津島通信

OCTOBER 2001
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◆CONTENTS◆

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【きむたく日記】

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kimutaku@cc.okayama-u.ac.jp

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広 告(刊行より1年間)

 ¶ 『敍説』第2期第2号「特集・nagasaki」1,800円(税込)

 ¶ 仲 秀和氏『漱石―『夢十夜』以後―』2001.3.30,和泉書院,2,500円+税

 ¶ 江種滿子・井上理恵編『20世紀のベストセラーを読み解く――女性・読者・社会の100年――』2001.3.29,学藝書林,2,500円(税別)

    (所収論文;菅聡子「吉屋信子『花物語』『女の友情』――〈花物語〉のゆくえ」,根岸泰子「太宰治『斜陽』――その揺籃期の物語」他9本.)

 ¶ 花田俊典氏『太宰治のレクチュール』2001.3.10,双文社出版,5,600円

 ¶ 木村小夜氏『太宰治 翻案作品論』2001.2.25,和泉書院,4,800円

 ¶ 小田島本有氏『小説の中の語り手「私」』2000.10.20,近代文芸社,2,000円(税別)

 


「きむたく日記」

 

10月30日火曜日晴

     国内の失業率が5.3%という過去最悪の数値を記録したそうだ.その原因にあげられていた日本の産業構造の空洞化の話を聞いていて,昨夜寝る前に読んでいた野口悠紀雄『正確に間違う人〜』(ダイヤモンド社,2001)の東大での最終講義の内容を思い出した.野口氏は,日本の不況は経済政策の失敗よりも,産業構造の変化にあると考えている.
     10年ほど前までアジアの途上国とみなされていた国々が工業国の仲間入りを果たし,遂にはあの巨大市場を抱える中国まで工業化に成功した.その結果日本の工業生産拠点はアジア各国に移転し,日本国内の工業生産を担う産業構造は大きく空洞化せざるを得なくなった.端的に言えば,国内でモノを造るより,海外で作った方が安上がりなのであり(ユニクロは好例),日本の工業生産に関る労働者は不要になったということなのだ.しかし,工業生産(車・鉄鋼など)が日本の産業を支える柱であることを考えれば,その産業が骨抜きになることは,日本の経済の屋台骨が揺らぐ事を意味しているし,事実揺らいでいる.しかも,この世界の趨勢は日本が頑張ってもどうなるものでもない.国際競争の厳しい潮流の中で,日本の国内工業生産は完全に太刀打ちできなくなった.この事態はむしろどんどん進行していくとのことで,そうなると日本の産業構造の空洞化に原因した不況は,改善されることはないということになる.ニュースの解説では,失業率の6%台突入は間近だし,不況はまだ10年は続くだろうという悲観的な見通しを示していた.
     はっきりしている事は,日本は未曾有の転換期にあるということだ(良い方にも悪い方にも).バブル期に青春時代をすごし,まだ漠然と右肩上がりの将来像にとらわれていた僕も,完全に夢想から覚めた(遅い).自分の仕事も生き方も,戦略的に考えていかなければならない.ましてや若い学生・院生は,安穏な将来が待っているわけではない.しかし,時間と可能性は十分にある.それを有効に活用して,将来の戦いに備えて貰いたいものだ.

     伊予鉄道の「坊っちゃん列車」が真昼間に脱線したそうだ.真昼間にもかかわらず乗客がいなかったそうで(笑),けが人が出なかったのは幸いだが,白い粉がまかれなくても,いろいろ危うさを感じる話である.
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10月29日月曜日晴

     午前中大学院の講義.午後学部の講義.「総合的な学習時間」に関係した講義なので一番神経をつかったが,今回は無事クリアできた.
     生協で,ようやく『環』7号を入手.他雑書の類や,昨日の学会(名古屋大学)のシンポで岡真理さんが言及していた『現代思想』の特集号を買う.
     附中に実習に行っていたゼミ生の教育実習の感想を聞く.附中の教官にもいろいろなご苦労があったことが分かり,感謝する.
     さ〜て,退出するか.

