津島通信

DECEMBER '98
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◆CONTENTS◆

@「きむたく日記」

出勤した日に,暇を見つけて更新しております。

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「きむたく日記」

12月26日土曜日晴れ

     小田島先生の投稿へのレスを書きこむとともに,併せて自分の疑問も投稿する。今年最後のHPの更新作業をする。
     今年は決して良い年まわりとは言えませんでしたが,来年こそは明るい1年にしていきましょう。ノストラダムスなんぞ関係なし!(笑)。皆様,良いお年をお迎え下さい。

12月25日金曜日晴れ

     昨晩は,独りで寂しく「眠れる森」最終回を見ながら,年賀状を書いていた。宛名位は手書きでと思いながら書いていると,午前3時になってしまう。「眠れる森」は,やはり輝一郎(中村トオル)が犯人だった。母親の幻は,彼の狂気が生み出した幻影だったのだろうか。それにしても直季(キムタク)は,電車の中で最後に「死んだ」のか,「寝過ごした」のか議論が分かれるところだろうが,僕は「脳障害or植物人間」説を提出したい。花を買いに行くまでになんでもない平地で直季が転倒したのは,その障害が出始めたことを意味しているだろう。そしてそれはサンタクロースに扮した輝一郎によって襲われ頭部を負傷したことによる。直季は昏睡し,まさに「眠れる」男と化し,実那子は父親と2人で看病することになり,そういう悲劇的な形で2人は結ばれるのではないだろうか。最近TVはこれとNHKニュースしか見なくなっていたので,楽しみがなくなってしまった。
     大学で,フレンドシップ事業や来年度ようのシラバスを作成する。小田島先生から掲示板に投稿あり。「正義派」の解釈について,学生と議論になっているようだ。読み返さねばなるまいて。
     紀伊國屋書店から注文していた書籍がとどく。「坂口安吾全集11」(筑摩書房),「日本の近代9」(中央公論社),スピヴァク「サバルタンは語ることができるか」(みすず書房)。17:15退出。郵便局に年賀状を出しに行く。
     インターネットを介した薬物の販売と,それによる自殺事件が明るみになった。インターネットの「負」の部分が露呈した形だ。誰でもNETにつながることで様々な情報に瞬時にアクセスでき,それを利用することができる,いい意味でも悪い意味でも。それを分けるのは人間である。インターネットそのものは,ただの道具に過ぎない。それをパーソナリティが,様々な善意や悪意を表象する空間に変容させていくのである。高度情報社会の中で,健全なパーソナリティを確立させることが必要なのはそのためである。

12月24日木曜日曇り

     昨日は年賀状を書くつもりが,坂東真砂子『狗神』(角川文庫)を読んでしまい。予定が狂ってしまった。午前午後と講義を1コマずつこなす。寝屋川の少年事件について話す。家庭・地域・学校の教育力の低下もさることながら,周囲の責任に転嫁出来ない本人の責任ということをもっと主張すべきではないか。少なくとも14歳当時の僕は,人を殺傷したり強盗を働いてはいけないということを理解していたし,それを実行すれば社会的に処罰されることも理解していた。なんという「想像力」の不足だろう。
     吉田正さんによって研究論文リストの追加分が掲示板に書きこまれた。毎度丹念に読みこんでメモをとっておられるので,勉強振りが伺える。
     昼休み中,国研合宿でジャグラーを演じた時の写真2枚を,今度は村上さん(2年生)が持ってきてくれた。写真映りが良かったので,安心した。ありがとうございますう。
     国語研究室のFMVのメンテナンスを行い,生協のブックセンターで,「不敬文学論序説」を読むために『批評空間』20を購入する。
 

