津島通信

JULY '98
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◆CONTENTS◆

コラム@Windows98(7/22)

コラム@オンライン講座(7/10)

ピカチュウと一緒@「きむたく日記」

出勤した日に,暇を見つけて更新しております。

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takumi@mxd.meshnet.or.jp

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Windows98

     25日の発売が間近に迫ったWindows98だが,新聞・雑誌ではいろいろな不具合も報告されている。簡単にまとめてみると以下のようだ。
     1) 95のプログラムで,98上で作動しないものがあるらしく,アプリケーションを出している会社のサイトで警告を出しているそうだ。95のプログラムがそのまま使えますと言う宣伝は,嘘っぱちだったわけだ。信時さんと学会の懇親会で,話したときにこの話をされて半信半疑だったのだが,調べてみると相当深刻な問題である。
    2) 98の省電力機能を使う場合,大部分の機種でBIOS(バイオス)を書き換えなければならないそうで,その修正用プログラムをCD−ROMや企業サイトからダウンロードで提供するようになっているそうだ。しかし,僕が使っているIBMのサイトで確認してみたところ,まだ情報はアップされていなかった。企業にとってはいろいろな負担になるので,頭を抱えているようだ(特にNEC)。それも問題だろうが,BIOSの書き換えというのは,OSのインストール以上に厄介な作業ではないのか?98をインストールする前に,やらなくてはいけない筈だ。少なくとも,僕はいままで,やったことがない。
    3) 日本語変換の速度が,体感的に落ちていると言う問題。これなどは,ワープロを使う我々にとっては,大きな問題である。変換速度が,思考の展開を左右する場合もあるので,困った問題である。
     5月にPCを購入した僕は,無償グレードアップで98を入手できるのだが,こんなことではインストールを迷ってしまう。(7月22日)

オンライン講座

     インターネット上で大学の講義をすることが可能なのかどうか。出来ることは知っていたが,実際にやっているのを見たことがなかったので半信半疑であったが,偶然それを運営しているサイトを見つけたので,紹介したい。SFCの慶應義塾大学環境情報学部高橋潤二郎氏の「JTon LINE」がそうだ。インターネット上でプラグインソフトのRealPlayer(無料)を使って,毎週水曜日11:25〜12:55はライブで,それ例外の時間帯は,on Demandで見ることが出来る。また講義のレジュメ(MS社のPower Pointで作成してあるように思われる)も公開されていて,それを見ながら受講できるようになっている。
     僕は研究室のPCで,LAN回線で接続して視聴してみた。スピーカーのボリュームを上げないと音声が聞こえにくいのと,音声が途切れがちなので,肝心のキーワードが聞き取れないなど問題点(致命的)が目に付いたが,映像的にはそう気になるほどではなかった。近いうちに,光ファイバーの回線が普及すれば,音声の問題は解消されるので,実用レベルに達するのは時間の問題だろう。恐らくSFCは,光ファイバーを使っているので,講義を環境的にも公開できるのだ。
     この技術により,例えば教員は研究室から講義をインターネット上に放送し,学生は自室のPCで,たとえば食事をしながらでも受講できることになるし,忙しい場合は,on Demandで受講できるので,出席管理や講義時間帯と言うものが事実上意味をなさなくなるだろう。教員が出張することになった場合は,録画しておけば良いし,その気になれば出張先から(海外でも)講義することも可能なのである。
     また学会発表などでも利用できるので,発表を聞きに行くだけならいちいち会場まで足を運ぶ必要はなくなる。それにライブはもちろん,on Demandで自分の都合のいい時間帯に発表を聞くことができるので,参加者にとっては大変便利である。それに発表をデータベース化してしまえば,研究資料としても活用できる。
     問題は,僕のような会場から笑いを取ろうとするお調子者や,パンツからシャツを外に出して発表したりすると,それが一生残ってしまうので,相応の真摯な姿勢が要求されることになる。まあこれは冗談だが,自分のレジュメをプレゼンテーション用ソフトで作成できる研究者が何人いるか,こちらのほうが大変心細い状況である。インターネット上の技術はどんどん進展して行く一方で,我々文系の研究者は,教えてくれる先生も近所にいないのでどんどん置いていかれているのが実情なのである。
     さて,今日10日の「読売新聞」の教育欄では,奈良帝塚山大が12日から実施する「帝塚山インターネット教育サービス(TIES)」が紹介されている。大学生向けの講義を,インターネットで一般に公開するものである。コンテンツとしては,経済学・ビジネス英語・法律学などを開講し,歴史・文化・物理なども加える予定だそうだ。11日午後からは情報教育シンポジウムを開催し,TIESのデモンストレーションを行うということである。私学の場合,インターネットを利用する以上,採算を考えて行かなければならないはずだから,将来的には登録制にして受講料を徴収するシステムを設定することになるだろう。無料で公開してもそれは構わないだろうが,将来的に他の大学も追随するのは明白であるから,水準の高いものを公開することを意識しなければならない。そうなると,教員にとってはシンドイ時代がやってくることになるわけで,「夏休みだ,\(^O^)/」などと言ってはおれんのである。
     いままで大学の講義などは一般に公開されるものではなかったが,広報をかねて公開する大学は増えてくるだろう。京都の大学が,大学同士の単位互換制度体制を作り上げて,自慢気(?)にしているが,そんなのはたとえば東京大学の誰か人気のある先生の講義がオンラインで受講できて単位も貰えることになったら,一発で吹き飛んでしまうような代物である。問題は,単位の互換制度などと言う問題ではなく,学生から支持されない講義をしている事なのであり,それをまた単位互換制度で誤魔化そうとしていることなのである。もっとも講義内容については,他人のことは言えない立場ではあるが……。
     インターネット時代の教育は,教員(小・中・高を含む)にとっても,PCが使える/使えないというレベルから生き残りを意識しないではおれない,厳しい時代の様相を見せて来ている。(7月10日記)

