津島通信

FEBRUARY 2002
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◆CONTENTS◆

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【きむたく日記】

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kimutaku@cc.okayama-u.ac.jp

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広 告(刊行より1年間)

 ¶ 佐藤 泉氏『漱石 片付かない<近代>』02.1.30,日本放送出版協会,920円(税込)

 ¶ 『敍 説』第2期第3号「特集・夢野久作―聖賤の交雑―」2002.1.6,花書院,1,800円(税込)

 ¶ 于 耀明氏『周 作人と日本近代文学』翰林書房,2001.11.9,4,000円(税別)

 ¶ 菅 聡子氏『メディアの時代--明治文学をめぐる状況』双文社出版,2001.11.1,2,800円(税別)

   (近代文学成立期の一側面/<文士>の経済事情/初期硯友社と吉岡書籍店/『読者評判記』の周辺/百合とダイアモンド/小杉天外『魔風恋風』の戦略/<対話>の生成−−場所としての一葉身体/『通俗書簡文』の可能性/流通する<閨秀作家>)

 ¶ 仲 秀和氏『漱石―『夢十夜』以後―』2001.3.30,和泉書院,2,500円+税

 ¶ 江種滿子・井上理恵編『20世紀のベストセラーを読み解く――女性・読者・社会の100年――』2001.3.29,学藝書林,2,500円(税別)

    (所収論文;菅聡子「吉屋信子『花物語』『女の友情』――〈花物語〉のゆくえ」,根岸泰子「太宰治『斜陽』――その揺籃期の物語」他9本.)

 ¶ 花田俊典氏『太宰治のレクチュール』2001.3.10,双文社出版,5,600円

 ¶ 木村小夜氏『太宰治 翻案作品論』2001.2.25,和泉書院,4,800円


「きむたく日記」

2月20日水曜日


     午前中会議.終了後,生協に国語資料室の共有プリンタのトナーカートリッジを注文に行く.値段を調べたら,消耗品の癖に21,600円もするので仰天した.トナーカートリッジは,大変高額なのである.ブルックスのシャツとネクタイなら相当良いのが1組買えるし,三島全集なら,4冊買える.「敍説」なら同人価格で20冊近く買える.とにかく高い.
     ついでに隣のブックコーナーで,書籍を4冊購入した.遠藤周作『作家の日記』は福武文庫を底本としたもの.結核に苦しむ留学生活の中での,病を見据えた記録は,大変興味深い.病も生の一部と考える僕は,病によって変貌する世界--主体・身体・時間が言語によってどのように表現され意味付けられるのかについて研究しているからだ.
     目を引いたのは,群馬大学教育学部国語教育講座編『「山月記」をよむ』(朗読CD付き)三省堂,1600円である.同業者がかかる経営努力(独法化対策?)をはじめている事に少なからぬ衝撃と刺激を受けた.岡山大学教育学部国語教育講座でも,何か企画を考えても良いだろう.とりあえず午後から教授会があるので,関係者には合間に見てもらおう.
     見てもらうといえば,下で話題にしたNHK人間ドキュメント「津軽・故郷の光の中へ」の再放送が,24:15からある.時間があれば,見ていただきたいものだ.

2月19日火曜日


     気候が冬型に戻ったようで,時折小雪が舞う一日だった.10:00から卒業論文の口頭試問を行う.ゼミ生達も落ち着いて受け答えし,12:30に無事終了する.簡単な会議のあと,3年のゼミ生を誘って中食.卒業研究の成績を出し忘れているのに気が付き,慌てて舞い戻って教務に提出する.少々,脳が疲れた.今週は修士論文の口頭試問も金曜日に処理しなければならない.ヤレヤレである.

2月18日月曜日


     明日が口頭試問の日なので,資料を作る.国語教室の場合,学部の口頭試問の時間は移動時間も含めて20分が割り当てられているに過ぎない.言いたい事の全てをいえるわけではないので,せめてゼミ生にだけは卒論の問題点を全て一覧して反省してもらう資料(A4一枚)を渡すようにしているのである.小学校の先生になりたいというてるのが,派生を「派出」と書いたりして,もう壊滅的な日本語使用である.