12月22日火曜日晴れ,暖

     午後購読で中上健次「異族」の講義。午前4時までかかって講義ノートを作ったが,時間内で説明できず,大失敗。研究室で頭を抱える。2時間必要だったのだ。落ち込んでいるところで,大学院生の演習指導をして気分転換をする。
     用件があって,南本先生がジャージ姿&スニーカーで研究室に見えられた。「どうしたんですか,その格好?」と尋ねると,「研究室の掃除をしようと思ってね」とのこと。確かに,足の踏み場はなかった……。「でも,止めた」と南本スマイルでニヤリ。そう言えば,庶務でも机を廊下に出して大掃除をしていた。そういう季節なのである。わが研究室は簡素なものなので,当分大掃除の必要はないのだが。
     紀伊國屋さん登場。やっと『漱石研究』11が届けられた。読む気は半減期を迎えているのだが……。『志賀直哉全集』を校費で購入することにする(自腹を切るほどの改訂ではではなさそうなので)。
     来年度から行われる新入生向けの「ガイダンス科目」の担当の依頼が来た。水曜日1時間目の枠にはいるので,8:40からの講義に間に合うように登校すると,通勤ラッシュにあうため,7時過ぎには家を出るという早めの時差出勤の必要がある。低血圧なので早起きは苦手なのだが,仕様がない。科目は「レポートの書き方」というのである。パソコンを使ったレポートの書き方などを紹介しようかななどと考える(使い手は極少だろう)。学生の中にはいきなり書き始めて,論旨が乱れること麻の如し&しかして平然というツワモノのおいでなので,その辺りの意識改革からはじめねばなるまい。
     「トンチンカン」について,チンとカンからそれぞれ苦情あり(当たり前か)。チンは「雪月花」にしてくれと言い置いて去っていった(なんのこっちゃ)。『レディ・ジョーカー』(初版)を貸してくれてありがとう。
     17:40頃から木曜の演習の報告者の指導。つかれた。『漱石研究』は明日から読もう。いや,明日は「年賀状書きの日」(予定)ではないか!。

12月21日月曜日晴れ

     講義準備。木曜の演習の報告者の指導。先月の国研合宿でジャグラーをしていた時の写真ができたと,1年生の石田さんがもって来てくれた。ありがとうございました。

 

12月17日木曜日晴れ

     今日はひょっとして全国的に「暑い」のではないだろうか。研究室の窓を開け放ち,スーツの上も脱いで,PCに向かっている。ハンカチを絞ると汗が滴り,外では上半身裸の学生が「あちー」と嘆いている(嘘)。
     午前午後と2コマをこなす。その内容については,「講義情報」をご覧いただきたいが,白水君の報告は良く頑張っただけに出てきた反応の部分もあって,応答は大変だったろうが,内容的には満足している。それにしても,我々2人とも気がつかなかった,ジェンダー意識を浮びあがらせてくれたTさん,あなたには頭が下がる。久々にぐうの音もでない思いをした。
     2年生の受講生の中に,トンチンカン」トリオ(僕から見て左から頓・珍・漢である)とでも名づけるべきグループが形成されようとしている。彼女たちは,僕が冗談で「葉子はA型かAB型だ」というと,あとから研究室にやってきて,「AB型は理知が勝つので,葉子のようには決してなれない。A型だ」というのであった。 お前ら,報告(白水)や解説(木村)をきいとるか?
     マイクロソフトの「フロントページ98」を使って,HPの更新作業をしていると画面がフリーズしてシステムダウンを起こした。それも3度も。一回は作成していた文書もろともに「イッ」てしまって哭くよりほか無かった。これも狂った陽気のせいか……。ヤになって,郵便局に年賀状を買いに行く。年賀状を眺めながら,あと2週間で1998年も終わるなんて,全然実感が湧かないのであった。

12月16日水曜日晴れ

     午前中,講義。新美南吉の「屁」を取り上げた報告について検討する。石太郎と春吉の描かれ方をどれくらい把握できるかが,テクスト世界の評価と連動している。報告は,春吉については詳細なものであったが,「石」については「なぜ屁をこくのか」「その内面は」という点で,まだ読み取るべきところがあったので,それについて板書して説明していった。
     理科教室の伊藤先生の御尽力により,サーバーのエラーも改善され,cgiが使えるようになった。早速国語教室のフロントページに,クリスマスツリーを模したアクセスカウンターを設置し,自己満足する。
     昨日の渡部篤郎の読み方について「わたべあつろう」であっているという指摘を貰う。どっちがホンマやねん!
     13:30から大学院の研究科会議。15:00〜18:15まで教官会議。