「きむたく日記」

7月31日金曜日晴れ

     今日岡山地方がようやく梅雨明けした。山口県はまだだそうだが,ケッタイな梅雨明けである。小渕内閣(断崖絶壁内閣,腐ったピザ内閣と評価は散々だ)がスタートして,いきなり143円まで円を下げた。
     午後フレンドシップのアンケートの最終修正をして委員にメールで配布する。小説と研究論文をよむ。
     今月もあっという間に終わってしまった。勉強も予定通りいかないし,計画の立て直しである。ヤレヤレ。

7月30日木曜日曇り

     先日国語教室のHPに学内での電子メール利用のためのオンラインマニュアルを公開したが,早速3回生の細谷さんが質問があると訪ねてきた。
     「相手のメールに返信するときに,">"を使うことはできないのか」ということだったが,これは出来ない。「メールの保存の仕方が良く分からない」ということだったので,Telnetの場合は,コマンドプロンプトの状態で「ログの開始」をクリックし,FDを保存先に指定すればよい。この際,「保存」ではなく「開く」になるが,気にしないことだ。細谷さんにも自分で体験させ理解してもらう。Telnetの操作を覚えておくと,日本語入力ができる環境なら,メールソフトを持たなくても電子メールの読み書きができるので,緊急のときには役に立つだろう。但し,サーバーのアドレスを知らないと,無意味なのではあるが。こんなことをしていると,情報教育の教員のような気がしてくる。

7月29日水曜日晴れ

     9:30大学に出勤。26日から28日まで,2泊3日で遊びに来ていた両親と甥を岡山や倉敷へ案内していた。その疲れを感じるが,仕事が溜まっているので,今日は頑張らなければならない。
     この間に和歌山で,青酸入りカレー事件が起こり,甥ッ子と変わらない年齢の児童が犠牲になったこともあって憤りを強く感じている。食事に一服盛るなんて,犬畜生にも劣る卑劣極まる犯行である(犬畜生に失礼)。古くからの住人と新来の住人の入り混じる地域であることから,そのあたりにトラブルの原因もあるのではないかと思われる。
     新内閣の蔵相には,宮沢元首相がなるような動向であるが,金融業界では忌避感が強い。円安の原因にもなっていて,自民党=小渕氏は依然,国民生活に一服を盛るつもりのようだ。
     午前中,HPの更新作業。フレンドシップのアンケートを作成して,委員に送付。誰とはいわないが,学生にレポート作成のアドヴァイス。レポートは9月提出だが,早めに取り組むなんて感心,感心。
     15:00より会議。