     先週NHK「にんげんドキュメント」で,ハンセン氏病の元患者で詩人の桜井哲夫氏(77歳,栗生楽泉園・群馬)が,青森の郷里に60年ぶりに帰郷する様子を放映していた.桜井氏は,ハンセン氏病のため顔面が崩れ,眼球を摘出したり声帯を摘出したりするなどの障害を抱えている.また両手足の指も欠損しており,食事などには介護が必要である.執筆は,口述している.
     番組は,桜井氏を暖かく迎える郷里の親戚達の姿や歓迎会の様子が映し出されており,ハンセン氏病元患者の帰郷というなかなか進捗しない問題に一石を投じる主旨で構成されていることが良く分かった.しかし,その物語られ方は,今まで差別と偏見の対象であったハンセン氏病の元患者が,周囲の「協力」・「善意」と本人の「熱意」で帰郷を果たし,「歓迎」されるという構図に構成されており,「美談」としてまとめ上げられていた.そして,最後にはその帰郷に尽力した家婦の突然の病死という「悲劇」で締めくくられるのである.
     これでもか,という構成に涙しながらもうんざりさせられた.そして僕はこの「物語」が排除するものに思いをめぐらさないわけにはいかなかった.帰郷を望みながらも受け入れてもらえない元患者達や,受け入れたくても周囲を気にしてそれが出来ない家族達.受け入れたくない家族達.元患者の存在すら知らされない孫子の世代.この強度を備えた「美談」は,「美談」に組み込まれないハンセン氏病元患者とその家族に対する抑圧となるのである.
     番組中唯一ほころびが見えたのは,歓迎会の折に「(存在と帰郷を)一週間前に知らされて驚いた」という親戚の男性の発言であった.彼の見せていた困惑ぶりは,「歓迎」を旨とする場の中で,視聴者にはあきらかに違和感として感じ取れるものだったが,実はそれこそが突然に果たされた帰郷の不自然さ(番組のやらせ?)を浮かび上がらせるものであった.
     僕はこうして,NHKの番組に「美談」の不自然さを読み取ったが,勿論当事者たちを非難しているわけではない.問題にしているのは,ハンセン氏病元患者への観点の据え方なのである.行政の過去の失策が絡んだ病気とはいえ,県知事や町長までが登場してくる「帰郷」を「美談」の構図の中でしか描けないハンセン氏病へのまなざしは,依然としてハンセン氏病を特別な存在として描出する差別の構図から絶縁したものとはいえないのである.そしてそれが,NHK謹製の「物語」として流通したことが残念なことであった.
     「美談」や「悲劇」や「差別」というものが,実際にそこにあるのではない.「美談」や「悲劇」や「差別」という「物語」があるだけなのである.

 

2月15日金曜日


     今日は学部の成績票の締切日で,点数を出すのにおおわらわである.学部のシラバスに出席何点,レポート何点と具体的に評価の内訳を明記しなければならなくなったので,学生から評価への問い合わせが来ても回答できるように,すべて数字化しなければならない.エクセルで数字を処理していくが,算数レベルですら苦手な僕には,この作業はとても苦痛なのである.
     肝心の当日にいなかったので,一日遅れの「プレゼント」をいただく.ゼミ生有志がくれたものは,その場で開けろというので見たところ,○ンチの形のもので皆で大笑い.
     君たちの「気持ち」はよ〜く分かった.

2月7日木曜日


     5日の午後から吐き気と腹痛に襲われ早退した.夜は8度近い発熱に苦しめられる.独身の悲哀をこれでもかと,味わわされた一夜であった.
     6日は欠勤.当日に行われた学部長選は,超接戦だったらしく,あやうく「戦犯」になるところだった.選管の委員長だった隣室のT田先生は,「どちらに投票すべきかという心労で倒れたのか」と笑っておられた.
     今日は牛乳を1杯だけ飲んでなんとか出勤.卒論の解読作業をすすめるが,日本語が分からない.このストレスが原因で倒れたようなものだ.
     16:00から新ゼミ生の面接とゼミ生の指導・進路相談を行う.新しいゼミ生は僕の氷の微笑もものともせず,久々に手ごわいのが来たな,という印象を受けた.楽しみである(と書くのは,本人が読んでるというのもあるんだけど).一緒に頑張りませう.

2月4日月曜日

     今朝出勤するときに郵便受けを見ると,朝刊とともに佐藤泉さんから『漱石 片付かない<近代>』の献本が入っていた.感謝.いつもありがとうございます.
     午前中,大学院の講義.午後,レポートや卒論を査読作業をする予定.脳細胞への影響が懸念されるので,月曜日が映画館のメンズデーであるのを利用して,息抜きに「フロム・ヘル」を観に行こうと思ったが,上映時間が勤務時間内だった.無念.ま,自分が「地獄」にいるからいいか.

2月1日金曜日

     午前中学部講義.後期の最終講義を終える.昨日「囚人」たちも卒論を無事提出し,提出の報告に固い握手を交わした我々であった.あとは,「蜘蛛の糸」を蓮池から垂らすのみである.
     『竹内浩三全作品集』(藤原書店)を先日入手した.三重県出身.23歳の若さでフィリピンで戦死した人である.以下に新発見の詩を紹介する.

    「日本が見えない」

     この空気
     この音
     オレは日本に帰ってきた
     帰ってきた
     オレの日本に帰ってきた
     でも
     オレには日本が見えない

     空気がサクレツしていた
     軍靴がテントウしていた
     その時
     オレの目の前で大地がわれた
     まっ黒なオレの眼漿が空間に
     とびちった
     オレは光素(エーテル)を失って
     テントウした

     日本よ
     オレの国よ
     オレにはお前が見えない
     一体オレは本当に日本に帰ってきているのか
     なんにもみえない
     オレの日本はなくなった
     オレの日本がみえない

     炸裂する爆弾によって死んだ兵士(目を失った)が霊魂となって戻ってきたことに模して,日本の行く末が「見えないこと」(第3連)をうたったものである.朝日の「天声人語」でも紹介されていたが,日本の行く末はまったく「みえない」.他にもこんなのがあります.
     昨日入荷した劇団四季「異国の丘」のCDを聴きながら,これを書いているが,「異国の丘」もソ連によるシベリア抑留体験を舞台化したものである,収容所で亡くなった近衛元首相の子息の話がモデルとなっている.戦争のむごさに思いを致す今日であるが,ブッシュ@アメリカは依然アメリカ原理主義(自由・正義)のもと,北朝・イラン・イラクを「悪の枢軸」と名指しして次なる対テロ戦争への布石をうつことに余念が無い.日本のグータラ内閣を見習えばよいのに.