12月15日火曜日曇り

     午後現代文学の講義。大江健三郎の「自動人形の悪夢」『静かな生活』(講談社,1990)を取り上げる。兄の障害を特権化していた妹マーちゃんが,重藤さんの奥さんによって自分の「特権化」意識を剔抉し,あわせて兄の障害を除けは普通のなんでもない人であることを見出していく物語りである。しかし,ここで取り上げられる「なんでもない人」というのもなんとなく特権化しているのが,大江文学らしくて嫌らしいのだが,そこまでは言及しなかった。紹介するときに映画化の話をしたのだが,出演者の渡部篤郎を「わたべあつろう」と言って,あとでFANの女の子から「わたべあつおです」と訂正されてしまった。彼は金曜日の「剣客商売」にも主演していて,楽しみにしております。
     kさんに声をかけられて,12月3日の記述内容(「脱兎事件」)で苦情。今度かららぶりぃえんじぇる,略してL.A.」と書いてくれとのこと。うーむ,彼女も自分を「特権化」しておるワイ。
     大学院の特講演習をこなして,来年度の時間割案の最終確認をする。

12月14日月曜日晴れ

     「日本文学」12月号が届いた。会費納入の請求書も同封してあり,年末をここでも感じる。あと半月ばかりだなあ。紀伊國屋書店から,『安部公房全集』16が届く。しかし『漱石研究』11が来ないので,発注がてら問い合せのメールを営業所に送る。
     授業の演習のための学生指導。国文研究室の鍵を開けてくれといういう来室が何件もあり,閉口する。大学院生の部屋で借りればいいのに,やはり馴染みのない院生では抵抗があるらしい。部屋の鍵の管理は,もうすこし自主的に出来ないのだろうか。基本的に国有財産ということで,学生達に任せることをしないのだろうけれど,こっちは管理人ではないのだ。
     理科教室の伊藤先生からサーバーを替えたので,Perlで書いたCGIが動くよという連絡をいただく。これで,BIGLOBEからの移行も出来るようになった。あとはいつ引越しするかだが,4月に越したばかりなので1年間は現在のところにとどまるべきかと,ちと迷う。

12月11日金曜日晴れ,風強し

     昨日洛星の教え子のお母さんからお電話をいただいた。担任していた子は今年京大農学部にはいって,弟は洛星高校の2年生である。教えた時は中1の可愛い盛りだったのに,来年は受験だと思うと,歳月の歩みの早さを思い知らされる。教え子たちの社会的な通過儀礼の話を聴くたびに,うれしいような哀しいような気分になるのは,その分こちらの加齢を思い知らされるからだろう。
     12:00から明日の演習報告者の指導。曽布川さんからメシに行こうと誘われるが,フレンドシップ事業の報告書の編集会議があるので,断わらざるを得なかった。
     資料の準備をして13:30から会議。冬休みに報告書をまとめることになった。かくして冬休みは,実質無くなりつつある。

12月10日木曜日晴れ

     昨日は「敍説」の校正と発送で日記を書く余裕がなかった。
     午前中室生犀星「性に眼覚める頃」の報告。報告者はサディズム&フェテシズムに溢れる世界の読解に辟易しながらも,頑張ってこのテクストの問題を指摘してくれた。女性と直接触れ合わない関係において興奮を覚える「私」の姿勢は,女性を人間であることから切り離して「物」視していることを感じると言う事だった。そのような心性を時代的なものとして見るのか,特殊的なものとしてみるのか,あるいはそのような欲望の「形」を生み出す制度的な思考があるのではないかと示唆する発言も出てきたりして,時間内にまとめ切れなかった。個人的には,表棹影のいう「美人の方がおとしやすい」(?)発言が勉強になった。理由を知りたければ,「性に眼覚める頃」を読むべし!
     午後,特講。上田万年・樋口勘次郎・谷本冨・芦田恵之助の「綴り方」指導の内容と,そこから読み取れるエクリチュールと「子ども」像について説明する。

     9日ニューヨークの競売会社クリスティーズで,ルイス・キャロル(英)が1865年に書いた「不思議の国のアリス」の初版本が,150万ドル(約1億8000万円) で落札されたそうだ。童話本としては記録的な高値である。ちなみに漱石の初版本は全部揃って1000万円だったと思う。桁外れな金額だ。ここらで一つ奮発して童話でも書いてみるか?