7月23日木曜日晴れ

     11:00過ぎに大学に出勤する。吉岡由紀彦氏から恵送された「近代文学論創」を読む。
     学生から,留学したカレシにメールを送りたいと言う殊勝な申し出があったので,「ほほう,協力しましょう」といったのは良かったが,岡大では基本的にTelnetしか使えないので,コマンドを打つ作業を教えなければいけない。しかも彼奴は,マニュアルを説明しながら指導を始めると,「エー,難しい」「もっと簡単にできないんですか」とすぐに音を上げる始末で,イライラさせられる。それで厳しく指導していくと,今度は送信テストで「木村先生は怖い。木村先生はあやしい」と書く始末である。度し難いとは全くこの事だ。
     今日のNEWSで,降雨にダイオキシンが含まれて居る事が環境庁の調査で判明したことが報じられていた。酸性雨にダイオキシン,「恵みの雨」と言う言葉は,後世に至って死語か反語になってしまった。
     夜,父からTEL。夏休みに入った甥ッ子が,「おっちゃん(木村のこと)のところへ行くんだ」と言い出していて,父と母と3人の旅行計画をねっているとのこと。

7月22日水曜日晴れ

     3時前までかかって,京極夏彦「姑獲鳥の夏」を一気に読了。犯人が最初に分かってしまうのと,仕掛が分かりやすいのが難である。人物設定・状況設定に苦心があるのは認めるが,物語内容が結構浅薄なので,十分人間の怖さを楽しめたとは言いがたい。余韻も少なし。最初の作だから仕方がないのだろうけど。
     5時ごろ大変な雷雨で目を覚ます。洗濯物を外に干したままだったので,慌てて取り入れる。稲妻が天空を縦横に切り裂いて,すさまじい光景であった。しかし,これで梅雨はあけるんじゃないかなと思う。
     10:00過ぎに出勤。昨日退院したカシオペアにデータを移行させ,ようやくモバイル環境が復活した。WZエディタver2もインストールしようとするが,セットアッププログラムが起動せず,ヴィレッジセンターのサイトで確認すると,CE1.01上ではプログラムが起動しないエラーが有ることが分かり,修正ファイルをダウンロードして,セットアップする。
     ところで,カシオペアを修理するとCPUが交換されて早くなるという話があったのだが,実は僕のカシオペアも処理速度が上がっていて,噂は本当であったと確認した次第である。世はカラー化しているが,モノクロでもコンパクトで電池持ちのよいこのカシオペアを,僕は気に入っている。
     午後生協ブックストアで,「柄谷行人」(現代思想7月号増刊)を購入する。

7月20日月曜日晴れ

     10:00より近代文学の演習。「春琴抄」を取り上げた報告。春琴の「自害説」を取り上げて,佐助を専有するための危険な賭けと論じたものである。しかし,春琴を崇敬している佐助が,春琴の命令といえども,春琴を害することをするだろうか大きに疑問である。春琴を佐助というそれぞれの人物像を,自分の観点から細かく分析して,他者の論に引きずられないようにするのが大事だと説明した。
     例えば,春琴を佐助の力関係は,後半では逆転しているようなのだが(春琴が折れてきているのに佐助は結婚しようとしない),そういうことにも目配りして,登場人物を捉えなければならないはずなのだ。

7月18日土曜日晴れ

     14:00より,神戸大学滝川記念館2Fで開かれた,阪神近代文学会に参加する。報告者は3名,甲南大学院生・関学の院生,そして信時さんである。始まる前に,幹事校の北川扶生子さんと久しぶりに話す。何時見ても,清楚な方である。報告の休憩時間中,信時さんから,小谷口綾さん(神戸大院生)を紹介してもらう。とても快活で,よく気のつく女性だった。彼女もHPを持っているが,わけあって現在は跡上さんのところに居候しているのだという。吉岡由紀彦さんとは,芥川の研究会の事について話す。昨年同女で報告したものは,まだ文章化できていないということなので,激励する。
     信時さんの報告は,佐藤春夫「美しい町」について,「かわたれとき」と言う言葉をキーワードに,東洋・西洋,陸・川など4つの観点から分析された。司馬江漢の西洋画3点を紹介しながらの発表は,明治文学が専門の僕にも大変興味深いものだった。
     18:00から近くの中華料理屋で催された懇親会に,会員以外であつかましくも参加。鳥井正晴先生から,「インターネットに僕の悪口を書いているんだって」と声を掛けられる。御注進がいくようなので,滅多なことも書けない。武庫川女子の土屋さんは,今度漱石文庫に取材にいくというので,カメラ撮影のしかたなどを話す。杉田さんには,「漱石研究」の論文(「三四郎」論)について話す。掲載まで1年掛かったということだ。原稿料も,きいてみると結構良かった。ついでに「漱石から漱石へ」の話をしていると,鳥井先生が「まだ1枚も書いていないんだよね」といわれるので,「8月の末日の締切まで,あと42日くらいじゃないですか,1日1枚でも間に合うかどうか分かりませんよ」と,具体的におどかすとガックリ消沈しておられた。ヤーイ。
     2次会はその鳥井先生を囲んで,信時・田口・小谷口・土屋さんで,飲みに行った。「リリス」という店は,ママが冷房と暖房を間違えるという特殊サービスを展開する店で,この日もまさにムワーとした空気が我々を包んだのだった。しかし,土屋さんから納涼話を聞いて,一同蒼然となった。
     22:25,電車の時間に間に合うように,辞去。2次会の代金は鳥井先生に御馳走になった。ありがとうございました。