10月26日木曜日晴matutake.JPG (27755 バイト)

     午前学部の講義.午後,食事のあと講義の準備をする.リサイタルに誘ってくれた事務官が是非自慢したいものがあるということで,研究室に.見るとそれは見事な松茸3本&良い匂いであった.百貨店で買うと4,5万円はする代物だという鑑定もあるようだが,こんな立派なものは,僕も京都時代に寺町二条の商店街で見て以来見た事がなかった.眼福であった(みなさまにも).
     紀伊國屋書店からミシェル・トゥルニエ『魔王』上・下(みすず書房)が届く.土日の楽しみといいたいが,日本近代文学会(於名古屋大学)があった.痛恨.それでは,会員諸氏,名古屋でお会い致しましょう.

10月25日木曜日晴

     昨日は,勤務時間が終わってから,矢掛町の文化センターに行ってきた.岡山駅から約1時間のところだ.
     川畠成道というソリストのバイオリン・リサイタルだったのだが,僕は音楽のコンサートというのは,10年くらい行ったことがなく,自他ともに認める音楽音痴なのである.それが行く気になったのは,招待チケット(無料)であるということが大きかった.
     馬の耳に念仏だと思っていたが,これが案外シッカリした技量で,シャープで正確な音が出ているのが良く分かるのだ.クライスラーの「愛の哀しみ」「愛の喜び」などの有名なものから,バッハの「アリア」やグノーの「アヴェ・マリア」などの超メジャーな曲が演奏された.
     音楽がわかれば,いうまでもなく至福の時間であったろうと思うのだが,不覚にも1曲目の「シャコンヌ ト短調」(ヴィターリ)で撃沈されてしまい,隣席の中学生(男)のイビキで目が覚める始末.後は起きていたが,隣の鼾や前の男の子の退屈しきった身動きで,気を散らされてしまったのが,残念であった.当初の連れが残業でNGとなり,急遽代理として誘ってくれた人によれば,前の席で「盛大に鼻水をすすっていた子」もいたらしく,いかにも町主催のリサイタルにふさわしい雰囲気ではあった.
     この後,僕は川畠氏のCDを買い,CDジャケットにサインをしてもらった.しかしそのサインは,昔見たウルトラ兄弟のウルトラサインに酷似していたのであった(30代の男性にしか分かるまい).

10月22日月曜日雨

     開校記念日で休講である.学生もいないし今日は空いているだろうと思って,図書館に講義の資料を集めにいくと,休館だった.開校記念日=休館と言う図書館のこの発想は,学生レベルにあわせた発想でケシカラン.
     仕方なく生協に立ち寄る.「環」や「漱石研究」の新刊があるわけでもなく,『樋口一葉集』(岩波『新古典文学大系・明治編』)や『中島敦全集』があるわけでもない.マーク・ポスター『情報様式論』(岩波現代文庫)や,谷崎関係の新刊という関係のないものを買ってしまった.『情報様式論』は,ITと文化に関心をもっている人にはお勧めである.
     研究室で論文の書き直し,ようやく目途がたってきた.勿論,「敍説」の原稿のことではない.

     ところで僕は,土曜日に「テロ」に遭遇した.夕食にスパゲッティが食べたくなり,麺をゆでていると,突然換気のダクトから異常音がした.ビックリして様子をうかがっていると,中でバタバタと羽音がする.あまりに信じられないことが起ったのと,これからの厄介を思って心底うんざりした.急いで食事をすませてから,玄関のドアを開け放し,ライトを目印代わりにと点灯した.そしてビクビクしながらダクトのカバーを開けると,やはり一羽の小鳥が飛び出してきたのである.見ると,それは雀であった.雀はバタバタを室内を飛び回り,羽毛を撒き散らす.しかし,玄関の方には飛んでくれない.いらいらしながら見守っていると,恐ろしいことにダクトからは別の羽音がしたのである.まさかと思ってダクトを叩くと,もう一匹雀が飛び出してきた.この時思わず僕は,9月11日のテロを思い浮かべてしまったし(不謹慎?),原稿を書かないと紙飛行機をぶつけてやるとキョーハクした御仁まで思い出してしまった
     それから30分以上,雀とそれを追いかけまわす「人間」の格闘が1LDKの室内で展開された.雀が「今日はこれぐらいにしといたるワ」(吉本興業@池乃めだか)と出て行ったあと,室内には羽毛と糞と呆然とした「人間」が残されていた.(おわり)

10月19日金曜日晴

     出張から帰って来たので,書類を整理していると,新美南吉の研究書を出さないかという勧誘のDMがあり,一読.200頁の本で,170万円の自費がかかり,印税は3%だということだった.印税は,関東が10%,関西が7か8%だったと思うので,安過ぎる.その分出版費用を圧縮しているのだろう.どちらにせよ,専門外だし,来月は引越しするので,余計なお金は使わない事にする.書類の山の中に論文の校正稿を発見し,慌てる.しかも5行削れとのこと.(-.-")凸
     後期最初の講義.講義前にI先生が,「教室が分からない」と焦っていらっしゃった(笑).時間割で調べて上げて感謝されたのは良いが,その騒ぎで,次回使う講義の教材プリントを印刷し忘れる.教室で気づいた時,目の前には憫笑する学生の姿があった.