12月8日火曜日曇り

     これは昨日の出来事だが……。
     「先生,オーケストラ公演のチケット買ってください。」
     「いいよ,今週の土曜日だったね。じゃあ,2枚程買ってあげよう。1枚700円で,1400円か」
     「ありがとうございます」
     「2千円で,おつりを……」
     「100円おまけしますんで,3枚お買い上げ,ありがとうございましたあぁぁ」(逃げて行く)
     「おいおい!!」(呆然)

     そして,僕の手元には3枚のコンサートチケットが残った。最近,こういう商法がはやっているようなので,岡大教官の皆さんは注意しましょう。

12月3日木曜日晴れ

     午前中「城の崎にて」の演習。鼠の場面で,「自分」が感じる「淋しさ」の解釈で報告者と意見が分かれる。彼は,いままで親しみを感じていた「死」からくる「淋しさ」の世界・心境が鼠の動騒で失われたことから,望む世界を喪失し孤独感に陥ったのだとする。しかし,「恐ろしい」「苦痛」という表現から,僕はむしろ,「淋しさ」自体が変質し「恐怖感」に近いものを感じとっているのではないか。いままで生の側から想像で「死」に親しんでいたのが,「死」の現実を客観的に目撃して,彼の夢想は破られたのではないかと思うのである。
     話が長引いて終了が5分オーバーした。2年生の受講生K川さんが,「脱兎のごとく」教室から出ていったのでビックリする。「電車の時間を気にしていた」ということらしい。
     昼休み中,4回生の学生からデータ処理の方法について質問されるが,統計学をやったことがないので,お引取り願う。
     午後,「作文」「綴り方」教育について講義する。演習で報告予定の常門さんの指導。PCを購入したそうだ。しかし依然ワープロ専用機を使うとぬかすので,その「不心得」を論難する。
     紀伊國屋書店さんが,来室。注文した本を届けてくれると共に,「『塚本邦雄全集』どうですか」と来た。速やかにお引取り願う。届いたばかりの,信時さんから教えてもらった『大正文人と田園主義』を少し読む。

12月2日水曜日晴れ

     午前中賢治の「雪わたり」の報告。板書して,作品の構造を説明する。「とっこべとら子」の「狐」像とも比較する。ちなみに,動物学的には冬に「子(小)狐」はいない。狐の出産は春であり,夏には親と同じ成獣の大きさになるのである。この点は「ごんきつね」「手袋買いに」も同様であるが,「子狐」でないと「童話」として話が成立しないのである。
     柴田君から,合宿の写真を貰う。自分が喋っている時の表情を見たのはこれが初めてだったが,あまりの醜悪さにショックを受ける。しかも周囲の学生の,緊張した表情……。自己嫌悪である。
     23:50頃T大の橋本君から,論文の検索の仕方について質問TELあり。図書館のカウンターで聞けばいいのに,高い電話料金を払うなんてと思ったが,人恋しいのかな(?)とも思いながら説明をする。2:30就寝。

12月1日火曜日晴れ

     現代文学の講読と大学院の演習。特講のために,田中先生に滑川道夫『日本作文綴方教育史』大正編をお借りする。青線が引いてあって,随分勉強されていた印象を受ける。子供が「自己」形成を果す上で,「読み書き」というリテラシーは必要なものであるが,それを作文教育の観点から明治以来昭和まで通史的に扱ったこの本は,大変興味深い。ただ亡くなったために昭和編が完結しなかったのが惜しまれる。
     16:05林原くんの指導。「城の崎にて」中,「ブーン」と「ぶーん」の相違について問答する。例の葉っぱの「ヒラヒラ」は「続々創作余談」(『世界』1955.6)で処理することとする。田中実氏の著作を貸し出す。
     国語教室の掲示板を覗くと,土野くんと西尾くんの書きこみあり。とうとう1年生も登場することになった。頼もしい限りである。