    7月17日金曜日曇りのち晴れ

       とうとう「宵山」には行けなかった。今日は晴れて,山鉾巡行にはいい日であったろう。大学に出勤。信時さんからメール。有光隆司先生が論文を登録しようとされて「失敗した」と言われていた事を知る。あの登録フォームは,今上手く作動していないのだ。有光先生には御迷惑をおかけしてしまった。ごめんなさい。
       10:00より11:25まで会議。
       午後,フレンドシップ事業の作業。作成した原稿を委員にメールで配信する。14:00から,20日(海軍記念日→海の日)の演習のために学生の指導をする。「春琴抄」を扱うのだが,彼女は諸説を検討した結果,春琴が自分で自傷行為に及んだというので,ビックリした。その理由説明については,ヒ・ミ・ツとさせていただく。
       生協で購入した巽孝之『日本変流文学』(新潮社)を読む。最初『日本変「態」文学』と読んでいて,「???」だったのだが,書評を見て誤解が解けたので購入したのだった。相変わらず親譲りのおっちょこちょいである。
       岐阜大@根岸さんからメール。松江にデジカメ持って取材に行かれたそうだ。教育学部における文学教育についてもお考えを述べられていて,大学別の温度差を指摘されていた。また「国語教育と国文学は別物と考えている」と述べられていて,これにはいたく同感した。
       岡大の国語教育の若手スタッフの場合,国語は「道具科目」として機能的な面しか評価されていないような気がする。また「言葉の力」を強調される先生もおられるが,それも「作品世界」に終始されていて,「作品世界」を超えてその世界そのものを相対化する観点を設定されようとはしないのである。だから,われわれ近代文学のスタンダードになっている(?)文化研究的なスタイルは,「歴史研究かなにかわからない変化(へんげ)」として排除されてしまう。そして学生達は,文学を批判する目を養うことなく,ただ鑑賞するだけの姿勢を身につけて現場へ出て行ってしまうのである。で,またそこで鑑賞スタイルが再生産&強化されて……。
       物事を把握する力としては,理解し鑑賞するだけでなく,批判する力も要求されると考える僕には,どうもここの国語教育の考え方(今理解している範囲と限定するが)は,面白くない。学生をもっともっと挑発してやりたいと考えている。でも採用試験におっこちたらと考えると舌鋒も鈍り勝ちになる。結局は制度によって,スタンダードな部分しか残らないようになってしまっているのだ。しかし文学ってのは,病人食ではないんだからッ!,と言いたい。

    7月15日水曜日曇り時々晴れ

       朝,信時さんからのメールを受信。上智の国文学会に出たそうだが,インターネットの話題をだすと白い目で見られた2年前とは異なって,いろいろ向こうから相談を持ちかけられたと言うことだった。確かに隔世の感があるが,2002年ごろには9人に1人がモバイル環境でインターネットにアクセスするようになるという話も聞いているので,信時さんが肌で感じ取った時代の流れは確実に存在している。
       10:30〜11:35まで,フレンドシップ事業の会議。
       昼休み……のはずが,例の2回生コンビ来襲。指輪をもらった自慢話他
       13:00〜14:10まで,教室会議。
       14:30〜17:10まで,教官会議。
       大学審議会の中間まとめ骨子(案)について報告があり,「国立大学が果たすべき機能として期待されることは,理工系人材の養成など政策目標に沿った研究教育の実施,先導的・実験的な教育研究の実施,」云々とあり,ここに国立大学の進路をみたような思いがした。
       政策目標と言うのは,端的にいうと日本は将来「技術立国」をするということである。資源のないわが国は,特許をもつような技術者を多く育成し,それをもって外貨を稼ぐとともに国際社会に発言力を残存させるつもりなのである。文中「理工系」と明記されたのは,そのためである。そしてこのことは,戦前の帝国大学が,理工系中心に運営されていたことを僕に想起させた。
       国立大学では,国を支える理工系の人材(エリート?)を育成し,それ以外の学問と人材は私学にということなのだろうかと,色々勘繰ったりする。そうした国立大で展開される教育学部の役割なんて,大した物になるようにはとても思えない。併せて文学部の生き残りなどは,到底考えられない体制だなと慨嘆せざるを得ない。第一次「技術立国」時代であった明治社会において,「文学」を選択した漱石をはじめとする帝国大学出身の文学者たちよ,あんた達が本当に変わり者だったことが良ーく分かりました。

