立音楽院、ロザンゼルスで研鑚を積み、25歳でストックホルム・フィルと共演しソロデビューを果たす。以降著名オーケストラと共演し世界各国で 卓越した技術と深い音楽性をアピール。数々のコンクールで次々と優勝をさらい、権威ある「フランク・マルタン・コンペティション」では優勝の他にマリア・マルタン賞 も受賞。莫大なレパートリーを持つ世界でも希有な演奏家であり、トロンボーンのパガニーニと称される程の超絶技巧を駆使し、トロンボーンという楽器の無限の可能性を追求。 その華々しい活躍はテレビ、ラジオ出演、コンサート、レコーディングと留まるところを知らない。サンドストレム、シュニトケ、武満徹等、現代を代表する作曲家達が彼に注目し、 作品を献呈している。1994年ザ・クラシカル・ミュージック賞を指揮者のクラウディオ・アバド、チェロのヨーヨー・マなど世界のトップスター達と並び受賞する。 年間300以上のコンサートの依頼のある超多忙な演奏活動を展開、真の芸術家としての活躍はまさに破竹の勢いである。
(以上、オーケストラ・アンサンブル金沢 第11回東京公演のプログラムより引用しました。)

私の持っているCDで、リンドバーグのトロンボーンを捜してみたら『冬のトロンボーン』(BIS-CD-348)が出てきました。このCDはバロックの協奏曲をトロンボーンで奏し、20世紀の 作品とともに収めたとても面白いものです。

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「星たちの息子 - 第一幕への前奏曲《天職》 - 」

Le Fils des Etoiles 「星たちの息子」
- Prelude du 1er Acte "La Vocation"- 第一幕への前奏曲「天職」

Transcription for flute and harp of a solo piano work by Erick Satie(1975)

Duration : 5 minutes

First performance:December 17,1975 - Tokyo - Hiroshi Koizumi and Mari Kimura

Score on sale. SJ1074(Scott Japan)

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