東尾久三丁目

1997.11.13更新

 
荒川線開業時は「下尾久」と呼ばれ、昭和33年に「尾久町一丁目」となり、39年の住居表示変更にともない現在の電停名になったそうです。




下尾久石尊

石門通りを入って少ししたところで、右に曲がり、その奥の小道に小堂がたたずんでいます。ちょっとわかりにくい。いや、すごくわかりずらい。小道を何本も探しまくってやっと見つける。
お堂の横には『暦応(1338〜42)の頃、しばしば起こる地震に村人が不思議に思ってこの地を訪れたところ、地より二尺(約60センチメートル)ばかりの異形な石が生えていたという。』と、記されてる。しかし、別の資料によると、「新編武蔵風土記稿」には『社はなし。高さ四尺ばかりの自然石、二つ並べり』と記されていると書かれていた。どっちが本当なんだぁ〜。二尺の違いは大きいと思うのだが・・・扉の一部から中を覗くと石が見えます。ただ四尺なんだか、二尺なんだかはわかりません。またこの石は「出世石尊」と呼ばれ石神と崇め祀るようになったと伝えられています。由来は不明。


石門通りを直進し、ずーと歩き、大通りも越え、サッカーグランドを右手に見ながらさらに歩くと、隅田川の川岸に到着します。ただし、護岸のコンクリートが視界を遮って川は見えません。八幡神社所蔵の「上尾久村絵図」には、このあたりは「死馬捨場」と記されています。馬自体の必要性がなくなった今では、何の痕跡も残ってはいません。あたりまえか。


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