       さて,僕はここで解放されたのだが,教授の皆さんには,教授会が続くのであった。大学教官,それは会議用の体力が要求される職業でもある。皆さん,お疲れ様です。
       学芸大@千田さんからメールを戴く。お忙しいのに,恐縮。灰谷について述べられていた。教育学部の教官として,灰谷というのは避けて通れない,試金石のようなものに思えてきた。文学畑からは,批判されることが多いことも分かった。山大@石川さんへの言及有り(と,書くと本人が気になることが,分かっていても,やっぱり書く)。

    7月14日火曜日曇りのち晴れ

       私用を済ませてから,大学の研究室に出勤する。高山裕行氏から『松本清張事典』(勉誠出版,2800円)が出たとのメールをいただく。慶応に行っている田村君から,灰谷の児童観に関するメールを貰う。賢治の「銀河」の2人の少年達と比較して,灰谷はルーチンとして「子供」を作り上げているのではないかとのコメントであり,同感するところ大であった。
       午後,生協からジジェク『斜めから見る』(青土社)が入荷したとの連絡を貰ったので,ブックセンターに買いに行き,ついでに図書館で『三島由紀夫全集』を借りる。「日本文学」の野本聡氏「イデア化される女性性/翻訳される禅ーー『門』論」を読む。作品も,とうとうイデオロギーを弁ずるための資料となった感がある。昨日に続いて宮川健郎『現代児童文学の語るもの』(NHKブックス)を読む。
       福井大@岡島先生からメール。WEB辞典のINDEXから「は」にリンクされていないとの指摘。慌てて修正する。福井大は,7月31日まで講義をして,8・9月と夏休みだそうだ。いいなあ。
       岐阜大@根岸さんのBBSへの書きこみあり。「シャロットの女」を「シャーロット」と表記していたことを質されたので,慌てて調べ直して訂正する。この他にも,彼女の院生松岡氏へのメールに僕があれこれ書いたことへの「牽制球」(?)あり。思わず「クワバラクワバラ」と唱える。
       ああ,祇園祭が近いな,行きたいな。しかし給料日が,山鉾巡行の日だったりするのである。ま,祇園祭自体は7月一杯あるのだけれど。

    7月13日月曜日曇り

       8:55兵庫の家を車で発ち,11:25研究室着。ダンボールに入れて持ってきた『小林多喜二全集』『小林秀雄全集』を書架に並べる。午後,読書。宮川健郎『現代児童文学の語るもの』(NHKブックス)を読む。
       17:00過ぎ,◆●さん来室。カレシとその母親と夕食をするのだということで,待ち合わせ場所の連絡が入るまで,暇を潰しにきたという。僕も読書に疲れていたので,しばらく話し相手になる。最近,カレシと頻繁に喧嘩をするようになったようで,付き合うのがシンドイということだ。
      「先生は,どうでした?」
      「……ム,昔のことは忘れた」

    7月10日金曜日曇り

       久々の曇りであるが,それでも暑い。天狗堂主人@花田先生から,「霜田正次」は「しもたせいじ」であると,掲示板で回答いただいた。ありがとうございました。ですが,私めは「しもたしょうじ」と教えていました。人名って,ホントに難しいです。
       16:00から18:00まで,近代文学の演習。灰谷健次郎の「兎の眼」を取り上げたが,彼の児童観をめぐって発表者ではなく,参加者の吉澤さんと紛糾した。僕が灰谷の児童観が理想化されたもので,大人が作り上げた「子供像」であると指摘したのだが,それに対して「そんなのは当然のことで,僕がいう「子供像」(残酷な,チンパンジー並の子供)もやはり大人が作り出した観念にすぎず,そういう否定的な見方よりも,評価する方向で作品を受容すれば良いのではないか」というのである。
       オジサンとしてはそういう評価を否定するものではないけれども,評価と言うものは,作品の良いところや悪いところを弁えた上で評価するのが,更に良い評価の仕方だと思うよ,と答えたのだが,納得していただけたようには思えなかった。一つは僕が,児童文学について全く無知であることもあるだろう。夏休みの課題読書がまた増えた。誰か10分で児童文学の歴史と「子供観」の変化をレクチャーしてくれないだろうか。
       それにしても,灰谷文学の「子供」像は,小川未明以来の「理想化された子供像」の変化(へんげ)のような気がして,胡散くさくて好きになれない。