10月13日土曜日晴

     13:00から修士論文と卒論の中間発表会.16:30終了.実習中の3年生も参加してくれて有り難かった.休憩時間中,附中の先生のおもしろいエピソードを聞いて,一同爆笑する.対象が特定されるので,ここには書けないのが残念だ.
     科研費の書類を作成しなおす.(-.-")凸

10月12日金曜日晴

     岡山25度.まだ残暑.
     付属小学校の共同立案授業を見に行く.ゼミ生がメンバーに含まれているので,見ないわけにはいかない.教材は,小4配当の沖井千代子「すいかの種」(学校図書)であった.「ひとつの花」か「ごんぎつね」を予想していたので,教材を見たときに,5名の教官全員が慌てる(当日教室で見た事もないものをあてがわれて慌てないものはいないだろう).それでも何とかコメントをひねくりだしていかなければいけないので,教官の立場はツライ.
     授業では,原爆投下後の母親・兄・ふじ子の様子が対照的に描かれている部分を取り上げていた.母親の「お留守番をしていなさい」と「もうだいじょぶよ」という2つのセリフを通して母親像を探っていく授業であった.しかし,母親の父親への心情の変化が書かれていると思った範囲が,授業では,子供を心配したり配慮する母親像になっていて,違和感を抱いた.当然母親像についても子供への思いやりのある母親になってしまった.
     あとの反省会で,授業者たちの教材研究では,前半は心配する母親であったが,後半は力強い母親像を読み取らせようとしていたので,子供達の違う読み取りに慌てたということを言っていたが,その誤読を訂正するための教材研究が十分ではなかったようだ.問題の箇所は,父親を探して広島からもどってきた母親が疲れきっていたことや39度の高熱を出した記述を踏まえ,子供を心配させまいとする母親が,「だいじょぶ」と言ったと解釈されたのである.しかし,発熱の記述のあと太田川に浮かぶ死者や電車の中の焼死体を「うつろな目でみていた」母親が描かれており,ショックで体調が思わしくないのに,それでも死亡したであろう夫を探しに行こうとする,絶望を抱えながらの「だいじょうぶ」であることがわかる.
     こう読んでくると,授業でまとめられた「子供を思いやる母親」像は,怪しい読みであるといわざるを得ない.しかもそのことは,母親の父親を心配する姿を正確に押さえていけば,最初から気づくことである.授業ではその作業をせず,キーポイントの2つのセリフの前後だけに子供達の注意をむけさせてしまっていた.父親を心配する母親の姿は押さえられていなかったのである.だから,子供は勝手な解釈で,母親の言葉を適当に解釈してしまったのである.「強い母親像」を理解させるという授業目標は,かくして崩壊した.

     大学に戻ると,研究協力課から電話.
     「先生,申請書類に新しく書架の項目を付け加えられましたよね」
     「はぁ,それが何か」
     「書架などの通常の備品は,科研費ではなく,校費で購入していただくことになっています.」
     「と,ということは」
     「書類は,ボツです.数字を書き直して再提出してください.」
     「うぎゃあぁぁぁぁ,両面印刷・糊付け・色塗り×7ぁ〜」(絶叫)

10月10日水曜日晴

     昨夜の大雨とは打って変わって,晴天となった.午前中,大学院研究科会議.
     科研費の下書き書類を再度提出する.書式の表示が直らなかった申請カードは,手書きで提出する.一太郎版も試して見るべきだったか.
     図書館の登録から返って来た『批評空間』3期1号を読む.「すが」さんの時評が凄かった.Kさんもあの本で味噌をつけて大変だ.蓮實氏のティム・バートン論(「猿の惑星」)は面白かった.