    7月9日木曜日晴れ

       今日は7月最後の講義になる。来年度は,全学的に7月一杯は講義をして,試験を済ました上で,夏休みにはいる体制をとると聞いている。9月の残暑の中,講義をしなくてすむのは助かるが,7月の海が遠くなるのは悲しい。
       午前中「坊っちやん」の演習。9章で「金や太鼓でねえ,迷子の迷子の三太郎,どんどこどんの,ちゃんちきりん」のくだりの学生の注に更に説明をしていて,実際に「迷子」を探すのにこの文句を唱えながら,金(かね)・太鼓を鳴らしていたんだ。これには,狐狸に化かされた場合なら,金太鼓の音に驚いて憑物が落ちることを狙った行為なんだと説明したまでは良かったが,「神隠し」の実際ということで,思わず脱線をしてしまった。講義後には学生から「板書に誤字がありました」と指摘されて,情けない思いをする。これは言い訳だが,キーボードを打ち始めて12年。手が字を忘れているのである。ペンを持つのは,年賀状の宛名書きをする時くらいだから,講義中に「ど忘れ」することが多く,特に岡山に来てから症状が酷くなった。夏休みは,就職用の漢字のドリルでもして回復をはからねばならない。
       午後,特講。沖縄の近代文学を霜多正次・大城立裕・目取間俊の作品を使って説明する。「霜多」の読みは「しもた」でいいのかどうか不安で,天狗堂主人のHPの「九州・山口・沖縄文学者一覧」で確認したが,わりと著名な「下村胡人」にはルビがあって,「霜多」には無かった。
       2年生A&AB型コンビ,◆●・●○さん来室。お互いの暴露話(ここにも書けない際どさと申しましょうか)をして,今日も笑わせてくれる。2回生は,まだまだ高校の延長のようなものなのだろうか,にぎやかで見ていて楽しい。昨日とは違う1日となった。◆●さんには,7月1日の「日記」の内容<(木村「……」)>で,「ショックだった」と苦情を言われた。申し訳ありません。話を作りましたので,実際そう感じたわけではありません。これが関西流の「虚実皮膜(ひにく)」(By近松門左衛門)なのです,御理解ください(天狗堂主人@花田先生には,「関西芸だ」といわれていますが,も少し「伝統」的なものではないかと思っております) 。
       2人が帰ったあと,夏休みの休暇届を庶務係に出す。文部教官の夏休みが一体何日あるか,御存知だろうか。わずか3日である,しかも上限で。富山大に行った跡上さんも,ビックリしているだろう。だから,ぼくの夏休みは,8月12,13,14日に取らざるを得なかった。仕方なく11日は,年次休暇で取って休みを増やすことにした次第である。親孝行も出来やしない(出来てもしないけど)。

    7月8日水曜日晴れ

       2時過ぎにメールの返事を書き終えて就寝したが,アルコールで頭が冴えて,6時まで眠れなかった(体質です)。仕方なく,羊を数えたり,色々考え事をしていた。ふと気が付くと,8:20だったので起き上がって睡眠不足の重い身体を引きずって出勤の準備をする。10:20から近代女流文学の講義。「青鞜」とレズビアニズムを取り上げて説明。テーマが結構際物(?)のせいか,暑い中みんな今日は聞いてくれていたようだ。吉川豊子氏の解説に感謝。寝不足のなか,氏の助け無しでは,講義がまとまらなかった。
       昼休みに信時さんからメールが届く。跡上さんが,富山大学に移られて,URLが変わったとの事也。おめでとうございます。彼のリンク集を見ていて,「AREA SOSEKIと電脳居士の関係はなんなのでしょうか」と書いてあって,苦笑する。2年前にHPを公開したとき,「電脳居士」をタイトルに冠していたので,なんとなく外しがたい愛着があったのだが,そろそろ外し時かもしれない。
       13:00から17:00まで,会議の3連発。寂しい1日だ。

    7月7日火曜日晴れ,気温36度。

       大学。午後,正岡子規の購読。「病牀譫語」「死後」を紹介。特に,自分の死後どのように葬られたいかを縷々説明した「死後」のブラックユーモアは結構受けたようで,講義後4回生の台木君から「それで,一体子規はどのように葬られたんですか」という質問があった。ポロシャツを汗で濡らした甲斐が,少しはあるというものである。それにしても,講義教室に冷房がなくて暖房しかきかないというのは困りものだ。
       大学院の演習を済ませて,木曜日の「坊っちやん」の演習の指導をする。17時前に退出して,車をアパートに置き,バスで表町に出る。


       18:30から,七夕コンパ。曽布川さんを幹事に,日曜のサイクリングですっかり焦げてしまった尾上先生(教育),東條先生(総合教育)・木原先生(教育総合実践センター)たちと歓談。曽布川さんが,「おれの同級生の市川右近という歌舞伎役者に似ている」と言ってくれたのが,ちょっと嬉しかったが,似てますかね?
       座が崩れてからは,横松先生(幼児教育)・川田先生(社会)と話し,同年令で,2人が10月生まれであることが分かった。教育心理の寺澤先生は,人の名前を覚えるのが苦手らしく,何度も僕の名前を確認するのだがその度に違う名前をいうので閉口した。新任仲間の三村先生(養護)は,前任地が山口ということで盛り上がる。阿知須町の病院に2年間いらしたそうだ。教育総合実践センター助手の口羽君には,岡大の入試制度についてレクチャーを受け勉強になった。岡大教育学部は,学芸大・広大についで上位3番目の偏差値を持つのだそうだが,その実態は,2次試験を得意科目1教科で受験できるので,とりあえず大学生になりたい学生にや,県内では1番有名な大学だから位の意識しかもっていない学生には,大変受けやすい学部だからなのだそうだ。そのために,目的意識はおろか大学を遊ぶところと心得ている学生が多いと彼は指摘し,教育学部としての機能を発揮するには,入試段階で面接を課して,「資質」を備えた学生を選抜すべきだというのである。なるほど,岡大の教育学部のランクが良く分かったし,学部入試が抱えている問題にも理解が深まった。
       10:00過ぎに場所を移して,ショットバーで飲む。といっても飲めない僕は,ウーロン茶を飲んでいるだけで,酔っ払いに負けじと話していたのだが,おかげで喉を痛めた。養護教育の伊藤先生(資格収集家)がすっかり酔っ払って,持ち歩いている聴診器を取り出すと,それを奪い取った横松氏が女性教官の胸に押し当て様としてぶん殴られ,尾上先生が聴診器で自分の心音を聴こうとして,心音がきこえないので「なんでだ」と蒼ざめたりされた事などは,当人の名誉の為にここに書ける事ではない。
       0:40過ぎ,タクシーで帰宅。

    7月6日月曜日晴れ

       大学。午前中,図書館。CD-ROM利用コーナーで「国歌大観」を借りて,「ほのぼのと」を含む和歌を検索したが,400件も出てきて,検索にならなかった。プリントアウトする紙もないので,出力をあきらめる。「風俗画報」のCD-ROMが入っているか,確認したら,ないということでがっかりする。「ホトトギス」といい,無いない尽くしじゃないか!
       4Fに移動し,講義用に大城立裕・又吉永吉・目取真俊の本を探すが,かろうじて大城の「亀甲墓」が見つかったのみ。ふと見ると,国語教室の大学院生が,本の方の「国歌大観」を,ページをめくっては検索していた。ご苦労様と心の中で呼びかける(←教えたらんかい)。
       生協で,目取真俊の『水滴』を購入。奥付をみると初版だった。一応芥川賞受賞作なのだが,岡大ではデッドストックに近いものだったようだ。
       土曜日に書店まわりをした時に,レジで高校生らしい女の子が10冊近い文庫本を購入したので,「読書家だなー」と感心してみていたのだが,よく見ると「スニーカー文庫」だか名前が記憶に残らないようなカタカナ名前の文庫ばかりで,純文学と称される我々のスジのものは1冊も無かった。本が読まれないわけではない。小説が売れないわけでもない。純文学といわれる分野が売れないだけの話,しかし我々にとってはとても深刻な話なのである。純文学といわれる分野が,若年層の読者にとって,情報としての価値が失われているこの事態というのは,すっかり構造的な問題になっているんだなということを改めて実感させられた。
       午後,演習の指導と読書と教材の準備。