10月9日火曜日曇のち雨

     3連休もアフガニスタンへの空爆開始とともに終り,今日から不穏な雰囲気の中での営業再開である.これで日本も後方支援といいながら,事実上戦時体制の中に組み込まれた.このような事は未曾有の経験である.何時テロに見舞われるか分からない不安を強く感じる.この我々の日常の「激変」をどれくらいの日本人が感じ取っているだろうか.いつもの事ながら,危機はこのようにジワジワとやってくるのだ.
     そのこととは別に,昨日繰返し放映されていたビンラディンのアメリカ批判に,妙な共感を覚える自分がいることも事実だ.彼が広島・長崎に言及したとき,「まさにそのとおり」だと思った.辺見庸は今日の「朝日新聞」で,文明の衝突以外に,「富める者」の傲慢と「貧しい者」の憎悪の対立が潜在していることを指摘していたが,同感である.テロ批判と同時にアメリカにつくのか否かを世界各国に問うたときのあの姿勢は,アメリカ―ブッシュの単独傲慢主義が厳然としてそこにあることを示していた.しかもいろいろ報道されているように,テロを生み出した原因にはパレスチナ・イスラエル問題へのアメリカの干渉があり,ビンラディンを生み出したのも旧ソ連対策を展開したCIAの工作というではないか.アメリカの外交政策(工作)の問題が今回の「戦争」の根本にあるのであり,そのことに頬かむりして正義漢ヅラされても,全然説得力もないし,共感もできない.もちろん,なんら過失のない民間の人間を巻き込むビンラディン&アルカイダの非道なテロも許されるものではないのだが.
     主義主張の美名で飾り立てた暴力は,即刻やめるべきである.20世紀の過ちを繰り返す愚を我々は止めなければならない.その意味でも,日本は「日本国憲法」の下に第3の道(調停)を歩むべきであった.……,あ,でも外交が滅茶苦茶.

     研究協力課からようやく添削の終わった科研費の請求書類がもどって来た.問題の予算関係は訂正できたが,問題は書式ファイルの問題である.僕のPC上では,申請カードの罫線で描かれたフォーマットが崩れてしまうのだ.協力課に問い合わせてみると,MACでは同様の苦情がきているが,WINユーザでは初めてだそうだ.日本学術振興会のHPから,ワード2000/ワード97のファイルをダウンロードしてみるが,やはり駄目であった.1枚のカードなので,手書きするしかないか.それにしてもワードの罫線機能は,いまだに使い物にならないくらいに,駄目である.
     生協で,柳田邦男『人間の事実』1・2(文春文庫)と村治佳織の「アランフェス協奏曲」のCDを購入.『人間の事実』1の第1章「自分の死を創る時代」は,僕の研究に有用.

10月5日金曜日晴

     河出書房新社が出している「教師のパソコン」という雑誌があり,「パソコンで『総合的な学習の時間』大成功」のキャッチフレーズに引かれて注文したのが,今日納品された.VOL.7(1,429円+税)
     が,「総合的な学習の時間」に使えるサイト(自動車のできるまでとか牛乳のできるまでとか)の紹介や,エクセルを使ったデジカメ画像の管理の説明,他に点字ソフトの入ったCDがついている位(なぜ点字?).英語翻訳の無料サイトの紹介はありがたかったが,そんなの小学校の授業では関係ないだろうし,もう少し実際の授業向けの展開例などがあるのかと思っていたのでガッカリした.ま,エクセルでも画像の挿入ができるというのは,初めて知ったので勉強にはなったのだけれど.
     学部の講義で,数学と国語の教科内容をミックスして「総合的な時間の学習」に対応したプログラムを実施しなければいけないので,その題材を探しまわっているのだが,やはりそのような都合の良いものはないらしい.学生たちの前評判も,「そんなのできるの?」というものだったらしいから,それで突っ走るしかない.

10月4日木曜日晴

     紀伊國屋書店で2週間前に校費で購入した図書とビデオが入荷した.もうちょっと早くならんのかと思う.生協で2日に購入した3冊も一緒なのだから.鷲田清一『<弱さ>のちから』(講談社)を斜め読み.松岡正剛『フラジャイル』への言及もあり,自分の目の付け所は概ね間違ってはいないようだ.
     購入したこまつ座の『頭痛肩こり樋口一葉』は,NHK教育の劇場への招待か何かのプログラムで見たことがあるが,偶々紀伊國屋書店が出していたので,購入したものである.早速今晩見てみよう.そういえば,不眠症との関係で思い出したビデオがある.○藤剛が演じた『心』(秦耕平版)の劇場版を録画したビデオを持っているのだが,このビデオは絶対眠い.2時間を通して見ていられず,3日に分けて見た覚えがある.いずれも眠たくなって見続けることができなかったのである.これが催眠剤になることを,今思い出した.但し,僕だけにしか効かないものかもしれないので,一応お断りしておく.
     ようやくといえば,葦書房から出ている『夢野久作全集6』がやっと納品された.遅い! でも『ドグラマグラ』の草稿は興味深かった.