    7月3日金曜日晴れ

       九州南部でも梅雨明けしたそうだが,岡山も梅雨明けしたのではないかと思われるくらいに晴れ上がる。ただし風がつよく,長髪の僕の頭はライオン丸(30代なら分かる)のようになった。
       午前中,食料の買出しを済ませる。山陽道から市内に入ると直ぐに目に入ってくる,京山にある「古本市場」という古書店にいく。ここは,古書のほかにビデオレンタル・ゲームを販売している。残念ながら研究書の古書店はないということなのだが,ここには文芸書ならあるので,後期の講義に使える本がないかと物色していると,山田詠美『風葬の教室』『蝶々の纏足』を見つけた。奥付をみて初版だったので買うことにする。値段が書いて無かったが,レジで清算すると2冊で781円といわれ,更にラッキーと思った。久しぶりにゲームコーナーをのぞいて見ると,「ポケットピカチュウ」が販売されているのを見つけた。思わず購入。「ポケットピカチュウ」は,ニンテンドーがゲームボーイという携帯用ゲーム機のために開発したゲームソフト「ポケットモンスター」の中の人気キャラクター「ピカチュウ」を使って,新たに万歩計として商品化したもので,万歩計機能のほかにゲーム機能・育成機能がついている。純心の長野先生に,今度あったら見せて自慢しようと1人ほくそえむ。
       食事をしてから大学に出勤し,研究室で「兎の眼」と学生から借りた小説を読みきってしまう。「兎の眼」のバクじいさんの友人金龍生のエピソードはすっかり忘れていた。そしてこの物語の中に戦争の影を認める。
       時折メールや電話が入るが,終日読書ができるこの幸せといったら。帰りは紀伊國屋に寄る予定。

    7月2日木曜日晴れ

       午前中,昨日の2年生の発表。誤字が結構あった。時間不足だったようだ。「まとめ」も,指導した部分は,まあ当然のことながらまとまっているが,そうでないところはまとまっていない。落差が激しく,配布されたほうの学生は何だと思ったことだろう。冷や汗と暑いのとで,「ハスラーの休日」(BY夢象氏)と評された服装の1部のポロシャツがビショビショになった。
       午後は「沖縄と文学」をテーマにした特講。前の時間やり残した伊波普猷・方言札といった人名・事項の話をしてから,「おもろそうし」を取り上げて,成立背景と作品の説明をする。沖縄の神話や「ヲナリ信仰」についても説明する。女兄弟の霊力(セジ)で男兄弟が守られると言うのは,やはりピンと来ないようだ。「妹の力」にも併せて言及したが,僕自身も実感として分かっているわけではないので,つらいところだ。近代になって兄弟間で失われたものも大きいわけである。レジュメにミスタイプが3箇所あり,2回生を叱る資格がなかった。
       講義後,近くの郵便局に車で移動する。女性の局員を大声で怒鳴りつけているオッサンがいて,むかついたが,折角低姿勢で事をおさめようとしてしている彼女の努力を無にすることも出来ず,自分の用事を済ます。局外に出ると,まだオッサンがブツブツいっていた。白昼の酔っ払いであった。
       生協で食事をして,ブックセンターで「ナショナルヒストリーを超えて」(東京大学出版会),「植民地」(読売新聞社)を購入。石川さんおすすめのジジェクの本は無かったので,明日紀伊國屋・丸善を探すことにする。あと1週間で待望の「夏休み」だ。積ん読書を解消するぞ!でも祇園祭も行きたいし,海にも行きたい……。
       17:40から学部改組のための臨時教官会議。勘弁してくれー。冷蔵庫が2日間空の状態で,買出しに行く時間がない。

    7月1日水曜日晴れ

       ここのところ「掲示板」がにぎやかでうれしい。山大@石川さんからメールを戴く。東京出張で,学会へ参加出来なかったということだった。今「電子図書館」のシンポジウムに参加するための準備をされているということだが,国会図書館の整備が進めば,東京までいかなくても必要なデータを入手できるので,実に楽しみなことだ。今週を休講にされるなど,大分お忙しいようだ。
       2年生の演習発表の指導。一段落してPCで自分の仕事をしながら,背後の彼女たちの会話を聞くともなく聞いていると,こんなのがあった。
       「私,痴漢にあうと,怖くて何もいえなくなるの」
      (木村「フェロモン,出してるからなー」)
       「フーン,遭ったことないからわかんない」
      (木村「……」)