10月3日水曜日晴

     眠れないということを書いていたら,友人たちからお見舞いをいただきました.ありがとうございました.なんとか4時間くらい眠れましたので,今日は調子良いです.郷里の従兄弟も,掲示板の方に乱入したりして,嗚呼恥ずかしい.僕のイメージが壊されたように思えるのですが,大丈夫でしょうか.
     昨夜の月光は凄かったです.夜空に冷たく晧晧と照り輝いていました.見ましたか?あのような月を眺めながら,月見団子を食べるというのは乙なものですが,今日の健康診断を意識して何も食べなかったのでした.
     それにしても今日は学部のネットワークがつかえないはずの日なのに使えている.なぜ?

10月2日火曜日晴

     眠れない.
     ストレスで睡眠不足が続いているので,とうとう思い余って飲めないアルコールの力を借りて眠る事にした.ウィスキーをジンジャーエールで割って,24:00過ぎに眠り込んだは良いが,2:00過ぎに目が覚めた(酔いが覚めたらしい).
     僕は,酔いが覚めた後は頭が冴え返って眠れなくなる.もう少し眠れるかと思っていたが,2時間程度しか眠れなかったわけで,自分の体質を甘く見ていた.論文を少し書いてから,メールの返事を書いたり,ネットサーフィンして「批評空間」のWEBを閲覧したり,文具をネットで購入したりして,長い夜を過ごす.今思えば,月見でもすれば良かった.レヴィナスの解説書でも読めば眠くなるかと思ってベッドに持ち込んだが,これが全然眠くならないのだから,どれくらいの重症かお察しいただきたい.プルーストの『失われた時を求めて』にも不眠症は出てくるようだが,なかなか辛いものである.結局,そのまま出勤することになった.いまだに眠気は訪れず,疲労を蓄えた目だけがヒリヒリと塩水につけたように痛む.今晩は,満月を眺めながら,鬼束ちひろのアルバム「インソムニア」(不眠症)を聴くことになるのだろうか(泣).あまり関係ないけど,NHKのTRに出演していた鬼束ちひろは,可愛い子だったけど,ハイテンションで少し変だった.

     教採の結果を耳にする.国語教室の受験した学部生(4年生)で2次試験の合格までこぎつけたのは,結局3名/10名らしい.まだ,愛媛など発表されていないところもあるようだから,この数字は確定ではない.
     生協で,柄谷『トランスクリティーク』や柳美里の新刊,『遅刻の誕生』などを買う.『遅刻〜』は,時間の意識が日本人の身体にどのように内面されたかを扱う近代文化史である.

10月1日月曜日晴

     昨日寝る前にメールチェックをすると,卒業したゼミ生から,教採の2次試験に合格したとの連絡が入っていた.胸を撫で下ろし,お祝いメッセージを送っておいた.教採の結果は既に出ているはずだが,連絡が来ない他の者たちは…….落ち着かない気分である.
     寝不足でやたら眠くてたまらない.論文に向かっていても,内容が頭にはいらず困る.仕方ないので,キャンパスを歩いたりして気分転換をはかる.学生の姿が多いのは,今日から後期が始まったからだ.教育学部は教育実習に入ったこともあり,専門の講義は2週間休講である.この2週間の間に,7月に脱稿予定だった論文1本を,なんとか仕上げなければならない.
     故郷の日高町の南に位置する養父町議会が「童話のまちづくり宣言」を今日するそうだ.童話を用いて子供のこころの育成を企図するものらしい.童話を用いてというあたりに.大人の子供に対するイメージの先行を見てしまうのは,少々ひねくれているだろうか.僕の甥っ子たち(10歳,8歳)などを見ていると,ゲームと漫画と野球でその日常は構成されている.童話―読書の介在する余地はなく,だから議会は学校の教育カリキュラムの中に導入しようというものらしいが,それはそれで新学習要領の言語コミュニケーション能力重視の方針と,整合しないのではないのかと思う.